2003年10月の日記

もう一度、新しく風が吹く頃には。
はーーーい、みなさん、こんにちは☆さぁ、今月もやってきました!毎月の恒例、これを語れずには来月にはいけない!泣く子も黙る、秋の夜長にはもってこいのハタサンdairy〜〜☆ぱちぱちぱち〜〜☆どうーもどうも。いかがお過ごしですか??
 いや〜〜〜、今月はなんだかあっという間の月でした。引越しがあったり、やらなくてはいけないことがあったりと、気付くとまた月末。一体、10月はどこへいってしまったのでしょうね。はい。いや、あったじゃん。とまじめに突っ込んでくれている方。あなたは大変に素晴らしい。座布団10枚差し上げます☆どこかそこらへんのお座敷からかっぱらってきてください(そこらへんは他人任せ 笑)

 もう、10月も終わりとなると、外も本格的に寒くなってきて、冬の厳しさ到来の予感をひしひしとかもし出してくれています。最近路上に来てくれている人は分かると思うけれどね、また毎年恒例の赤いマフラーをもうしているんですよ。今日もね、路上で出会った人が、以前来てくれた人の友達だったらしく、「「はたさんって寒くなると赤いマフラーするんだよ。トレードマークなんだよ。」っていうことを聞いていたので、すぐ見つけられました。笑」といわれて、返り討ちにされていました。はいはい。確かに赤いマフラーはハタサンのトレードマークにしていますですよ。ちぇ。赤いマフラーのこと、ハタサンから語りたかったのに。といっても、赤いマフラーに何かの意味があるか、といわれると、何にもないんだけれどね。ただ、単にハタサンが路上においては、赤とか黒とか、原色系での格好が好きなだけで(わかりやすいじゃん 笑)。むしろ、ハタサンといわれるよりも赤いマフラーの人、といわれることを狙っていたりして(´▽`)。そうなるとある意味、今回の出来事は、ハタサンの思惑通り、といわれてみればその通りだけれども、なぜだか切ない 笑。というわけで、今年も帰ってきた赤マフラー。どうぞ皆さま、ご愛顧してあげてくださいまし☆
 
 それにしても、引越しって大変だね。いや〜〜、引越しするまで忘れてました。この大変さ。三年半ぶりに引越しをしたんだけれども、引越しの大変さはもう経験したくないね。だってね、言い換えれば、三年半分のごみ掃除ですよ。こりゃ。まーーー、出るは出るは。よくぞこんなもん、ここまでとっておいたというばかりの品々。言い換えれば、なんでこんなものをとっておいたのか不思議でならない品々 笑。あまりにも昔のものすぎて実はお宝物になったかもしれん。人間、人それぞれで変わるものかもしれないけれど、ハタサンは年を重ねるにつれて、いるもの、いらないものがとてもシンプルになってきた気がします。
 昔はね、ハタタケルという人間は、何でもかんでも、取って置いた人でした。とっておけばいつかは使うだろう、と思っていたり、なんとなく捨てられなかったり。あるいは、想い出がつまっているものだから、とか、想いがあるものだから、という理由で、人からもらったものは大事に保管していました。それこそ、もらった箱から、そのりぼんまで。でも、気付けば、それはダンボールの山に変わっていただけなんだよね。でも、そんな昔の想い出達を目の前に、ちょっと。懐かしいような、切ないような。胸をくすぐる、そんな想いに駆られました。
 
 ということで、せっかくなので、今回は引越しにちなんでのお話をしたいと思います。い、いや、お題に困っていたわけではないのよ。ただ、今夜のご飯何にしようかなぁというような感じで今回の日記を書き出した程度のことでありまして...笑(わかる?この気持ち。お母さん方々のお気持ちよく分かるようになりました(;”;)笑) まぁ、とりあえず見てあげてくださいな(´▽`)。


 「もしも新しい未来を創るのならば、人は過去を未来には持ち越せない。」
 そう何かの本に書いてあったような記憶があります。過去、というもの。それは、決して消せないもの。そして、それを変えることもまた、できないもの。良い過去であれ、悪い過去であれ。取り戻したい過去であれ、取り消してしまいたい、そんな過去であれ。人は皆、さまざまな過去をその胸に抱いて、今を生きています。そこにきっと、例外はない。皆が皆、その人なりの過去をもって、今を生きています。
 僕にとっての、過去。それは。ううーーん。なんていうんだろう。僕はあまり、過去のことを見たりしません。いや、見たりしないというものは、語弊があるかもしれない。僕にとっての過去、というものは、やっぱり過去のものでしかない。ということなんでしょうね。でも、そういう自分になったのは、なれたのは、ほんのごく最近のことのような気がします。

 昔の僕は、とても過去を大切にする人でした。それはいい意味でも、悪い意味でも。過去に依存していました。過去の想い出を大切にして、今を生きる。ということ。それは、過去重ねてきた思い出が、自分にとって、とても大切なものであったという意味でした。未来は変えることはできても、過去は変えることはできない。だからこそ、今を生き、過去へ変わっていった”思い出”達を大切にすること。それは僕の人生にとっては、なくてはならないものでした。それが自分にとっての、今、そのものでしたから。

そこに僕は全くの疑問を持ちませんでした。
 あるとき、その大切にしていたものが突然、壊れました。今まで、当たり前、だったものが、否定、に変わったとき。その大切で仕方のなかった過去の思い出、というものは、苦しくて仕方のない、心の”傷”に変わりました。それを消すことも、失くすこともできない。それを見ないようにすることもできない。僕は、正直、どうしたらいいのかわからなくなりました。答えなんていうものはないし、それを見つけようとしても、見つけられない。焦れば焦るほど。もがけばもがくほど。そこから抜け出せなくなりました。
 その後、その状態から、落ち着いて、自分がやっと少しずつ自分をみれるようになったときのことです。丁度、その時、付き合い始めた人がいました。でも、その人とはしばらくして、別れることになりました。その時、その人に言われたこと。いうなれば、それは「あなたの中に、私はいない。」ということでした。
 僕は、その時、考えに考えました。何がいけなかったんだろう、と。そしてたどり辿りついた答え。それは、自分の中で納得させようとしていただけで、結局のところ、何も変わっていない自分がいたということでした。どうしたらいいんだろう。そう思ったとき。僕はふと想いました。自分の気持ちに正直になろうって。

 そこで、自分は自分の今の気持ちに正直になる、ある行動にでました。つまり、自分の気持ちが本物なのか、それを昔の付き合っていた人に、もう一度確かめたのです。
 結局、そこで自分が感じたもの。それは、自分なりの失ってきたものへの、納得でした。人の心を傷つけてしまって、なんども自分と向き合って、そこで、初めて。僕は人生でいう、本当の自分なりの”前進”という言葉を知ったのかもしれません。


 このお話。かれこれ、もう2年も3年も前の、若かりし(? 笑)頃の昔話です。ふと、引越しをしたときに、そんな頃の捨てたと思っていた思い出の品々が出てきたことで昔を思い出しました。当然。それらの品々は全部容赦なくゴミ箱に投げ入れたことはいうまでもありません 笑。次には持ち越すまい、ということでおそらく部屋の半分以上は見事にごみとなりました(´▽`;)うう〜〜ん、妙にすっきり☆


 人は。身の回りを整理することは、自分の心の整理をすることになる。と、僕はそう思います。ただ、それができる今のあなたであれば、の話ですが。それは、そうなれるまでには、少なからず。どんな人も自分の心の状態を客観的に見つめなおせる心の中の余裕がなくてはできないことだからです。

 心が、抜け出せない何かを引きずったまま、新しい何かをつかむことができるのでしょうか。新しい誰かを、心の中に迎え入れ、誰かを心から好きといえるようになれるのでしょうか。僕は絶対にできないことだと思います。それは、例えば。両手一杯で何かを掴んだまま、ほかの何かを掴むことができるのか、というようなものです。その状態でたとえ何かをつかめたとしても、そのつかんだものは、とても小さいもの。そして、きっとそれ以上のものをつかんだとしても、それをもって歩くことはできないでしょう。それは僕は、心の中の問題と良く似ていると思うんです。
 もしも、新しい何かを受け入れたいのなら。新しい自分になりたいのなら。昔の自分から抜け出して、新しい何かを掴みたいと思うのなら。まず、その掴んでいるものをまず、放せる状態にあなたがならなくてはいけません。それは、あなたの意思で大切だった想いの詰まった物々を実際にゴミ箱にいれるようにならなくてはいけない、ということ。つまり、そこにあなたなりのその想い達と向き合った上での”納得”があるか、どうかなんだと思うんです。もしも、そこに心からの納得がなければ、きっと、捨てられないことでしょう。たとえ、捨てたとして、それらをゴミ箱にいれたとしても、また取り出してしまうことでしょうし、きっとそのままでは後悔で一杯になることでしょう。

だからこそ、思うのです。その人の部屋や、身の回りのもの、というものは、その人の心の在り方を反映している、ということ。そこには、口で言うだけのことでなく、行動に出せる、というあなたの「心」が実際に伴っているものですから。

 もしも、あなたが、恋愛であれ、人生であれ。今までとは違う、新しい前を向いて歩いていきたい、と思うのなら。決して焦ってはいけないと思います。今、自分が受け止めている気持ちと納得するまで、真正面から向き合うことです。そこには、きっと、たくさんの孤独が付きまとうでしょう。そして、たくさんの痛みや、自分との葛藤があると思います。でも、そういったことを一つ一つ、乗り越えられるようになったあなただからこそ。わかる世界や、また新しい自分を持つことができるんだと想います。そこに必要なのは、理性上での理解ではなく、心の中の感情の中での理解。温めたお湯がまたもとの水に自然に戻ってゆく為には、時間が必要なように、時間でしか解決できないことも、また人生にはたくさんあるものです。それが心の伴う問題です。今までとは違う、何かを受け止める、ということ、受け入れる、ということは、どんなこともやはり、心の中での時間が必要になってくるようです。でも、その費やした時間は、無駄になることはないものです。そうできることはね、前のあなたには足らなかった心を。分からなかった思いを今度は持った上で、また新しい水を汲むことができるようになるあなたになってゆけるのですから。それは、そこにあなたが感じた痛みがあったからこそ、教えてくれた人生の糧だと思うんです。

 新しく持ち越せるものは、人生においては限られているもの。もしも、この世界から、いなくなるとき。そこで持ってゆけるのは、自分の大切にしたい、という想いだけ。

 だからこそ、今これからの自分にとっては、これだけは大切にしたい、といえる、必要最低限の物を持ってゆける、そんなシンプルであれる生き方ができることは、実は人間が今という時をいつも笑って生きられるようになるためには、何よりも大切なことなのかもしれません。 だって、人が生きているのは、過去ではなく、”今”なんですから。過去を大切にすることが前の自分の中ではとても大切なことでしたが、そうでなくなったのは、きっと。過去を大切にするからこそ、今が輝くのではなく、今を大切にしてこそ、過去は輝く、ということがわかったから。今ではそう思えるんです。


 人間、その人にしかない過去、というものを誰もが皆、もっているものです。口に出せないような、そんな思いに駆られるようなこと、一つは持っていることでしょう。でも、その過去を否定したり、失くしたりしようとすることほど、無意味なことはないものです。だって、それも含めた上での、あなた、という存在なんだから。そうではなく、大切なのは。その一つ一つに「ありがとう」といえる自分になれるまで、色々な想いを昇華してあげること。そして、それと十分向き合えるようなあなたになれたとき、きっと過去は見ないようになります。それは、意識して見ないようにするのではなく、あくまで、「過去は過去でしかない。」といえるような、あなたの心の在り方になってゆけるのだと、僕は思うんです。それがいい意味なのか、悪い意味なのか。それを決めるのは、自分自身の捕らえ方だと思いますが、今回の引越しで、僕は再度、昔の自分と今の自分の違いを確認させられました。きっと、根本的には”ハタタケル”という存在は変わっていないでしょう。でも、そこにもしも自分のことをあげるのであれば、僕はそこに、「変わってしまった」という言葉を用いるのではなく、自分なりの「成長」という言葉を取りたい、と思うんです。


 今、この日記を見てくれている方の中にも、受け止めている想いがたくさんある人、きっとおられるでしょう。きっとそこには、その人なりの様々な千差万別の違った想いがあることと思います。でも、そういうときだからこそ。焦って答えを求めようとしないで、今、この中で学べることを、たくさん考えてみてください。そして、時間に身をゆだねてみてください。いつか、振り返ったときに、それがあったからこそ在れる自分がいると、笑える。そんなあなたになれますように。そういえる日は、ちゃんとくると思いますから。
 人生って、難しいですね。本当に。でも、結構、単純なものだと、思いますよ。実際はね。(どっちやねん 笑)それを複雑にしてしまっているのも、また。自分だったりするものですから。





 はてさて、今回はこのようなところで。ここまでお楽しみいただけたでしょうか。なにかまた色々なことを感じてくれたら、うれしいですな〜〜(´▽`)今回はちょっと、ほろ苦く切ない、ハタサンの思い出とともにお送りいたしてみました☆皆さん、いつもどうもありがとうございます☆
 はたまたとですね、僕の最近のことをいうなれば、また来月から忙しくなりそうな予感です。まだインフォに載せていないですが、ハタサンのお店ができたり(え?)、ハタサンのトークショーがありましたり(え??)、来月からまた新しく色々とあったりします。マネマネからは、「え?まじ?笑」とお褒めの突っ込みを頂きました 笑。というわけで、みなさん。しばらくまたインフォをチェックしてみてくださいね^^ みなさんに喜んでもらえますように、これからも頑張りますね〜〜(´▽`)


 




世界は。

いつも気付かないところで時を刻んでいて。
いつも気付かないところで、古いものが新しいものにかわっていて。
この今でさえ、また新しい今にとってかわっている。

星の光でさえ、太陽の光でさえ、この空や、今を吹くこの風でさえ。
 
僕達は何度、この命の巡り代わりを感じて生きることができるんだろう。
何度、この限られた時の中で巡りあわせを受ければ辿りつけるのだろう。
自分の求める想いに。

その答えはいつも、時の彼方がしっているだけ。

その流れも、その巡り合わせも。
いつかは運んでくれるものだと信じたい。

願わくば、また一度。
新しい風が吹く頃には、
また一つ新しい自分になっていたい。
新しい未来を築くために。
新しい世界を創るために。
新しい誰かをまた、迎えるために。

そういえる自分になってゆくこと。
そうなってゆける自分で在れること。
それが、今、という与えてくれた時を歩く上での何よりもの。

大切な感謝の言葉に代わると思うから。
(2003.10.31)
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