2003年06月の日記

あじさいがまた咲く頃には。
いや〜〜〜☆


もう気付くと6月も終わって
雨もこれでもかというぐらい降りまくり
あじさいも咲きまくり、
気温も上昇しまくり
日記も遅れまくり.......。


いや〜〜〜〜あぁ。
実に”まくり”が多い時期だなぁと
思うのは僕だけでしょうか。

....ほんとにこれ
日記じゃないね。
月記だね。笑

楽しみにしてくれている皆さん、
本当にごめんなさい。
bbsにまでつっこみをいれてくれて
(覚えていたか〜〜) 笑

むむ〜〜〜。

といっても、
日記を三分毎日日記にするよりも
まとめて書いた方が
内容が濃くなるような、
お話になるような感じがするからなぁ。

そこら辺は勘弁してくださいね^^;



でも、早いね。
もう街には七夕の竹が飾ってあったりして
季節の移り変わりを感じます。

皆は七夕に
何かお願い事したかな?



毎年そうなんだけれど、
何でこう季節は早いと
感じるんだろうか。

去年のことが
つい昨日のように感じられるこの今に
ちょっと不思議な気持ちもします。

でも、最近思うのですが、
すごく昔のことって
結構忘れていること
多いよね。

例えばさ、
幼稚園の頃や
もっと幼い子供の頃のこと。

自分がどんなことをして
どんな子で、
どんな思い出をもっていたのか。

そういうことは
無意識に今の自分を形成してくれている
ものなんだろうけれど、
それを思い出せないのは
なんでだろう。

よくいるじゃない。
子供の頃の記憶が
ちゃんと在る人。

すごいなって思うね。
自分は覚えてないことの方が多くって、
昔の写真をみて
「あぁ、こんなこともあったんだな」って
初めてわかる、

そんなような。


今はほんの昔のこと。
よくても
そうだなぁ。
自分の場合、
ここ17,8年が限度なのかな。
その頃の自分を
振り返ることができるのも
また、これが
20年とか経ったあとに
考えてみると
思い出せないことの方が
多くなるのかな、
と思うと少し寂しい気持ちにもなる。

....アルツハイマーとかじゃないよ 笑

ただ、
あんなに楽しかったことも
あんなにもつらかったことも
いつかは”想い出”に
なってしまって
いつかは記憶の片隅に
見えなくなってしまうと思うと、
切ない感じがするんだよね。

無意識に自分の記憶や
心の片隅に隠してしまうこと。
人間はそれを実際は覚えていても
それを思い出せないことの
方が多い。

それはもしかしたら
人間が今を生きてゆくうえでの必要になる
”本能”に近いものなのかもしれないけどね。




最近、
精神的な疾患を煩っている人とお会いして
悩みを聞く機会が数多くなりました。
もちろん、これは路上にて
悩みを聞いている立場で、
ですが。


今の世の中、
精神を煩っている人が
本当に非常に多い、
というのが自分が
路上に出るようになって
人々の悩みを聞くようになってから
気付いた一番の事実かもしれません。



煩っている人は
それを2、3合併してしまっている人が
多いようです。
”うつ”症状の人は
路上でも本当に多く、
特に若い女性の人。

もしかしたら
自分でも気付いていない人も
いるかもしれません。


あまり自覚したことがない人は
いるのかもしれませんが、
でも、逆に
そのような人達は本当に
幸せ者なんだなと
今の自分では
感じさえもしてしまいます。

そのくらい、
本当に精神的に
苦しんでいる人が
あまりにも多いものだからです。


大抵ですね、
これだけ多くの人にお会いしていると
そういう状態に陥っている人を見ると、
その話を聞く前に気付いてしまうことが
多くなってしまいます。


だからといって、
自分が何か問題を”根本的”に
解決してあげることは
僕は専門医でもないですし、
できるものではないのですが、
ただ。

少なからず、
その時その時、
話を聞いてあげられることや
その人にとって
ちょっとした
プラスの感情を伝えること
与えてあげることは
できるとは思っています。


皆さんにとって、
さして病院に通ったりとか
している人でない人でも
精神的に不安定になることというのは、
誰にでも経験もあるし、
時には陥ることだと思います。

ただ。
そのバランスをとることに
全くできなくなってしまうことまでは
経験したことが
ないと思います。

もしもそういう時に陥ってしまったときは
早めに精神科の方にいって
相談を聞いてもらった方が
本当はいいのです。

精神というものは誰もが
もっているものだからこそ、
バランスが崩れてしまうことは決して
変なことではないものだから。

でも、
それができなかったり、
そうでないのならば、
そういう時は
最低限、
決して無理をしないこと
頑張ろうとしないことと、
それが一杯になりそうなときに
本当の自分の弱さも
心から打ち明けられる人に
ちゃんと話を聞いてもらうことは
大切だと思います。


人は少なからず、
自分で問題を解決しようとする
力を持っている。

でも、
自分に閉じこもったまま
何かを解決してゆくことには
限りがあります。


誰もが悩みを”誰か”に
聞いてもらうことだけでも、
自分なりに
心がすっきりすることが
経験としてあると思いますが、
それは
話す、ということそのものが
自分の心を
整理するために
必要なことを
何よりも意味しているからだと
僕は思っています。


そして、大切なのは
今置かれている、
自分の”環境”を
ちゃんと理解することだと
僕は思います。

自分の最も身近にいる人。
旦那様や奥様。
彼氏さんや、彼女さん。
ご両親や、
親友という人達。
心から大切と呼べる人達。

そういう人達は、
少なからず、一番近くにいて
その影響が強い分、
良くも
悪くも
今の自分の状態を
左右することが
多いものだと思います。


だからこそ、
まず、
そういう今の状況を理解し、
もしもなにかしらの
問題があるのなら
ちゃんと自分を
分かってくれる人、
または分かってくれようとする人、
ちゃんと話だけでも聞いてくれる人を
もつことはとても
大切な事です。

本当は身近な人が
そういうことをちゃんと
聞ける人であれることが
一番良いのですが。



皆にとって、
せっかくある人生。

なるべくだったら。


どうか皆が
今を心から笑って
自分なりの人生を
生きていけるように。

どうか、
歩いていけるように。

そういう人の
心の痛みや思いに
触れる度に、
自分はそんなことを
感じては、
想ってしまいます。



昔ですね、
自分も一度
うつの状態に掛かったことが
ありました。

まだ本当にひどい状態ではありませんでした。
ただ、
ほぼうつになりそうになる
その時の心の痛みは
今でも覚えています。

そのときは今までの人生で
出会ったことのない様々な大きな問題が
3つにも4つにも
一気に重なったときでした。

圧倒的な孤独や、不安。
それは目に見えない先への
生きてゆくことへの
恐怖そのものでした。

でも、
自分の場合、
そんな自分の心理状態を見て
話をとことん聞いてくれた
友達がいたので、
自分は自分を立て直すことができたと
今では思っています。

でも、
少なくともあのとき感じた心は
今の自分を創ってくれています。
そして、
色々な立場を判断する上で
一つ大きな自分になる為に
必要な経験になってくれていることは
紛れもない事実です。

痛みが大きい分、
それを感じているときは
本当に辛いものなのですが、
それを乗り越えたもの
乗り越えられるように努力し
変わっていったもの、
というのは
後で必ず。
その人なりの生きてゆく上での意味や
大きな価値を与えてくれるものです。

人生に無駄はない。
そう思えた
自分なりの
一つの出来事でした。

一年、また一年。
時が過ぎるほど、
色々なことが消えては起こり、
また無くなってゆきます。

ただ、
そんな人生の中でも
自分を大切にできたもの、
また、
色々なことに
感謝できる気持ちを
大切にできたことというものは
少なからず、
後へつながって行くものです。


今は笑えない時期の人も、
また明日には
笑えるような自分になれるように、

また一年後には
幸せといえるそんな
自分になってゆけるように。

今を
またこれからを
歩いていってほしいな。


そう心から。
思います。



あじさいが
今日も咲いているね。

このあじさいも
もうすぐ枯れてしまい
花びらも全てどこかに
飛んでいってしまうのでしょうが、

また
来年には咲いてくれるんだろうな。


そして、
また”咲く”、
ということは
できるんだよ、
と教えてくれているみたいで。


昔はあった笑顔も
今は枯れてしまっている人も、
またいつか
心から笑えるように。

そんな日がちゃんと
やってくるように。


ゆっくりと歩いていって
ください。


来年のあじさいが
また咲く頃には

そんなあなたが見れますように。





いつも日記を見てくれている皆さん、
どうもありがとう☆

今度はなるべく早くにかけるように
頑張りますf^^; 笑


それでは、
今回はこの辺で^^


いつもそばで応援して
くれている皆さん、

本当に、

いつもありがとう☆
(2003.06.30)
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