2004年09月の日記

人として生きる喜びはここに。



すっかりと最近は秋の香りが漂うこの季節。肌がほんのりと涼しげに感じますな。
皆さん、いかがお過ごしですか?
またまた恒例のながーい、月記のお時間がやってきましたよ。
時間がない方も、ゆっくり読みたい方も秋の夜長にじっくりとお読みくださいませ。

あれ?なんかおかしい感じがする?月末の最後の日じゃない?
はいはい、そのとおりでございます。
ハタサン、頑張りましたよー。
なんでかって?
それはね、月末は最後のファミリーマートのイベントの大阪にいかないといけないので、月記を書くのが今日しかなかったんですよ。とほほ。
というよりも、早く書けってどこからかお叱りの声が聞こえそうですが、まぁ、そのあたりは置いといて。
秋風を感じながら今日もまた、せっぱつまってこの月記を書いている次第でございます。

今月だけでね、全国8箇所を周ってきました。
岡山は8月末にいったので、仙台、石川、名古屋に岡山、福岡に鹿児島。
そして、5日間の東京会場の上に実家にもちょこっと顔を出したので、長野に、最後に大阪。
かなりハードでした-_- でも、また後に写真で皆さんにhpに公開しますが、とてもよい出会いに溢れていて素晴らしいイベントに参加させていただくことができました。
普段、僕のデザイン商品や本、雑貨を取り扱っていただいているファミリーマート関係者の方、オーナーさんや、そのご家族の方々。また、ご友人の方々のためのイベントだったのですが、その皆さんにこういう機会でないとやはり、お礼を申し上げることも、心を交わすこともできないものです。そこには、思ってた以上にたくさんの笑顔が溢れていました。
 
地方に行くとね、東京では感じられない「何か」を感じることがとても多くて、そのたびに驚きと発見の繰り返しでした。
まず何よりも、その地域の人の特徴が出ていること。
土地柄が、人を創っているのでしょうけれど、でも、確かに、東京とはまた違う人の温かさや、想いを感じました。

仙台はね、東京寄りの方が多くて、ちょっと東京に似通った感じがしました。石川は、皆さん優しくて、でもとても恥ずかしがりやの人が多い。笑 名古屋は東京とはまた違う都会人の感じが漂っているし、岡山は時が東京の半分ぐらいの遅さでゆっくりと流れていて都会と自然がうまく調和している感じ。福岡は、そうだなぁ。とても人情味が溢れていて、力強く生きている人の意志が確かにそこにはありました。また、鹿児島は、個性がとても皆さん強くて(ほんとに)。笑 でも、一人一人が自分をちゃんともっている強さが逆に新鮮な気持ちで一杯になりました。

そんな想いを各地で見せてもらうとね、東京に帰ってくると逆に普段気付かなかったことに気付かされて驚きます。
目に付くのはやっぱり人の多さ。ここに帰ってくると、なんで地方の人の時間がゆっくり流れているのか、また、東京の人はこんなにもせかせかしているのか。それがよくわかるような気がしました。
東京の人は、気持ちになんとなく余裕がない。それは、これだけ人が多いから、自分を守ることで精一杯で、なかなか他の人に目を向けることができなくなってしまっていることで。そう考えると、一人一人が持っている自分のペースで歩くことができなくなってしまっているのかもしれない。それは、本来その人が持っている自然な姿ではなく、無理をして生きている人が多い、ということでもあるんだろうな。

 面白い話を地方に行って聞いたんだけれどね、こんな話があったんです。
地元のお年寄りの方に、目をつぶって1分間経ってから手を上げてくださいというと、一分間を越して手をあげるそうなのですが、東京の人は、一分も経たずに手を上げてしまうそうです。それは、やっぱり、その土地で生きてきた時間の流れが違うことなんでしょうね。
そう思うと、東京で普段生きている僕もずいぶんと行き急いでいるのかもしれないと、考えさせられました。...それが慣れてくるとちょっと心地よいこともあるけれど 笑

そういうことを考えて、長野に先日1日だけ帰ったんですよ。友人の結婚式の2次会があったのと、あとは、石川に行く電車の中で、出会ったかわいらしいおじいちゃんおばあちゃん達をみてたら急におじいちゃんおばあちゃん達に会いたくなったのと(思ったら即行動)笑。 実家にも顔を出していなかったし、ちょうどいいかなぁと思ったので、無理を承知で強行スケジュール。人間やればなんとかなるものですな。

 長野はね、とても風が優しくて、帰る度に様々なことを思い出させてくれる。
たぶん、人が一番体に合っているのは、昔からずっと生きているその土地なんだろうな。それは、また今までとは違う気付きでした。

ねぇ、知ってる?地方ごとの風って、その土地の風の色があるんだよ。僕は、電車や飛行機から降りるたびにまず、景色を見るのではなく、その土地の風を感じてみることを大切にしていました。

降りたら、まず目を閉じてみる。肌や五感で風やそこを流れる匂いを感じてみる。

そうするとね、不思議なことにその土地柄の持っている色を感じることができるんですよ。もちろん、これは自分なりの感覚。こういう感じではないかなぁと言うことができたらそれでオッケー。

今回行った中で一番新鮮だったのは、岡山の風(一番初めだったからね。)一番驚いたのは、鹿児島の風(じめっとしていたけれど、心地悪い感じがなかった)一番優しかったのは石川の風。(長野に近い感じがする。)でも、改めて考えてみてみると、自分が一番合っているのはやっぱり長野の風だということに気がついた。うーーん。やっぱり、僕は長野県人であることを否定することはできないらしい 笑。 地方に行って、その違いを感じることができたからこそ、わかった想いでもあったんだろうなぁ。
でも、その気付きは、今まで生きてきた中で全くわからなかった思いでもありました。


人はその土地と密接に関わって生きていることを知ったとき、その風土や気質が人を育てる上で何よりも大切なんだということをこの肌身に直に教えてくれる。それを人は、自然の恵みというのだろう。
こうやって都会の喧騒にもまれていると、そういうことすら目を向けることや気付くことができなくて、でも、それはそれでむしろそうなって当たり前なものなんだろうな。それが都会という場所なんだろうから。

このイベントではね、会場に来て並んでくれた人に、普段と同じように悩みや言葉を聞いて言葉を書いてきたのですが、一番の地方との違いに気がついたのは、東京という場所では悩んでいる人の重さ、というものが、全く違うということでした。悩みの深さが違うといってしまえば、それは語弊があるかもしれませんが、なぜか東京は、地方では感じられない悩みを抱えている人が圧倒的に多かったのです。それは、僕が今まで路上で接してきた人の悩みと同じものでした。

ちょっとそれは、僕の中で予想通りといえばそうなのですが、そう思っていた分あまりにもその通り過ぎて、逆に少し驚きでした。
僕は、人間であることには、もうちょっと言うならば、日本人であるからには、抱える悩みというものは全国共通ではないのかと思っています。もちろん、その悩み方の違いの人口の密度は違ってくるものでもあるのですが。地方の方はどちらかというと、悩みよりも、感動や喜びで涙してくれる方が多かったのですが、東京の方は、悩みの中に涙を見せる方が多かった。それを知ったとき、この違いは先ほどから書いている心のゆとりの違いをこんなにも露わにしている「現実」でした。

物事は、いつも違った角度から見てみないと、その本質は見えないことが多いのですが、その視野の見方を広げたり、角度を変えて見れるためには、まず、自分が他をみなければ、つまり、普段うずまっている日常から脱して、様々な旅や経験を摘んで外から見れる客観性が経験としてないと、それが正しいことなのか、間違っていることなのか、見えなくなってしまっていることが多いということに、改めて気付かされました。どんなにコップの中から外を見ようとしても、そのコップがどんな形をしているのかはわからないように、外からしかそのコップの形は見ることができないようにね。

それに気付くためには、まず自分が外に行かなければ、今いるところがどういうところなのかを再確認ができない。
それは、想像の世界で物事を推し量るよりも遥かに、衝撃的で、かつ必要な発見に変わることも多々あるものなんだということがよくわかりました。

よくね、海外に行っている人の話を聞くとね、日本がいかに変な国なのかがよくわかるということを耳にします。
確かに、その分、日本のよさもわかることもできる、とも言う。

変なことに、でも、それは、僕たちがこうやって疑うことを疑わない、そんな今ここにある全てのことが常識と思ってしまっていることの中には実は。ものすごく変で、それがいつの間にか日本で生きている人たちにとっての「当たり前」に変わってしまっている、ということほど怖いことはないのかもしれません。
まぁ。世の中には知らないで生きていたほうが幸せなこともたくさんあるのだろうけれど 笑。 
そう考えると、ちょっぴり複雑な気持ちにもなります。


こんな中でこの一ヶ月ちょっとの期間を通して、僕は約400人前後の人に言葉を書いてきたのですが、その中で一番。僕の中で印象に残っている子がいました。

この子は、東京の会場であった子だったのですが、並んでくれているときからすごく印象が強かった。「もうちょっと待っていてくださいね。」と、並んで下さっている皆さんに声をかけると、その子は決まって、にこっと笑っていたのです。

そして、この子の番になって、どんなのを書いてほしいですかとたずねたところ、僕が書いた本を手にして、「こんな感じがいいです。」と出されたページがありました。

そのページは、亡くなった人への想いを綴ったページでした。

そして、なぜそれがいいかと聞いたところ、その子は「ずっと前に亡くなってしまったお母さんのことを含めて書いてほしい。」と言われました。同じように、笑顔で。

僕はその瞬間、直感的に気付きました。もしかしたら、周りの人や皆は気付かないかもしれない。でも、この子の笑顔の裏には、ものすごくたくさんの痛みを受け止めてきた想い、そして、それをみせないようにしてきた想いがものすごく隠れている、ということを察したとき、僕はこの子の笑顔を見れなくなりました。

その子はもう並んでいる最後のほうの人だったので、改めて普段抱いている悩みを少し時間をかけてさりげなくぽつりぽつりと聞いてみることにしました。

そうすると、やはり、人に言えないような思いがたくさんあるようでした。今、高校にいっているのですが、高校は楽しい?と聞くと、「全く楽しくない」と。また、これからに何かやりたいこととかあるの?と聞くと、「正直思いつくことがない」。 やはりこの子はこの辛辣な言葉とは裏腹に笑顔で全て僕に答えている。この子の痛みに気付いてあげている人は一体どのくらいいるのだろう。僕は正直とても心配になりました。

笑顔が素敵な人ほど、その笑顔の裏にはたくさんの思いを持っている人が多いのですが、笑顔の中にはざっくばらんに「大雑把」に言うと、僕はだいたい人は四つの笑顔があると思っています。

一つは、子供心のようにただ純粋に笑える笑顔。
また一つは、たくさんのことを経験して、だからこそ、心から生める今を笑える笑顔を持って笑っている人の笑顔。
もう一つは、その場を繕うためだけの見せ掛けの笑顔。
そして最後は、

辛い今を隠すための笑顔。

僕は、辛い今を笑える人ほど、とても強い人だと思っていますが、逆にその痛みがわかればわかる程。ものすごくいたたまれなくもなってしまいます。

現に、この子にこういうことを話せる友達はいる?ということを聞いてみると、「いつも笑っている人で通っているから、家に帰ったとき落ちていることが多い」と言葉を濁しました。でも、この子は笑顔を崩そうとはしませんでした。きっと、今までずっとそうやって頑張ってきたのでしょう。そして、一生懸命、周りに迷惑をかけないように、痛みを見せないように誰よりも努力してきたのでしょう。

それを思うと、すごく胸が痛くなってしまう分、矛盾しているのかもしれませんが、この子の存在自体を僕はとても誇りに思えました。こんなにも若いのに、こうやって歩いて今を生きているこの子を僕は誰よりも讃えたくなりました。

痛みを知っている人、というのは、きっと僕は、その人にしかわからない、痛みを抱えている人が多いと思います。でも、僕はその人にしかわからない痛みを抱えている人だからこそ、その分、誰かの痛みや誰かのちょっとした想いに気付いてあげられる人、わかってあげられる人にもなれるのではないかと、僕はそう思うのです。

この子の痛みは僕がこの時や、この綴った言葉でほんの少しだけでもいい、そのちょっとした明日へ向かうきっかけの言葉に変わってくれていればと思うのですが、でもそれはその人の痛みや想いを汲むことはできても、なくすことはできない。結局、そのぶつかっている想いは自分でしか乗り越えてゆけないものです。人間一人一人が一人一人の悩みを抱えているように、そして、その悩みは、最後は自分がなんとかしようとしなければ、なにも変わらない、ということに気付けたとき。
人は、きっとまた一つ大きくなってゆけるのではないかと、僕は思っています。
たくさんの強さと、痛みを抱えている誰かをわかってあげられる心を持ちながら。

生きることは大変なことです。これだけたくさんの人に会えば会うほど、その想いは確信的なものに近づきます。どんなにたくさんのことに触れても、最後に人間が至るのは、結局、生きる、ということへの現実との向かい合わせです。
でも、それと同時に同じくらい、生きるということがいかにたくさんの温かい想い、素敵な気持ちを与えてくれるのか。それを気付かせてくれたのも、また出会いであり、今ここにいてくれる人なんだという確信を抱きました。

今、悩みを抱えている人にとっては言葉にすることは簡単だと思うかもしれません。でも、その言葉を発する裏には、同じように痛みを抱えて来たからこそ、だせている言葉がある、ということにも気付けて見たとき、また、そういう思いの中には、そこで同じ様に頑張って生きている人がいるんだということに気付けたとき。
僕はまた、違った見方ができるのではないだろうかと、そう思ってもいます。

この笑顔の子は、言葉と心を交わした最後に。このようなコメントをノートに書いてくれました。

「これから先も生きている限り、辛いことも楽しいことも苦しいこともたくさんあると思いますが、頑張って生きていこうと思います。自分の命も人の命も大切にして。」

この子のコメントは、誰よりも命の痛みと大きさを知っている分、誰よりも大きく、そして普段ただ生きているだけじゃ気付くことはできない強い言葉と想いで溢れていました。
この子の中には確かに。僕はお母さんと一緒に生きている息吹を感じました。

どうか、この子が幸せなってくれますように。
いつか心から笑ってくれる日がきますように。

僕は切に願いました。




もうこの全国めぐりも終盤です。これから大阪に行って、終わるのですが、僕はこの中で思った以上にたくさんの気持ちと経験、そして、僕が今まで気付けなかった想いをいただけました。間違いなく、これからの自分の人生の中で僕を築く礎にもなりました。それを教えてくれたのは、その一つ一つの土地で出会った、景色であり、風土であり、そして、そこで力強く生きている人たちの想いでした。その全ては、このファミリーマートに関わっている人たち、ということに気付けたとき。僕は、今まで見えなかった何かで皆さんとつながれることができたのではないかと、そう思っています。

ふと思うときがあります。今までたくさんの人たちの心と共に綴ってきた6000枚以上の色紙達は、みなさんの中で、生活の中で、ちゃんと輝けているのだろうかって。少しでも、あの時一緒に交わした想いがその人を生かしてくれているのかなって。
僕は、全ての人の顔を覚えているわけではないのですが、でも、そこに確かに交わした心があることをちゃんと感じています。それは、その色紙一枚一枚が僕の心とその人の心をつなぐ、架け橋のようなものなんです。

どうか皆さんが幸せでありますように。
笑顔で今を歩いてくれていますように。
負けそうなとき、挫けそうなとき、どうか前を見て歩ける、そんなあなたでいてくれますように。

僕が綴ってきた言葉は、決してかっこいいものではないのですが、でも、何よりも、あなたが幸せでいてくれることを想っている心が何よりも、そこにはあれるものであってほしい。
自分で書いたことながら切にいつも願って書いています。
それが僕がみなさんと今を生きている何よりもの軌跡だから。


また関わってくれた皆さんに会える日があればいいな。






また来月から新しい始まりが訪れます。もう今年も実は後3ヶ月ほどしかない。ううーーん。早いねぇ。なしてこう一年一年は早いんでしょうね。でも、このたった「一年」の中には、語りきれないほどの思いを交わして皆が生きているということを知ったとき。なんだかわくわくもしません?笑
また来年に向かって、皆で頑張ってゆきましょうね^^


....にしても、全国の食べ物はおいしかったなぁ。仙台は牛タンでしょ。名古屋は手羽先、石川は生秋刀魚や甘エビ、魚介類、岡山は地酒に、福岡はちゃんこ鍋、鹿児島は黒豚ときたもんだ。もう一ついうなれば、長野に帰ったときは、妹のだんなさん、(僕の同級生ね)達が僕が帰ってくるということでマツタケをとって...。(注 山が多い長野です。笑)あぁ、思い出しただけでも顔がふやける〜。おいしいものに目がないハタサンです。でへへ(´▽`)。.....え?趣旨が違ってきてるって?い、いやいや、ちゃ、ちゃんと僕はお仕事で頑張ってきましたよ。はい。ちゃんと手が腱鞘炎になりかけても頑張ってきました!さぁ次は大阪だ!.......大阪では何を食べようかな。笑



今月末の9/28日からはですね(あ、今日じゃんっ!笑)、全国のファミリーマートで恒例の年賀状印刷が始まります。来年は酉年(トリドシ)ね。思えば、今年は鳥の話題が結構多かったよねぇ。ということで、皆さん、お目についたらファミリーマートに行って、年賀状印刷のパンフをもらってみてくださいな。昨年のお猿さんと同じように、今年のとりさんもかわいいかわいい僕の子供です。こっそり一人、書いていてやっぱり惚れました 笑。あ、あと。今年のハタサンはハタサンの顔写真付きですよ(髪を切る前 笑)。「このさわやかさがうそっぽい(笑)」と知人に突っ込まれたりもしましたが(なにー!)あ、確かに 笑。
というわけで、ニコニコの満面笑みのかなりさわやかハタサンです。なはは。


また、今月末ぐらいから来月はじめぐらいにかけて、ハタサン初の全国の来年度ようカレンダーが初の発売になります。いやー、ここだから言いますけれど、これは結構、何気に手間隙かけて苦労しました。本当に細かいところまで打ち合わせを重ねてできあがったものなので、かなり内容は四季折々のバラエティに富んだものになっています。色々と、ちょっとした笑いも所々に細工してあるので、みなさん楽しみにご覧になってみてくださいね。

ちなみに、カレンダーのタイトルは、本と同じ「ほら、幸せはいつもここにあるよ。」になっていますが、中の内容は完全にオリジナルで、本の中身とは違う内容になっています。僕の未公開作品をメインに全6種類オリジナルで描いていますので、見ごたえはあるはずです。
まぁ、カレンダーは、終わったあともお部屋に貼れるものになっているので、値段も含めて考えてみればかなりお得です。(ちなみに1200円です。)お早めに情報がほしい方は、どうぞヤフー検索などで、ハタタケルで調べてみてください。色々と出てきますよ 笑 また詳しいことは後日hpにて告知いたしますね。どうぞみなさん、楽しみにしててね^^


もう季節も冬を感じさせる風になってきましたねぇ。皆さん、これから寒くなるので、どうか風邪をひかないように。体調管理にはしっかりして、またいい年末を迎える準備をしてくださいね。僕も年度末にかけて頑張って行くぞーー!!


それでは、みなさん、今回はこのようなところで。
皆さん、本当にいつもありがとう。

そして、今回は、何よりも、全国で出会ってくれたファミリーマートの方々に、心からのお礼を申し上げます。
皆さん、本当に今回はどうもありがとう!
僕は皆さんに出会うことができたこと、心から誇りに想います。
またこれからも、たくさんの笑顔をファミリーマートを通して創っていってくださいね。
僕もまた、ファミリーの一員として、たくさんの笑顔に変わってくれますように。
頑張ってゆきます。
ファミリーマートはやっぱりファミリー(家族)でした 笑

皆さん、今回は本当に、どうもありがとう。
またお会いできる日を心から楽しみに
そして、心よりいつも応援しています。



それでは、皆さん、また来月にお会いしましょうね。


皆さん、本当に

いつもありがとう。





































改札を通る度、
ありがとうを繰り返してくれた駅員さんがいた。

席を譲って、降りるとき、
わざわざお礼を言いに来てくれた小さいお子さんずれのお母さんがいた。

ラッシュの中、ハリーポッターを片手に電車に乗ってきた
険しい顔をしていたサラリーマンのおじさんがいた。

席に座って、僕が忘れかけていた笑顔で皆と
楽しそうにしゃべっているおじいちゃん、おばあちゃん達がいた。




この世界にはたくさんの心が生きている。

僕の気付かない何処かで、
僕が気付けなかった所で。

たくさんの想いが世界を巡り、
そして

今を築いている。

人生を生きるたびに想うことは、
旅をするたびに想うことと同じこと。

生きることは、
きっと、

人々と共にあることを
実感する旅なのだろう。

優しさと温かさの風に吹かれて、
人はまた今日も心と共に旅をする。



忘却の彼方に流された記憶たちは
ふとした瞬間に
よみがえることが在る。

僕達は、無くしてしまったのではない。

たとえどんなに、悲観的になろうとも、
たとえどんなに、誰かを傷つけることがあったとしても。

僕達の心の中にはいつも
誰かを想う気持ちがちゃんと
息づいているのだ。

だれかのふとした心の温かさに触れたとき、
人は皆、人であることを想い出せる。

それは何よりものあなたが人である証拠なのだから。

今日も僕は人として
今を生きよう。

どんなに苦しいことがあったとしても、
とんなに悲しい別れに涙したとしても。

僕はやはり人として、
今を生きよう。

あなたが今ここにいる。
あなたが今ここで笑ってくれる。

そう、僕はいつも
最後には今ここで出会えたあなたと共に

人として共に生きる喜びを。
人として交し合える幸せを。

誰よりも心で感じ、
生きているということを

やっぱり心のどこかで。

知っているから。
(2004.09.28)
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