2003年02月の日記

「夢」をもてることの意味。
ハイハ〜イ。皆様。お久しぶりです☆
あまりに素晴らしいbbsに参加しっぱなしで日記の”に”の字も忘れてしまっていたハタタケルでございます(いいわけとはいわないで 笑)^^:。皆様いかがお過ごしでしょうか。


 
 ワタクシ事、ハタタケルはこの時期恐れていることがありまして。その名は”花粉症”。いや〜。奴(人か?笑)はひどい。ハタタケルに勝手に潜入しては意思とは関係なしにくしゃみやら鼻水やらを作ってくれる優れものです。病は木からとはよく言ったもので(うまい)、最近周りからは「ハタサン、オヤジになったら避けられるよ。」と寒いギャグを温かく迎えてくれる声が聞こえます。いやありがたい 笑。

 

 毎年ね、花粉症は我慢していたんですよ。だってね、薬を飲めば症状は抑えられるものであったとしても、直るものではないし。正直、薬そのものは普段よほどの事がない限り、もしくは風邪の引きはじめに予防として飲む限り、飲まないし、飲みたくないというわがまま健康優良児なので(笑)。そんなこんなで、まあ、毎年戦っていたわけなんです。


 しか〜し、今年はそうもいかない。イベント事やらなんやらが目白しになりそうなこれから。ウサギのおメメちゃんでいくわけにはさすがにまずい。ということで、お医者さんにいったわけなんですわ(しぶしぶながら)。
 
 

 で、行った所が近くのクリニック。小さくも無く大きくも無く、でも新しい方。病院という感じがしないので、結構行きやすい。自分の中では気にいっている所でもありました。まあ、そんなこんなで受付に行ったのです。
 
 

 かなり久しぶりなので(笑)、何をしたらいいのかわからずも、受け付けのおば様が一つ一つ丁寧に処理してくださいました。「ではこちらへ。」ということで、耳鼻科とかかれた場所へ(といっても受付の真横)。なんかさ、入る時ってドキドキしない?
 
 

 ちょっと内心、そんな想いに駆られながらも「失礼しマース。」といって扉をガラガラ。そこでいらっしゃったのが。80近く(おそらく)のおば様。
 うん。みごとに反射鏡(よく頭にかけている丸い鏡)が割れている。あ、おば様!!よく見たら割れた後、ちゃんと接着していますね。えらいえらい(えらそうに 笑)。でもなんで割れたのかな?患者さんが暴れたんですかね?あ、落としちゃったのかな〜?あはは〜☆


 おちゃめにそんなつっこみを内心入れながらも「どうぞお座りください〜」といわれるままに診察台に座ったわけです。

 

 今回ね、僕は「薬」をもらいたかったわけですわ。別に病気にかかっているわけではなかったし、花粉症ということが分かっていたので。
 
 でもまあ「症状はどんな状態ですか〜。」と聞いてこられたのでちゃんと答えないとな、と伝えたわけです。
「ええっとですね、花粉症なんですけれど、もう昔からなんですよ〜。それで今回、薬を頂きたくて来たのですけれど....。」
 

 「あ、そうなのね。じゃ、ちょっとみますね(聞いてない)。」
 
 
 え?あ、いや、あの、薬をただもらいに来てみたんですけれど、やっぱりみなくちゃいけないものなんですかね。というか診察しましてもあまり変わらないものだと思うのですが、ねぇ、おば様、聞いてます??

 

 あははっ!ぴしっ....とつっこみたくてもつっこめないかわいげあるはたっちょには気にせずに早速器具をお鼻へブシュっ。
 
 


 昔、よく耳鼻科にかかっていたのでよく分かるのですが、あの長くて変な液を吹くやつ。いったことがある人は知っているよねぇ。だが一体なんのためにそれをするのかはわからない。

 「うへっ」とむせるはたっちょを横目に「どうですか〜。」と言いながらもつっこむ。震えている手がポイント。
 
 「あ、いや〜、どうなんでしょう。」とこっちが聞きたい答えを返しながらもなお噴射しつづけるおば様。で、それを外して今度は吸入する器具へお取り替え。
 
 でも、おば様。どうも噴射する器具の調整ができてないのか、お鼻からその噴射した液がだらだら。うわっこれどーすっべ、と手でぬぐっていたら、それに気付いた遠めで見ていた、また60ぐらいの看護婦らしきおば様が、「あ、ティッシュがそこにあるからね。」と。

おーい。
 
目の前のおば様は気にせず吸引器具を探してる。

おーい。笑
 
 やっとそれを見つけたおばあ様が今度はそれを再度つっこんで、ずずずっと。
 
 「うえっ」とひきつるはたっちょを横目に「いつもこの時期はなるのかな?」と聞きながらも、再度またあの噴射機に手を伸ばす。
 
 「あ、いや、そうです。(さっき言った。)」
 
 やっぱり聞いているのか分からないまま、また噴射機を発射。
 
  ぶしゅっ。

 「うへっ」。

  ずずず。

 「うえっ」。

 
 
 またまた再度、
 おば様が強力噴射機に手を伸ばそうとしているっ!
 おーーーーーーい!!
 ちょ、ちょーとまった!

 
 さすがにたまらず、
 「あ、あの、だ、大丈夫ですから。薬だけ頂けますか?」と言葉を出す。
 
 「あ、そうなのね。薬にも色々あるからねぇ。どういうのがいい?」
 
 そのための診察じゃなかったんかいーっっ 笑。

 診察代1030円。
 お薬代1050円。
 いや〜。
 僕はドリフの面接かと思いました。
 あはは。
 ぐすん。

 
 そのあと鼻水が止まらなかったはたっちょでした。
 うー。でも憎めん。
 また一週間後に伺いますね^^。
 でも診察は勘弁してください ;_;。
 


 
 さーて。前置きが長くなったぞー。
 ということで今回は。
 
  
 お題にある通り「夢」について語りたいと思います。
 こっちも長いぞー 笑。
 
 
 最近、いやによく聞かれるんですよね〜。色々な人から。
 
  「ハタサンの夢ってなんですか」って。

 
 んー。皆さんにとっては”夢”ってなんですか?どういうものですか?
 
 
 僕にとってはですね、”夢”というのは正直、ないんですよ 笑。
 
 
 あ、いやいやいや。勘違いされてほしくないのは、自分がやっていきたいことがない、といっているわけではないんです。ただ、その”夢”の捉え方が違うのではないのかなと思っています。
 
 
 よく人がいう”夢”というのは、それが叶えたいこと、という意味合いが強いのではないのかなというイメージがあります。それを叶える事が全てである、というように。

 
 でも、僕の場合、”夢”というより、そこにある”目的”なんですね。それが僕の場合の”夢”という表現の仕方なんだと思います。

 
 そもそも、なぜ”夢”をもたないのか。
 
 
 簡単です。それは、夢を叶えてしまったらそこで終わってしまうからです。僕にとって、「夢」は「ゴール」ではない。だからこそ、夢はありますか?ときかれて困ってしまうわけです。
 
 
 確かに夢はある。でも、僕の場合、”夢”ではなく、それは”通過点”であるし、むしろそれは”当然”のこととして捉えている。そして、たくさんあることでもある。
 だからこそ、それを表現するときにまとめた意味で「夢をもつ」、ということが大切だと思っているです。

 
 逆に、夢をもつことを否定的な見方をする人もいます。現実は実際にこうなんだ。自分は夢を持っていたけれど、それは叶わなかったし、それをつかむ人は一握りだ、と。

 
 確かにそれも一つの”現実”ではあると思うのです。全てのことが、全て叶う人ばかりとは限らない。きれい事だけでは通りません。僕もそう思います。

 
 ただ。夢を持つ事の大切さって何が一番なのかというと、僕は、

 夢を”叶える”為だけにもつことなのではなく、
 それを抱ける心を。
 
 つまり”自分”を養える事だと感じているんです。

 
 夢の持つ事の大切さというのは、そこに”自分”があるということなんだと思うんですね。


 「こうなりたい。」「こうできる人でありたい。」それはそこに自分がなくては”夢”を抱く事すらできないものだからこそ。その現れであったりもしますから。

 
 
 でも。

 例えば。

 
 こんな事があったとします。
 チャンスをつかんだ人がいた。
 
 ある人は歌手として。
 ある人はサッカー選手として。
 ある人は俳優として。
 または
 本当に好きな人と付き合う事ができたとして。
 
 その人なりの昔から抱いていた”夢”をつかんだとします。
 
 しかし、その後、うまくいかず、その業界や想い描いた所
 で生きていけなくなってしまったとします。
 
 その時、その人はどう思うのでしょうか。

 色々と苦労に努力を重ね、やっとつかんだものがなくなってしまう。
 それが自分にとっての夢だった。
 
 でも、それが消えてしまった。

 
 
 そこで夢を持つ事に対して抱く事。
 それは”絶望”または”挫折”なのかもしれません。
 そして、”現実”においての厳しさを間の当たりにして、
 いろいろな事を考えるのでしょう。

 
 でも、思うのです。
 もしも、”夢”という捉え方を間違えてしまって、
 それを叶える事が全てだった人はそうなった時、
 一体どうなってしまうのかなと。
 
 それが夢の犠牲者である、という人もいます。

 
 
 ただ、僕の場合、違うのです。
 例えば、もしもそういう状況でも伝えたいことがあるとすれば。
 
 
 ”夢”というのは、
 また新しい”夢”をちゃんと創っていくということ
 
 なんですよね。

 

 それは、なぜかというと。
 もしもその人がそのとき掴めなかったとしても、
 また、それがダメになってしまったとしても、
 それは一つの”結果”であって、
 それが”終わり”なわけではないからです。
 
 そこの、”夢”に対して抱く、考え方、
 感じ方の捉え方の違いが大切だと思うんです。

 
 確かにそこにそれだけ打ち込んできた。
 思い入れてきたという事は分かるのです。
 でも、例えもし結果が思ったものと違ってしまったとしても。
 その人は全く、そこから得られなかった事は無かったのでしょうか。
 その人はそこで、全てが”無駄”だったと思うのでしょうか。

 それはその人の捉え方の違いでもあると思うのですが、僕は何一つ”無駄”なんてことは無いと思います。
 だって、そこに至るまで、それを目指したのは誰でもなく、”その人”本人だったから。
 そして、その過程はその本人が”自分”を持っていたから。
 それはその人にとってたくさんのことを教えてくれ、そして、そこからまた新しい前進をする事への”経験”をちゃんと与えてくれたんじゃないかなと思うのです。

 それはまた新しい過程になってゆける。

 
 でも、もしも、そのことに対して”否定”的に見てしまったら、きっと何一つ得られる事も掴めることもないのでしょう。

 「自分がバカだった。」と、自分を否定してしまうこともあるのかもしれない。
 でも、何一つバカな事なんてあるものはない。

 
 その上で、また自分なりの今を生きる情熱や、懸命さ、そういったものを持ち、またこれからの自分を磨いていける事が夢を持てる大切さだとも思うのです。


 
 そして、こうも思います。
 もしも、この場合の「夢」という表現を借りるのならば。
 
 
 ”夢”は叶ってもゆけるものだ。ということを。

 
 なぜなら、夢を叶えるということは、
 その目標が高ければ高いほど、
 それに対しても努力も苦労も必要になるからです。
 
 
 言っている事がよくわからないと思いますが(笑)、それはどういうことかというと、
もしも本当にその人が心からその夢を望むのなら、
それを得るために努力も苦労も買ってでもする。

 強き心をつくり、それに対してちゃんと成長をしてゆける。
 一歩一歩階段を上るように、ゆっくりかもしれないけれど、それに向かって近付いて行ける。
 
 それもまた人間だと思うのです。
 
 つまり、
 それを掴めるだけの人間に「なってゆくこと」。
 それが、
 人間には皆、ちゃんとできるだけの能力が備わっているからだと思うからなんですね。

 
 ただ、
 そのためには必要な事がたくさんあります。  
 
 計画性や行動力、
 謙虚さ。
 素直さ。
 意思や努力ももちろん、
 継続できるしてゆけるだけの想いだとか。

 一つ一つ数えあげたらきりがないかもしれませんけれど、
 でも、結局一番必要なのは、
 それを掴むためのあなたの
 ”心”のあり方なんだと思うのです。

 
 よくね、
 人は何かを成し遂げる人を
 「”才能”があるんだね。」の一言で
 全てを片付けてしまう人が多いと思うんですね。

 
 でも、では”才能”ってなんでしょうか。
 才能っていうのは形?もともと生まれ持ったもの?
 それを僕は否定はしません。
 でも、僕は才能というのはホントに
 ”ごくわずか”であると思います。

 

 もっというならば、才能というのは、
 どれだけ”好き”といえるのか、
 やはりその人の心の感じ方だと思うのです。

 
 
 その例で一番分かりやすいのは。
 えー、僕ですね^^;。
 
 僕は小、中、高と国語の成績が10段階中、いっつも必ず3か4でした 笑。逆に理数系はできたんだけどな。いやいや、そこの君。笑い事じゃないって^^;。ほんとにひどかったんだから。逆にそれができる人が疑問で仕方が無かった。

 でもそれで自分という存在をを決め付けて判断していた事が多かったんですね。
「ああ、自分には日本語の才能って無いんだなって。笑」
 
 本を読んだりすることは好きなのに、それを点数で決められてしまう。それが”自分”をくくってしまう事はありがちではないかなと思うのです。今の日本では。


 でもね、今だからこそわかることなんですよね。
 テストはテストであって、それがその人の全てを作るわけでもないし、頭がいい、悪いという問題でもない。
 結局、あくまでそんなものは一つの”基準”にしかすぎないということなんですよね。

 
 だってさ、よくあるでしょ?「この作者の意図を述べなさい」とかいう問題。
 意図を述べました。
 ×なんですよね〜 笑。
 俺はおかしいと思ったんだよ。
 だってさ、じゃあ、作者の意図を当てることが問題であれば、その人の答えっていうのは決まっているものなんですかね。
それともそれは点数で決められるものなのか。

 誰がそれを正しいと決めて、それが人間の正しいという全ての答えなのか。

 そんなことあるわけないって思うんですわ。

 
 逆に今、もしも僕が先生で点数を付けるのなら、僕は皆に○をつけちゃいます(いい先生だ〜 笑)。

 
 だってさ、その人にはその人の感じ方があって考え方があって、それが”その人”なりの答えなのだから。
 僕はそれでいいと思うんです。
 そういうのがその人の発想や想像力を作っていくのだから、それを点数で決め付けてしまう事自体がナンセンスだと思うのですな。
 
 そして、それを望むからこそ、その作者もその文章を書いたのではないのかなと。 
 
 

 でもまあ、今ではそんな僕が言葉を”書く”ことを仕事にしている。変な事ですよね。


 もしも本当に才能という言葉を使うのならば、それは全て決められるものではない、ということもまた事実であって、
 それを決めてゆく事も創ってゆく事も全て”自分”が何をそこに抱くのかという事一つだと思うのです。


 才能に対してもそう。
 夢をもつということにしてもそう。

 
 結局大切なのはね、
 その人が生きる上でどういう想いをもっていきているのか、
 行きたいと思っているのか。
 全てはそれをもつための、
 見つけていくための過程だと思うし、
 それを見に付けてゆけることも、
 やっぱり人間なんですよね。
 それが”あなた”という存在なんです。

 そのために大切な事は、
 やっぱり自分なりの”夢”を持てる、
 また持ちつづけられる心なんだと思うんです。


 
 ああ!
 ただここで。
 断っておきますが、

 ”夢”というのは「大それたもの」だけの事をいっているわけ
 じゃないということです。


 つまり、
 「恋愛で好きな人と一緒になりたい。」
 とか、
 「大好きな人と幸せな家庭を創りたい」
 という事のも大切な”夢”だと思うし、
 その基準は人それぞれ。



 結局、夢という表現は
 その人の”幸せ”になれる形そのものを
 さしていて、
 何も向上心を持てとか、
 こうあるべきだと問いたいわけでもないんです。

 
 ただ、自分なりの幸せや、生き方。
 その一人一人の人生の中で描く”形”を
 大切にして欲しい。
 それをつかめる人であって欲しい。

 そう思うんです。
 
 

 

 人は、いくつになっても輝いている人がいる。
 でも、若いのに死んでいる人もいる。

 
 そこにある違いは、
 ただ、生きている”今”をたのしんでいるのか。
 
 つまり、自分が何を抱いて今を生きているのか。
 自分を持っているのか。ということです。

 
 

 生きる事を歩く事と例えるのなら、

 
 なにも目的地も無く真っ白な平面の世界を
 ただひたすら歩いているときと、
 
 
 何か登る山があって、谷があって、
 一つ一つを乗り越えてゆける楽しみや、
 大変だけど、どうしたいのかという
 明確さをもって歩くときと。
 
 

 あなたはどっちが楽しいと思いますか?

 
 
 あなたに与えられた人生を生きるということは、
 結局そういうことです。

 それは恋愛でもあり。
 それは生き方なのかもしれないけれどね。

 
 

  
 でも、よく間違えがちな事は。

 今の社会を作っている形的な物の中で
 人は生きているわけではなく。

 自分が作っている考え方や人生の見方の中を
 人は皆生きているということ。


 つまりその世界を創るのは、
 やっぱり”あなた”であって、
 それは与えられるものではなく、
 創ってもらえるものではなく。
 
 あなたが日々抱く心が、
 そのあなたの生きている”世界”を
 創っているんですよね。
 
 もちろん、
 恋も。
 人生も。
 ね。

 

 人生は一回限り。
 
 大切なのは、
 どれが正しいとか、
 間違っているとかを考えることじゃない。
 
 
 だからこそ、
 あなたがあなたなりの人生のなかで描く
 
 
 自分なりの”夢”
 をもって生きることが、
 なによりも大切な事なんだと思うんだ。 
 
 
 その為の”夢”なのであれば、僕はなによりも
 夢を持てることが大切だと
 伝えたい。
 
 
 夢を叶える、叶えないの前にそれをもって
 生きれることを、ね。


 僕はそういう想いで、今も路上に座り
 たくさんの人の悩みを聞き、
 話を聞き、
 言葉を伝え、
 言葉を残し、

 そんな心を渡しています。
 
 



 一人一人の夢の形というのはあるけれど、
 路上でもたくさんのバンドがやっています。
 正直な所、素人の自分にもこれはいいな、
 ちょっと難しいなというのがよく分かります。
(お客さんの集り具合を見ながらもね 笑)

 そういう中でも、見切りを付けずにやっている人もいる。それはそれでその結果がたとえどうなるのであれ、その人が真剣に今を生きている。
 
 僕はそれだけで
 ただそれだけで
 素晴らしいなって思っています。

 ああ、ジャガー君(前々前回の日記にて)。
 最近出没しないと思っていたら、
 ふと見かけたあなたはモアイ像の方に
 移っていましたね。
 警察につかまったのかな?笑
 相変わらず、
 「ジャガー!!」と叫んでいる姿が印象的でした 笑

 


 その中でもね、この前、
 コンビニに入ったら有線が流れていて。ふと。
 聞いたことがある曲が流れてた。
 始めは耳を疑ったのですが、よくよく聞いていたらやっぱりどこかで聞いたことがある。
 それを考えてみたら、
 路上で聞いていた人の歌なんですよね。
 
 川嶋 あいちゃんっていったかな。高校生でこっちに上京してきて、今その活動をしているっていってた。
 
 普段、自分はね、話し掛けることはないんですよ。
 それはね、あまりバンド自体には興味を示さないし(よくやっているなーとは思うけれど 笑)
 それはそれで流しているのですが、
 その川嶋あいちゃんに関しては違った。

 とても、センスがある。
 歌にしても、歌詞にしても、
 一人でピアノで弾き語りをしていたのですが、
 路上に座っていて、感動して聞いていたりして 笑。
 
 で、たぶんこの子は有名になるなぁっと感じていたので、逆にその分、もしもつまずいた時に、
 歌う事が嫌になってしまった時に
 もしも言葉や何かが支えてくれるものがあるとしたらいいなと思い、
 ほんとに勝手ながらその時に色紙を書いて、もっていって差し上げたのですわ(相変わらずでしょ?^^;)。
 

言葉はなんて書いたのかよく憶えていないのですが、でも、
 「人の為だけではなく、自分が自分のために歌える事も大切にシテね」というような言葉でした(たぶん)。

 それを受け取ってくれたあいちゃんが、
しばらくして自分のところにきて、
その自作のCDを持ってきてくれて「お礼です!」ってくれたんですね。

 そんなつもりであげたんじゃないよ〜。気持ちだよ〜って言ったら、あいちゃんも「じゃ、私からも気持ちです」と 笑。
 そうそう、それから家に帰って引っ張り出して聞いてみたのですが、やっぱりあの歌。

 それが普通にメジャーな人たちと同じように流れている。路上で聞いていたあいちゃんの歌が。

 僕は店内であるにもかかわらず、「をおお!!」って叫んでました 笑。
 店員さんにも聞いて、「これって有線ですか??」と確認。やっぱりそう。店員さんもあまりの勢いで、「だ、大丈夫ですか?」と聞かれたぐらい。笑
 


 いや、うれしかった〜。
 自分のことのように。
 そして、そうできる人がいてくれて、自分にも勇気を
 もらったし、まだこれからにしても
 なによりも「おめでとう」を伝えたかった。
 

 素直にそう思えた自分がいたのも、やっぱりそういう気持ちをもって歩いている自分がいるからこそなんだなって思うんだ。


 皆さんも、一人一人色々な思いを持って今を生きている事でしょう。たくさんの経験もあるし、考え方もあるし。
 
 でも、それはそれでいいです。
 
 でも、もしも願わくば。
 
 自分なりの夢や気持ちを大切にして
 今を歩いていってほしいなと思います。
 
 そこに大きいとか、小さいとか。
 そんなことはなく、
 自分が自分なりに幸せと思えることや
 なりたいと思えることをもてること。
 それを描ける事が何よりも素敵な事だから。

 そんな気持ちで何かを成し遂げてくれたら
 「ハタサーン!やったよ〜!」って
 もしも伝えてくれたら、
 僕にはそれが一番のご褒美♪
 
 恋愛でも
 夢でも
 何でもね。
 そこに自分があれる
 ということが
 大切だと思うから^^。
 
 
 もちろん、
 つまずいて泣きそうになった時も
 ちゃーんとそばにいますよ^^

 
 それも僕の一番のご褒美です 笑

 
 一人一人、
 
 心に自分なりの”夢”をもって歩いてください。
 
 そして、その幸せを叶えられる人であってください。

 幸せになって下さい。

 
 
 僕もそういうからには、ちゃんと一つ一つを
 創ってゆける、築いてゆける。
 
 そうあれる人であります^^

 これで何もしなかったらなんの意味もないものねぇ 笑

 なはは〜☆^^;

 
 さて、またこれからも歩いていくぞ〜☆
 
 
 

  今度はなんか「ジェネレーションジャングル」って番組、知ってる?あの、堂本光一君が司会をやっているという。
僕はぜんぜん知らないのですが(見たことも無い 笑)何かについて話し合う番組なのですが。

 そこで「戦争」についてスペシャルをやるそうです。
で、癒し人さん出てくださいといわれ、この前デモにいってきました。
 もちろん、戦争絶対反対派で 笑
 
 
 僕も”癒し人”の活動の一貫としてやれたらいいのかなと思っていったのですが、でも、もともとそんなこと話し合ったって答えがあうはずも無い 笑。(話し合うということが大切だとは思うのですが。)

 ちょっと熱い男なので胃がいたくなったのですが(張り切りすぎて^^;)、まぁ。そんなこんなで今度、
また本番を撮る予定です。
気が向いたら出ていると思いますので(こんなんです 笑)もしも放映されることになったら告知しますので見てあげてくださいね。たぶん、やるとしたらかなり「熱い」とは、思います。笑



さ〜て。

今回はこれぐらいで。
 
ずっと書いてなかったので、なが〜く書くこのごろ。
長すぎて見たくなくなるという方もいらっしゃると思いますので(じゃ、そんなに書くなって 笑)、あまり無理をせず、よかったら見てあげてくださいね^^;

 ということで。
 また今度。
 花粉に負けないハタサン。
 
 どうか今日も平和でありますように☆


 ハッツション!!
 グスグス 笑

 
 ではまたね〜。
(2003.02.23)
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