2004年02月の日記

「時の終わりは新しき旅立ちと共に」
時の終わりには、いつも新しい始まりと共に起こる出来事がある。

旧幕府が終わりをつげ、天皇制が築かれた新しい時代が訪れた時のように。
ベルリンの壁が崩壊し、長き分別に終止符が打たれた時のように。

始まりの前には、必ず終わりがあり、
終わりの次には、必ず始まりがある。


それは、人が今を生きてきた証にもなるものであり、
また、
それが、人が今を生きている証にもなるものであると
僕は思います。


どんなことにも一つ一つのストーリーがあり、
その中で人間が、一つ一つに成長を重ねてゆけること。

それが
歴史という中でいかに、
輝きを織り成すものなのか。


どんなことも
「終わり」はない。

それが
「始まり」となる。


それは、長き終わりなき階段にも例えられるものかもしれません。


皆さん、こんにちは。

癒し人ハタタケルです。

最近はめっきり、春らしくなってきてしまって
冬の寒さが少しずつ減ってきているような
そんな心地よい感じもします。

うぅーーん、ほんわか(*´▽`*)


今年はねぇ、
花粉症の人には分かるかもしれないけれど、
花粉がどうも少ないらしく、
例年に比べてなんだか
症状が少ない感じも。

でも、やっぱり、ちょっとむずむず。

ああーー、花粉症は治らないものなんだねぇ(-_-;)

今年はちょっと期待していたのに。
がっくし。(>_<)


花粉症ではないあなた。
あなたはとても幸せ者なりよ〜〜☆ 笑


最近ですねぇ、
路上に出ていることが多いんですよ。
といっても、
前と比べたら格段に少ないかもしれないけれど。
でもね、

出ているんですよ。
はい。

しかし、
路上に来てくれている皆さんからは、
「ハタサン、いませんねぇ」
の声が多発。

うううーーーん。
原因は一つ。

警察が厳しい。(;”;) 
ホントに。 泣


もう、ほとんど出せない状態が続いていて、
出したとしても
すぐ片付けなくちゃいけなくなる。

僕が今まで路上に出てきた中で、
一番、最近は厳しい感じがします。

しかも、
その徹底ぶりがすごい。

なして、そこまで追い詰めることが必要なのか。
確かに法律的なうんぬんかんぬんなことを言ってしまったら
色々と問題もあるのかもしれない。

でも、

その全てが罪だと言ってしまったら、
そこにある、
本当に大切なことや、
人間として皆がもっている心、
また、人と人が触れ合ってゆける垣根の部分を
大切にしたいという人のあり方を良しとした人間らしさを

何でもかんでも刈り取ってしまって、
凝り固めてしまう

そんな非人間らしさの国の象徴になっていってしまうような

なんだかとても、
やるせない想いが沢山募ってしまいます。


大切なのは、
バランスの問題。

一つの法律があったとしても、
その中で
何がいけないことで、
何がよいことなのか、

そういうことを見極める目が
今の日本には必要なんだと僕は思うのです。


フランスや、ヨーロッパでは、
路上で自分を表現することに
大らかで、むしろ国がそれを認めているような
そんな心ある風習すらあるのに。

なぜ、日本はそういうことへの在り方を大切にしようとできないのか。

たびたび僕は、
そういう局面に直面するたびに
むなしさと、悲しさを
抱かずに入られません。

それは、
日本人の心の豊かさを失くしていってしまうことでもあるものだから、
逆をいえば、
こういう部分を見ないようにしていく限り、
もっとこれからの日本は、
犯罪も、心のゆとりのなくなってしまう人間も
多くなっていってしまうように思えてならないのです。

これは決して大げさなんじゃなく。

これだけ文明が発達して、
情報社会の中で生きていくことが多くなっていくことは、
人と人の垣根がもっともっとなくなり、
間接的な状態が多くなるということ。

それは、
とても危険なことです。

昔、
人と人が、
手と手を通して、
物と物を交換していた時代は、
もっと、
心ある人や、
心ある出来事が多かったはず。

それは、
人がそこにいて、
その心の部分に触れられることが
その人の心を
少なからず豊かにしていたから。
でも、

そこに人の表情が見えなくなると、
ただ単に、
表面上だけのやり取りが多くなると、
これほど、

人の心が荒廃してしまうことはないのではないのだろうか
って。

そう思うのです。


確かに、
そうやっていることを
良しとする人もいれば、
迷惑だと思う人もいるのでしょう。

でも、もっと、取り締まるべき犯罪や、
人を傷つける物事が起こっていることは
この世界に沢山あるはずなのに、

むしろそちらの方がないがしろにされてしまっているのではないか、

こんなにも徹底されてしまうことが多くなると、
僕は逆にそう思ってしまうことが多くなってしまいます。


もちろん。
警察の方々も仕事でやられていることなのでしょうけれど..。

でも、
その辺りは、
人情の世界。

全てを刈り取ってしまうような
そんな追い討ちをかける必要がどこにあるのか。

そんなにいけないことをしているのか。
人間として罰せられるべき外れたことをしているのか。

僕にはわからないのです。

だって、
警察の方だって、
同じ人間だし、

それは、
人間皆、
そういう、人としての温かい心があることで、
救われたり、支えられたり、
そんなことはたくさんあるはずだからです。

それは警察の方だって然りなはず。


だからこそ、
僕は大切にしてほしいって思うんです。

せめて、
人間として生きていきましょうよって。

心をもって歩いている、
人間として。


なんだかとてもそんな日本という国の在り方に
悲しくなってしまうことが多くて、

ついそういうことを伝えたくなってしまいたくなる
自分がいたりします。


難しいものですねぇ。
ほんとに。(-_-)


はふ。


....あああ!!
ぐちがついっ!! 笑

でも、
大切なことだと思うんだよね。

僕は。

人がここに生きている限り。


この2年とちょっとという路上で。

僕は、
沢山のことを感じてきました。

たくさんのことを見て、
学び、
そして、
教えてもらって来ました。


その中で、
様々な経験させてもらうことが
ありました。

このように
苦しいこと、辛いこと、悲しいこと。

また、
心から、
感謝すること、幸せなこと、嬉しいこと。


その全ては決して一言では
伝えられないものでした。


今、僕はこんなことをいっちゃっているのですが、(´▽`;) 笑
それは、
色々なことを通してわかったからこそ
いえることでもあり、
昔の自分ではなく、
今の自分だからこそ、
伝えられることでもあるものだと思うのです。

その全てがやっぱり僕には大切な生きている
宝物でしたから。


この二年間の中で、

一つ。

僕ははっきりとした目的としてもって
歩いてきたことがありました。


皆さんには
伝えていたようで
伝えていなかったこと。

伝えていなかったようで、
でも、
伝えていたこと。


それは
僕の心の中では
確立していたことでした。


去年一年間。


実は、

僕はこの路上を
卒業することを目的に

歩いていました。


それはもう一つ上に
自分が行くことが
これから自分が確立してゆこうとする考えの上で
とても必要なことだったからです。


僕がいつも
皆に言っていること。
皆に伝えていること。

それは、

自分の夢を大切にしてほしい。
自分の想いを大切にしてほしい。
自分の笑顔を大切にしてほしい。
自分の存在を大切にしてほしい。

そのものでした。

それは、
僕の作品の中に

盛り込まれている想い。
伝えている想い。


そのものです。


でも、もしも。

それを書いてる僕が、
それを実行できる人間でなかったら。
率先して
それを形にできる人間ではなかったら。


僕はただの
口だけの人間に成り下がってしまいます。

そして
お金を出して作品を買っていってくれた人、
自分を支え、慕って、関わってくれた人、

その人達に、
自分の書いている作品に
うそをいうことになってしまいます。


僕は、
そういう人間だけには
絶対に
絶対に。

なりたくありませんでした。


それは
今、ここに

「癒し人」と名乗っている僕がいる限り。

僕が僕である限り。

どうしても外せない事。


そうでなければ、
それは
自分のやっていること、
そんな自分が存在していることを
自分で否定すること、

そのものになってしまうから。


そして、

僕が
やっていくことは
今も、
自分が癒し人と名乗ったときからもずっと、

変わらない事です。


「あなたの笑顔をみたいから」


格好をつけているわけでもなく、

僕は本当に
これだけなんです。

それが
僕の笑顔に変わっている事実ですから。


では、

そういう中で、

もっと、
たくさんの人が元気になってもらえるには。
もっと、
たくさんの人の笑顔をみれるようになるためには。

どうしたらいいか。


それは、
一つだけなんです。


答えはシンプルでした。


一歩一歩。

僕がもっと、
大きくなること。


それだけなんですよね。


そして、今回。

丁度、
その準備が出来つつありました。




今日、一応、ここで、
皆さんには
お別れを言いに来ました。

それは、
「路上」、癒し人としての
お別れです。

僕は
これから先、
路上での活動を控えてゆくことになります。



今、
僕がしていること。

それは、

今後、
僕が現在、
所属している会社と、
所属している事務所の中での
やり取りの中で

これからの活動が作られていることです。


これから僕は
もっと限りない沢山の意味で
活動を広げてゆくことになります。

それは僕にとって
路上の延長上にあるものといって
よいものだと思っています。

つまり、
その形は変わっていっても、
その僕が抱いている、
今までやってきた本質は変わらない、

ということです。


来月。

3月にて、
僕のお店が代官山に出来ることになりました。
くわしくはまた
hpにて載せますが。

ここでは、
路上で書いているのと同じように
皆さんが来ても、
僕が来てくれた皆さんの為に書けるようなスペースをもっていくことと思いますし、
また、
僕のデザインした様々な商品も色々と今後、
ゆっくりではありますが、
全国的にできていくことになります。

もちろん、それは
少しずつですが、
このお店にも商品が置かれてゆくことと思います。

お店はそれほど大きくないのですが、
それでも来てくれた人が
喜んでもらえるような
和んでゆけるような
空間と
ハタタケル色を出していきます。

いつも僕はここにいるわけではないのですが、
いるときは、
わかるように店内に
スケジュールをおいておくつもりです。



また4月5日には、
僕の初の本が
全国のファミリーマートにて出ます。

これは、ファミリーマートの年賀状とは
全く別のところから来たお話だったのですが、
今回、作った本はすぐ店頭に入った時点で
目に見える形としてわかるように並んでゆくものになります。

この本は
ファミリーマート専用としての
完全な僕のオリジナルの書き下ろしであり、
中身をみてもらえれば分かるのですが、
出会ってくれた皆さんへの僕からの

お礼の本でもあります。(笑)


そして、
また今後、
色々な意味で、
活動の幅を広げてゆくことになります。


こういうお話を先日のトークショーでも
したのですが、
(来てくれた皆さん、本当にどうもありがとう!^^)
皆さんには、

うれしいような、
寂しくなるような、

そんな気持ちを抱かせてしまったかもしれません。

でも、
僕は常日頃、
皆さんに言ってきたように、
これだけは大切にしたいと思っていることが
あります。

それは、
いつも、

「みんなと共にいること」

です。

決して、
ただ、遠い存在になってしまうことではなく、

みんなにとっていつも

「遠くても近い存在」で、

ありつづけることを僕は
大切にしたいのです。



それは、
いつも
皆さんと同じ目線であること。

皆と同じ所に立ち、

今までと同じように
みんなに、
たくさんの人に、

触れてゆける。

そんな自分であることです。


路上も卒業する、といいましたが、
路上を辞める、
ということとは違います。

絶対的にその数は
なくなってゆきますが、
その分、

代官山のお店にはいれるときには
いれるように、
みんなと関わってゆくつもりですし、
路上に関しても、
月に1回や2回は
どんなに忙しくなっても出てゆくつもりです。

それは
やっぱり、
路上でしかないと、
交わせない目線や心があるからです。

僕はそれを重々、
感じてきました。


心の大切さを。
全てに感謝する心を。
涙のあたたかさを。
笑顔のありがたさを。

ここに出会ってくれた
目の前に座ってくれた

あなたがいてくれた
出会ってくれた

そんなよろこびを。



僕は
今ここで見てくれている皆さんに、
今ここまで接してきてくれた皆さんに

心から。

教えてもらいました。



僕からの
そんな
かけがえのないみんなに対しての
お礼。

それは、

そんな
自分の姿と自分の心を守り、
皆にいつの日もそんな自分を
見せてゆけること。

歩き続けてゆくこと。
築き続けてゆくこと。


そのものだと
思っています。


たくさんの心を教えてくれ、
与えてくれ、
そして、

今の自分を支え、

創ってくれた。



そんなみんなに

僕は
言葉では表せないくらい
たくさんの感謝を
抱いています。

そんな姿を通してでしか、
皆さんにお礼を返すことは
できないし、

これからは
今までと同じように
なかなか路上で出会うことは
なくなっていってしまいますけれど、


どうかまたこれからも
今までと同じように、

たくさんの笑顔を見せてください。



そして、
こんな僕でよかったら
いつでも
会いに来てください。

またこれからも
ほんのちょっと。

皆の心の片隅に
僕を置いてもらえることができたのなら。

僕は
心より
嬉しく思います。



僕はそんな皆さんに出会えたこと。

心から、
心から。

誇りに思っていますから。(^^)



また丁度、
今年も春になり、
新しい季節が始まります。


新しい学校に入学する人もいるだろうし、
次の世界へと今いる場所を卒業してゆく人もいます。

それはいつの時代も
同じこと。

歴史がまた新しい歴史を築くように、
そこにいる人が人生という中で
また新しい世界を創ってゆく。

それは人が今を生きている上で
大切な成長という”証”です。


僕にとって、
この次の3月は卒業の月になります。

そして、
4月はまた新しいスタートになってゆきます。


今まで皆さん、
この自分を支え、
出会ってくれたこと。

本当にありがとう。


僕が今を生きる証が
あるとすれば、
それは、


そんな皆さんと出会えたことだと。

僕は胸を張っていうことができます。


それが本当に僕の心から言える唯一の自慢です。 笑



そんな皆に出会えて、
本当に
本当に

嬉しかった。


心から笑えるほど。

心から涙を流せるほど。



そんな皆に出会うことが出来た僕は
本当に幸せ者だと、



僕は思います。


また一歩、
僕は
歩いてゆきます。


「あなたの笑顔がみれるように。」

ずっと、
ずっと。

いつの日も。


皆さん、

今まで本当に

本当に

ありがとう。


そして、


またこれからも
どうぞ


よろしくお願いします。


出会ってくれた
皆さんに


心からの想いをこめて....。




人間はいつも旅立ってきた。



ある時は
新しい土地を求めて。

ある時は
新しい世界を求めて。



歴史はいつも語るのだ。

この世界が創られているのも、

この世界に人間が織成しているのも、

全て

そこに
旅立ちがあったからなのだと。



そして
歴史は知っているのだ。

終わりあるものは
終わりではない。

それは
終わりなき、
始まりなのだと。




僕はこれからも
歩いてゆく。

この命、
ここに在る限り。

例えこの命がいつか
果てるときが来たとしても、

僕は
笑ってこの世界を去れるだろう。

ここにある想いは

人の心に根付く
終わりなき想いであることを

僕は知っているから。


僕は歩き続ける。

いつの日も

あなたが笑ってくれるように。

僕は築き続ける。

いつの日も

あなたの笑顔にかわれるように。


その想いが僕を生かす。


それはまぎれもない、


この僕の人生という旅立ちの目的であるのだから。
(2004.02.29)
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