2002年07月の日記

想いの中の出会い。出会いの中の心。
最近暑いです。猛暑です。夏という感じはするものの、なぜこんなに早いのか。もう、7月も終わりなんですね。
最近、路上のほうにも沢山の人がきてくれて、本当にうれしいです。今、沢山の人との交流があります。子供から、年配の方まで。それが自分にとってすごくありがたい思いになります。
そんななかで、昨日は日本人以外の人との交流がありました。やっぱり、目を引くんですかね、今までも結構沢山の外国の方と触れ合うことがありました。
 アメリカ人の方から始まり、ブラジル人、ドイツ人、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、イギリス、スペイン、フランス、イタリア、オーストラリア、トルコ、中国、モンゴル、インド、カナダ….。
そして、今まで特に多かった韓国人の人や、台湾の人。なんかそれだけで世界制覇できてしまいそうな勢い 笑。昨日は韓国と台湾の方がきてくれました。
 基本的に、あそこにいて外国の来てくれる方、皆とってもあったかい。情に溢れていて、目がとても優しい。やっぱり、観光という形で楽しんでいるからですかね。出会いというものをとても楽しんでるように思える。特に墨で色紙に書くというスタイルが珍しいんでしょう。そんな人達と接しているとこちらもとてもうれしいような、たのしいような、心があたたかくなる、そんな心地になります。今もどこかの国で、自分が書いたものが飾られていて、誰か想いをはせている人がいる。そんなことを想像すると、なんともいえない気持ちにもなります。
言葉、というより、そこには自分達が交わした、その時の“想い”がちゃんとつまっているものだから。人の出会いって本当に不思議ですね。もしもあそこにいなかったら、出会う事はなかった。それは、皆にもいえることですけど、もう2度と会えないかもしれない、会う事はなかったかもしれない。でも、そこにいたからこそ、その出会えた想いは確実に次官の中に存在していく。それはちゃんと心の中に、お互いの中にいきずいているんですよね。

 昨日きてくれた台湾の人と韓国の人。自分にとってもとてもとても素敵な出会いになりました。台湾の人は2人で来てくれたんですけど、とてもあたたかった。前の人が長引いてしまい、待たせてしまう事になってしまったんだけど、快く待ってくれていた。言葉も片言になり、英語もなかなか通じないけれど、いいたいこと、伝えたい事。ちゃんと伝わっているんだよね。すごく素敵だと思った。韓国の人もね、4人組みできてくれたんだけど、みんな日本語で伝え様として一生懸命!自分もプレゼントで韓国の好きな文字をノートに書いてもらって、それを色紙に書いてプレゼントした。(その言葉の意味は、幸せになろう、愛し合おう。だって*^^*)。その後、何を思ったか、一人の人が財布を取り出して、中に韓国のお金一枚をいれて、自分に渡してくれた。「これは?」って聞くと、「私からの出会ってくれた心のプレゼント」。そういって渡してくれた。多分、今まで使っていた財布だとおもうんだけど、自分はそれをみてとてもとても感動した。でも、それよりも感動したのは、それをみていたお客さんがいきなり泣き出した事だった。「感動した」って。自分も泣きたくなった。そうやって泣けるお客さんに心から感謝したい気持ちだった。
 人って、温かい。時に人を傷つけてしまうのも、また人だけど、人は誰もが心の中にはちゃんと温かい想いを持って今を生きている。そう思った。言葉もたどたどで、文化も環境も全く違うのに、世界中で通じ会えるものがある。分かり合えるものがある。それは心という言葉なんだろうな。
もしも、自分も異国にいき、そこで出会った人が自分の為に何かを書いてくれたり、心温かく迎えてくれたら、きっと、同じ事を自分も感じるんすると思う。人が感じる想いは皆一緒。そう思うと、自分にとってあそこにいれることは毎日という中で、当たり前であることも、とてもとても特別な事になっているんだろうな。
自分はもっともっと。世界を見たいとおもった。世界中の人、沢山の人、国境を越え、人種を超え、沢山の人と想いを分かち合い、触れ合いたいと思った。それはきっと“生きている”という魂に触れる喜びに変わっていくんだろう。

 ふと韓国の人達に触れている時、戦争のことを思い出した。自分も韓国に友達がいるんだけど、その時も思ったことを覚えている。昔、日本と韓国が戦争している時、お互いを憎みあい、殺し合い、倒そうと思っている時。なぜ、こんなにも分かり合える人達がちゃんといるのに、なぜころしあわなければいけなかったんだろうって。なんでこんなにも温かい心をもっているのに、お互いを敵にしなければならなかったんだろうって。
 きっと、お互い考えていた事は同じ。自分の祖国を守り、愛する人を守りたかった。ただそれだけ。たった一握りの独裁者達、愛国者達に操られ、大半がその意味すらわからず、殺し合う。生きるために。
 今はこのような平和な世界だからこそ、いえる事もある。分かる事もある。もう、同じ間違いはしちゃいけないと、やっぱり思う。最近はよく戦争の映画がやっているよね。今、そういう見なおしの時期にきているのかもしれない。
 世界を知るほど、世界は大きく広がっていく。現実的な世界も、自分の視野も。無限に広がっていく。世界中全てのものを見たり知ったりする事はできないものなのかもしれないけど、でも、自分が知ろうと思えるもの、広げ様と思えるものは広げられる。そんな世界がある。可能性がたくさんある。たくさん、を楽しもう。たくさん、を喜ぼう。いきている限り、人は人生を楽しむ為に今を生きていくこと、できるのだから。
 
 最近、とても2人が幸せそうな顔をしている時をよくみる。BBSにも書き込んでくれた皆のように、いい顔、いい心を持っている。2人でいきていくこと、一緒にいる事は必ずしも全ていいことだらけとは限らないけれど、でも、それでも、そういうことを共に乗り越え、分かち合って生きていける事はとてもとても幸せな事なんだと思う。
 なかなかね、人は、これだと思える人に巡り会える事も、また、共に生きていかれる事も少ないものなのかもしれないね。だからこそ、自分はそうやって幸せになれた今がある人にたくさんのおめでとうと、頑張れっていうエールを心から送りたい。そういう人程、そこに至るまで、たくさん辛い思い、悲しい思い、それこそ、死んでしまいたい気持ちをたくさん味わった人だと思うから。だからこそ、やっと手に出来た幸せに、心からうれしいと今を笑う事が出来るんだろう。そんな姿は素敵という以外、言葉が見つからないものなんだよな。
同じ“世界”という中で、巡り会う事。恋人としてだけじゃない。たくさんの人、たくさんの友達。たくさんの接点を持てること。その全てを大切にできたら、きっと人生は皆輝いてく。そういう皆を見ていると、そこに笑顔が溢れている事はやっぱり確かだから。この前、路上でお客さん達と話している時に言われた。「人間、(生きている事って)まだまだ捨てたもんじゃない。」って。
俺も心からそう思う。それだけのものが“出会い”という中にはたくさんつまっているものだから。それはちょっとの自分の心の見方の“気付き”でみえてくるものなんだろうな。

相変わらずいつも書き込みおそくなってしまってごめんね。皆いつもありがとう!そして、たくさんの人がこれからも今を心から生きていかれるように、笑って生きられるように。自分ができる中で、皆に何か渡せる事、伝えられる事、もっともっと楽しんで頑張っていきたいと思います。^^ 皆、またこれからもよろしくね。

暑い日が続くけど、体調にはみな気をつけて☆(俺か?笑)
それではまたね。^^v
(2002.07.31)
はたたたたの日常茶飯事その3♪
さあ!やってきました!見られにきました!わらわらきました!はたたたたの日常茶飯事その3!今日もとばしちゃうよー!アクセル全快300kmで垂直カーブ曲がって見せますよー!
 えー、これは別に暑さにやられて壊れたわけではありませんのであしからず笑。もしかしたら、まだ知らない人もいるかもしれないので、ちょっとこのコーナーを説明させていただきますね。
 このコーナーはいつも堅苦しい話題ばかり提供していては人生難しい人、みたいに思われてしまう可能性大なので(もう思われているかも 笑)すこしは自分のぷらいべーとにふれてみようというコーナーです。時折こういうの出現をしていきますので、よかったらみてってください。ただし、次会っても避けるようなことはしないでね♪ウフ♪
 エーおそらく、今ので100人ぐらいは引いてくれたと思いますが笑、皆さん最近はいかがお過ごしでしょうか。残念な事に、前回のはたたたたの日常生活その2が消えてしまったので、つながりはみえないかもしれないんですけど(もともとつながりはないけどね 笑) 前回はプーさん(ちなみにプー好きです )のライバル“クー”についての奴のすごさを語りました。クーのシールを路上に持ってきてくれた人が何人かいらっしゃったので、この場を借りて皆にお礼を言いたいと思います。本当にどうもありがとう☆もしもまだ覚えていてくださる人がいたら、めぐんでくださいね^^;ちなみにまだまだ、めざましには遠いようです。 
 
で、今日はまた違った話題を提供したいと思います。
最近はまっているマンガがあります。と、いっても、前から読んではいたんだけど。その名も今や至るところでその名を拝見する“ワンピース”。服じゃないよ。あのマンガ、すごいね。久しぶりに買おうと心をゆすぶられました。あのマンガのすごいところは、やっぱ熱さ。見てない人、マンガだと思ってなめてかかっているでしょう。でも、見たらそりゃあもうびっくり。以前、あれをなめてかかった人があっさりかえりうちにあっているのをまじかで見ました。..まじか? 
….いやーあついっすねぇ。あ、今、ちょっとは、気温下がりましたね。ねぇねぇ、そこの君。帰らないように。
でもね、だってね、もう4.,50才のおじさんがだよ?「ワンピースのDVDそろえちゃったよー」とかいっているの見ると、マジかって思わない?まぁ、そのおじさんの心の中に少年が住んでいたのかもしれないけれど、それはおいといて、でも、自分はそれに衝撃を受けた。ここまで、年代問わず熱くなれるマンガがあったのかと。今まで、ちらほらみたことはあっても全部通してみた事はなかったから、「そこまでいうんだったらみてやろうじゃないけ」と、1巻目を買ってみました。で、今気づくと全巻ある 笑。見事に返り討ちに会った男もここにいたようですな;_;。
 もともとね、俺、冒険物って大好きなんだぁ。この前もね、書いたんだけど、長野県の避暑地うまれだからよく探検、冒険を山の中で繰り返していた。秘密基地もたくさん作ったし、自分たちだけの秘境を探しにいってた。気分はインディーだった。いや、クロコダイルダンデーかも。(どっちでもいい?笑) なんでもありってこういうこというんだろうな。当時、そう思ってた。悪ガキでしょう?笑 24才の今となっても今だその血が騒ぐのか、少年心がたくさん自分の中には残っちゃっているようです。
でも、人生やっぱ熱く生きなくちゃ!損だよ、損。もったいないもの、と思うのですわ。そんなこんなで、、そんな“想い”のつまったマンガに久しぶりにあったんだよね。
 
でもね、気づいたら多いんだよね。ファン。ファン?そう、ファン。俺の?いやーてれるべやぁ。….えー勘違い男がここにいます。かわいそうに。この暑さでいっちゃったのね。あ、今、ちゃんと通報しときましたんで。皆、ご心配なく。
ちゃう、ちゃうって 笑。路上にいるとね、結構聞くのね。見るのよね。この前聞いたのは、“コスプレ”。そうコスプレ。ワンピースファンに写真をみせてもらったんだけど、….すっげー似てる!笑 すごいのなんの。よくぞここまで!、の一言。いやー、人間の可能性って、まだまだ捨てたもんじゃないっすよ。やればできる、うん。そう心から感じました。

 変なところで納得しているけど 笑、それだけ影響力って強いんだなぁと再度確認しました。
 同じ、書く、という意味では。一作家としてはね、なにかを書く事、伝える事って、とてもとても人々に様々な影響力を与えると思っている。それが人に伝われば伝わるほど、沢山の見方が出てきて、沢山の意見が生まれてくる。だからこそ、自分も規模や伝える形は違うけど、表現をするものとして、皆に元気になってもらえたり、見ていて幸せになれるものを表現しつづけられること。それが基盤になっていることは絶対なんだよね。きっとどんな作家も同じなんだろうけど。
でも、自分にとってこの世に生きて、言葉を書く限り、ずっとずっと。そう。
それが自分から自分へ、皆への一つの誓い、なのかもしれない。自分がここにいる一人の存在として。

 でも、やっぱ熱いのはダイスキなんだよね。熱い人もダイスキ。おかげで自分の周りにはいやに熱い人が多い気がする。
 友達についてはまた次に語るとして、マンガの話しがでたから、もうちょっとこれに触れると、自分は基本的にやっぱり読む事が好きらしい。まぁ、あまり読む事を嫌いな人っていないんだと思うけど、結構ね、なんでも読めちゃう派なんだよね。ちなみに少女系マンガも結構好き 笑 あぁ!御願いだから、引かないで 笑!違うんだよ、違うんです!聞いてくれ!まずは殴る前に一言言わせてくれ!これは、ほんの小さな幼心であって、悪心はありませんから。
と、いっても「あんなのー」とかいっている人にもいいたい。一度見てくれ。いや、笑えるから笑。 ときめく恋について「よくぞここまで」というストーリー。ごっちゃごっちゃにした多重関係。いいねぇ笑。でも、男の人にはあーいう女の人の感性、なかなか真似できないよ、あれ。
 いや、真似する必要はないんだけど 笑、恋の創造性にかけては女の子のほうが優れているんだろうな。
 昔、自分がほしかったのは「ママレード・ボーイ」笑 朝、テレビでやっていてそれをみて、マンガが“欲しい!!”と思った。でも、男が少女マンガを買うのは恥ずかしいっていうか、勇気がいるでしょ(普通は買わん 笑)?確か、中学か、高校だったか、そのくらいだったんだけど。どうしたと思う?仲のいい女の子に買ってきてもらうことを頼みました 笑。その女の子は以外にもあっさり、笑顔で(しかも喜びながら)いいよって一言(なんじゃそれ) 笑。でも、結局、自分が買った後、家に置いてお母さんとかに見られることもいやじゃんか!と思い、妹の部屋に置いてもらおうか、もしくは隠そうか、悩んで辞めました笑。あはは!かわいいっしょー笑。
でも、あの頃の恋心はよかったねぇ。笑 楽しかった。今となってはいい思い出かな?笑 最近はもちろん、少女漫画を見ることないけど。でも、ちょっとは見てみたい気もする 笑。ちょっとだよ、ちょっと。えへへ。

 なんかただ単にあやしいオヤジと化してしまっているような気がする笑。沢山墓穴をほりまくってしまっているようにも思えますが、気にせずにさくっと流す事にしましょう。
過ぎたと事を考え過ぎても人生の得にはならない、うん。笑
 
恋心といえば、なんか昔の頃の自分の恋愛の事を思い出してしまった。んーネタにしようか、しまいか迷い中…。じゃ、もしも、リクエストがあったらということで。ちょっとずつ、こぎりに 笑
 
暑い日が続くね。今年の夏はどうしようかと思ってる。
でも、相も変わらず、路上にはでていきます ^^。
皆はどんな夏を過ごしていくのだろうか。

 
 セミの声をきく。夏が来るたび、ふと耳にする。
でも、セミはいつの時代もきっと同じ声で鳴いていたに違いない。
どんなに環境が変わっても、
どんなに今ある世界が変わっても。
きっといつも、この世にでて思いっきり声をあげて鳴くことを、
楽しみにしていたに違いない。
 
今がどうであれ、今うまれ、今ここにある世界が全てなんだ。
そして、今、与えられた命が全てなんだから。

例え、どんなにその世界が自分の予想と違っていたとしても、
声を上げて鳴くことは
やめないんだろう。
 
たった2週間という命。
その自分の命の限りをセミ達は知っているのだろうか。
その短い間で、生き、恋をし、次へ命をつなげるため、また死んでいく。
それは人間なんかよりも、
ずっとずっと。
真剣なんだろうな。

よく、夏が終わる頃、道端にセミの死骸をみる。
この世での役割を終えた姿はなんともいいがたい感情を引き起こす。
このセミは、今を生きた事をどう感じていったんだろう。
どう。思ったんだろう。
 
もしかしたら、セミ達は自分達の死を知っているから、
今を懸命に鳴くことを止めないのかもしれない。
そう、思った。

自分はセミのように一日一日を精一杯、懸命に生きられているのだろうか。
思いきり笑い、思い切り泣き、そして、思いきり自分が今ここにいることを感謝できているだろうか。

セミにとって鳴く事が自分の表現の仕方であり、
この世に生まれたと言う存在意義になるのなら、
自分にとっては、きっと。
書く、ということで。
笑うということで。
共に心を酌み交わせるということで。
自分を表現しているんだろうな。

それがきっと
自分がこの世に生まれてきた理由の一つなんだと思う。

セミに笑われないように、説教されないように。
人として恥じる事なく、今を生きたい。
そして、セミよりも長くこの世にいることが事ができた、
この命をもらう事が出来たのだから。
その分、大切に出来る、一生懸命であれる
そんな自分でありたい。
 
今日もまたセミが鳴いている。
きっと、伝えたい想い、
生きている素晴らしさを
その声に抱えながら。

最後はちょい、しんみり。
でも、こういうのもいいでしょ?笑

えー、では今回のはたたたはこの辺で。
楽しんでいただけましたでしょうか。笑
それではみんな、
過激な…もとい、情熱的な夏を過ごしていこうね☆でへへ。
 
ファンファンファン…..。
ガチャ。..え?さっき呼んだ警察の方ですか?通報があった?
いやいやー、暑いと変な人ほんと多くなりますよねぇ。
お巡りさんも大変ですね。あはは。

え?い、いやいやいや、ぼ、僕じゃないですよ。
や、やめてください!ちょっと来てもらおうかじゃないですよ!
人違いです!濡れ衣です!
やめて〜!泣くぞーコラー!!

笑 では、またね^^
(2002.07.24)
たった一つのあなたの心。
皆さんーこんにちわー☆ハタっす。皆さん、お元気ですか?最近は暑い日が続きますねぇ。よくよく気づいたら、もう7月、夏真っ盛りじゃん!あまりにも季節感がなさ過ぎて驚いてます。笑 (そういえば梅雨っていつ終わったんだろう???’_’?) いつもね、僕はこの時期が来て、雨にうたれる度、初夏を感じます。
 夏と言えば、スイカ、花火、海、….いろいろあるけれど、俺は、そうだなぁ。夏といえば、空、かな。自分の田舎が長野だったから海とかなかったもので、よく山に登ったり、空を見つめてたりしたっけ。あの大きな入道雲。いつもセミが鳴いていて、暑いんだけど涼しげな草木に囲まれていて。ずっと続く一本道を歩いては、よく地平線の彼方を見つめてた。高原とかもすごく広広としていて…。とても新鮮な気持ちになる。なんかなつかしいなぁ。もうあの頃の気持ち(少年時代)に戻れる事はないのかなぁと思うと、ちょっと胸キュンになります 笑。(かなりのわんぱく坊主でした^^;)でも、夏の長野県はお勧めです。皆よかったらいってみてね^^。
 
 最近、路上結構\出没しています。先週から合わせれば7日間連続でここぞとばかりに。路上予\定表\、そういえば書きこんでないので、またINFORMATIONに書きこんでいきますね。
路上に出ると、元気がでます。いや、元気をもらうと言う表\現の方が正しいのかもしれない。皆にとても支えられている事を感じずにはいられません。
 同時に、皆、痛い程の痛みを抱えている人が多い事をよく感じます。特に昨日は強く感じました。一杯一杯になって、自分を知らず知らずのうちに追い込んでしまっている。今の世の中、心に余裕がない人が多すぎる。いや、余裕が持てない、という方が正しい表\現なのかもしれない。今の世の中、心に余裕を持って生きる事って結構\難しくさせてしまっているんだろうな。それは、今まで人は誰かと自分を比べる競争社会の中で自分を見つめてきたことが全てだった。それが全ての判断の基準だった。でも、実はそれが全てじゃないんだよね。

 今までの見方は誰かに勝つこと負けるという事が多かったんじゃないかな。
でも、実は勝つと言う事は、「勝つ」のではなく、「克つ」んじゃないか、
負けるとは「負ける」ではなく、「撒ける」ではないかと自分は思う。

自分をいかに信じられ、乗り越え、克服していけるか。
そして、自分が信じたことをいかに進め、やる事から撒けない、撤退しないか。
 
それが本当の「勝ち」「負け」なんだと思う。
 そうやって生きる事は難しい事は多いかもしれない。でも自分は、誰かの目をいつも気にして生きるより、よっぽど生きやすい見方だと思う。
 
誰もが皆、傷をもっている。でも、人はそのほとんどを誰かと自分を比べてしまうばかりで心を自分で傷つけてしまっているという事にあまり気付いていないもの。自分に傷をもつことは外面的な傷ではなく、内面的な心の傷。それは、形には表\すことができなくても、いろいろなところで見え隠れするものです。
強くなれない自分にもどかしさを感じたり、弱い自分を認めてあげられなかったり。そうやって人は今を生きている。とてもとても、難しい事ですよね。大変な事ですよね。
 マイナスな事を思ったり考えたりする事は、弱い事じゃない。いけないことでもないと思うんだ。それが人間だし、そういうものなんだもの。
でも、いけないことは、マイナスな自分を責めてしまう事。そこで、自分のいけない事、と全てを受け取って思い込んでしまう事。なんだと思う。そうではなく、それをそんな自分を許してあげる気持ちが大切なんだよね。

 人間なんてね、決して完璧じゃない生物。残念ながら。でもね、うれしい事に人はちゃんと心を持っている。分かち合える心、通じ合える心を抱いている。それを知っている人と、そうでない人ではずいぶんと物の見方が違うんだと思う。
よく、まんがとかであるよね。「お前の弱点は情とかに流される弱い心だ。(あーっはっはっはー!)」みたいな。いかーにも悪こそ正義みたいなキャラが、お決り文句のようにいう言葉 (笑)。とかいって、最後はその心にまたまたお決まりのように負けてしまう。
 それは、人の心の“強さ”をよく表\している。それは、カチカチの隙のない強さではなく、やわらかにしなやかに対応できる心。それが人本来の強さなんだと思う。確かに心があるという事は時に、人の弱さにもなってしまうときもある。不器用で、損をしてしまう事もある。でも、それは人だからこそ抱ける想い、なんだよね。

もしも、人に心が無かったらどうなってしまうんだろう。
本能\だけで生き、誰を思うことなく生きていく。機械のように誰かの命令をうけてその命令を遂行していく、何かの言うことが全てになってしまう。
 人と人が互いを認め、手を取り合い、共存し生きていけるのは人の心があるから。そして、その心がとても、優しく、温かいものだから。そう、自分は信じたい。この世に自分が生まれ生きている限り、自分という心と存在を持っている限り、自分はその心を大切にしたい。
まずは自分がそれを大切に出来る事で、全ての世界が作られていけるんだと思うから。

 ある統計でも証明されている事があります。
戦争とは、人の心が引き起こすもの。
 国民の大半が愛と慈悲に満ちているのなら、戦争は起こらない。
でも、その国の心が貧しく、病んでいたら。それが戦争を引き起こすという事。戦争とは、そういった人の心の現れ、その時代、その国を隠し様もなく出してしまっていることなんだよね。
 人は心の一つで、全ての物事を善にも悪にも変えてしまう。
だからこそ、自分が人を思いやれる事や、自分に優しく出来る心を持っていきれる事はこれからの時代にも、また、そんな自分自身にもとてもとても大切な事なんだと思います。
 今の時代を嘆くのではなく、嘆いているだけで、自分が大切にしようと思えないこと、思えていない事、たくさんあるんじゃないのだろうか。
人の時代はこれからきっと、沢山の試練を与えられる。今までがいかに発展するのかが課題であったなら、これからは、いかに色々な心を守っていけるか。それが問われる時代になってきている。発展しすぎた技術が、忘れてしまった人の心を取り戻していくように、人はまた心を求めて歩いていく。
 そうであるならば、自分たちがまず、その心を大切にする事から始めよう。誰かの為とか、世界の為とかではなく、自分のため、自分の大切な人達を守る為。その為に自分の心を大切にしていこう。
これから必要なのは強さじゃなく。たった一つのあなたの心の温かさだと思うから。

いつもdiary書き込み遅くなってしまってごめんね^^;でも、一つ一つ意味のあるものがかけたらなぁと思いますので(いいわけ?笑)また皆も読んで下さいね☆

また暑い日が続きますね。皆、無理しないように頑張ってね!俺もみんなの事いつも応援しているから^^v そしていつもどうもありがとう!!心から皆に感謝してます☆

 次ははたたたの日常生活パート3!(パート2は消えてしまったから、3ということで 笑)皆さんお楽しみに☆それでは、またね。
(2002.07.20)
皆さんこんにちは☆(5/10のdiaryです)
えー、ごめんなさい。hp色々といじくっているうちに、一番初めのdiaryが消えていた事に気づきました。途中なのですが、ここに乗せておきます。ちょっと懐かしめだけど、初心にもどれるように、ということで 笑。次はまたいつも通り続けて書いていきますので、よろしくです。では、一番最初のdiary、どうぞ。

 こんにちは、皆さん、ハタ タケルです。以後よろしくね^^。現在、自分はハチ公前にて日々人の悩みを聞き、それに対して言葉を書きつづっています。なにか皆にとって少しでも伝わったり、きっかけになってもらえたりしてもらえるものがあれば嬉しい限りです。

 自分の望む事。それはね、難しい事じゃなく、ただ、「あなたの笑顔をみたい」。それだけなんです。自分にとってそれは一つの”存在”というものの意義を説いたものになるんだと思う。よく、「なんでそんなことをやってるの?」ってきく人もいるんだ。でも、そこに理由なんてないかな笑。自分がそこにいて生きているのはなんで?って聞いているものと一緒なのかもしれない。あまり難しく考えてなく(笑)、でも、それを行う事が自分にとって一番好きといえるのかもしれない。書く事、話す事、話を聞く事、自分という存在を通す事、そして、その人の笑顔を見れる事。その全てが自分にとって大切なものなんだなぁって思います。

 皆の痛みを聞く事は、はっきり言うと気休めにしかならないのかもしれない。その人の痛みは、正直、そのひとにしか解決はできないから。でも、自分は少なくとも、それを分かち合い、聞く事はできる。そして、自分の心を通してその人に言葉を書くことはできる。何かを伝える事ができる。自分にできることをすること。それでいいんだと思う。皆には皆にできることがあるように、自分にできることをする。それが、ハタタケル、という人間なんだもの。皆の笑顔を見れることが、自分の笑顔を見れることに変わり、皆の心が温まる事が、自分の心を温める事にもなる。自分があってこその人生や周りだし、皆がいてくれてこその自分なんだ。だから、自分はここにいる。そんな自分の”心”をいつまでも大切にしたいって思います。

 初めからちょっと難くなってしまったけど(笑)よろしくね。まだちょっと、HPは作りたてで色々これから変わっていったり、ちょっとまだ不慣れな所も多々あり(笑)皆に迷惑をかける事もあるかもしれないけど、その辺りはどうか勘弁してくださいまし。^^;自分も頑張ります!また活動もどんどん広がっていくと思われるので、その都度、ご連絡しますね。

 いつも皆、本当にどうもありがとう!!そして、これから出会える皆にも、その日を楽しみにしています♪皆さん、これからもどうぞよろしくね(*^.~*)
(2002.07.10)
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