2004年11月の日記

「あなたはここに在るよ。いつだって。」



今年もあと一ヶ月。
やっと、秋らしくなってきた感じがしますねぇ。
皆さん、秋の季節を楽しんでますか?
こんにちは。
癒し人 ハタタケルです。


いやーーー、
やっぱり秋はいいですね。
食べ物はおいしいし、空は澄んでいるし。
流れる羊雲を見つめていると、
都会にいる喧騒をふと忘れたりして。

なんだか温かくなります。


この前、
東京に旅行に来ていた、
とある人が言っていたんですけれど、
「こっちの空は狭い」とつぶやいていたのが
妙に印象的で。


むむ。
確かに。

建物が多いし、その建物が
一つ一つ高い分、
空が圧迫して見えるようで。

でも、
こっちに来て早9年。
なんだかそういうことを言われなければ、
気付けなかったりすることも返って新鮮だったりする。
ハタサンも違和感を抱くことなく
すっかり東京色に染まってしまっていることを
言われて気付く変な感じがしてしまいました。
うーん。




さてさて。
今月はですね、

とある昔であった人のお話をしたいと思います。

ん?
なんでそう思ったかって?

まぁまぁ。
そんなに焦ることなく。

それは後で話すとして。



まぁ、とりあえず聞いてみてください。



...今回は(今回も、?笑)特別なので、
相当長いです。笑
皆さん、時間があるときに見てください。





この人とは、
ちょうど2年ほど前に、
僕が路上にいた時、
偶然、路上で出会った人でした。


男性の方なんですが、
たまたま地方からその日だけ東京に来たらしく、
そして、
あることでとても悩んでいて。

そして、そんな中、たまたま
ふらふらと歩いていたとき、
ちょうど僕と出会ったそうです。


この方の悩みはこんなに経った今でも
不思議なことに
はっきりと覚えているのですが、
それはずいぶんと複雑な内容でした。





その内容はこんなものです。



「今、とても好きな人がいるんです。
 でも、
 今は会えなくて、
 会いたくても会うことができなくて、
 でも、
 その人とは結婚しようと思っているんです。」



???


なんだかわけありなことはわかるけれど、
一体何を言っているのかわからない。笑


でも、
詳しく聞いてみると、
どうも納得の内容でした。


つまり、
こういうこと。


好きになってしまった人が
旦那さんもちで、
なおかつ、
それが旦那さんにばれてしまったということ。

そして、
でも、
二人は両想いであるということ。

それを知ったその旦那さんは、
二人にある条件を出したそうです。

その旦那さんが言ったこと。
それは

「お前達の言うことは、わかった。
 じゃあ、一年。
 一年経っても、それでもお互いがまだ好きというのなら、
 その時は何も言わない。
 でも、
 それまでは、一切連絡は取るな。
 電話もダメだし、
 会ってもいけない。
 それでも、一年後お互いが好きなんだったら
 お互いの好きにすればいい。」


ということでした。

ちょうど、そのときは確か。
それを言われてから連絡をとらなくなって
半年ぐらい経ったときなんでしょう。

その人はずいぶんと
思い立っていたように見えました。


僕も
その話を聞いたとき、
正直、
絶句したことを覚えています。笑

だって、
連絡を取れないということは、
そこにあるのは、
お互いの相手への気持ちと、
自分の気持ち。

それを信じられること。

..だけでしょ?


その話に来てくれた方も
苦しいでしょうが、
その相手の方も、
それ以上にきっと
たくさんの葛藤もあるはずです。


だって、
少なくとも、
結婚されていて、
自分なりに好きと
言う人、
いや、
昔、「好きだった人」と
一緒に今、いるわけですし、
状況も変わってしまっているかもしれない。



二人がどういう経緯で、
出逢い、
どういう過程で、
今のような関係になったのか。

それまでは
僕はわかりませんでしたが、

そうなってしまったものは、
仕方ないし、
もしも、
それが本当にその相手の旦那さんが言うように、
それでも
一年お互いを思い続けられたら、

それは本物なのでしょう。


確か、
そんな話をその人にしたように思います。

そして、
その人は、
何を思ったのか、続けて
僕にこんなことをいいました。


「それで、ハタサンにお願いがあるのですが、
 その人に向けて一言、書いて欲しいのです。
 ずっと、あなたを想い、
 そして、あなたのことを待っているよ。
 と。」


え?
だって、連絡をとっちゃいけないんじゃないの?
と聞いたのですが、


旦那さんが家にいるときに
了承をとって、
少しだけ会わせてもらうように
お願いする、

というのです。


それができなかったら仕方ない。
でも、
いつか渡せるようにします。

という気持ちでした。


ただ、
僕としてはためらいました。

それによって、
相手の旦那さんと、
その二人の関係がもっとおかしくなってしまうんじゃないか。

また、
もしも
それが相手の重荷になってしまったら。
何かしらの気持ちの変化で、
変わってしまっていたら。

逆に悪い方向に行ってしまうんじゃないか。


そう懸念したからです。






言葉、というものは、
力がとても強い分、
いい意味でも、悪い意味でも、
その人にたくさんの影響を及ぼします。

その一言で、
人生が変わることもあるし、
一生の傷になってしまうことだってある。

だからこそ、
言葉はより注意深く、取り扱わなければいけないもので、
特に、
このように言葉を
取り扱う身としては

更に色々なことを慎重に考えます。


もらった人の背景。
二人の関係。
そのもらう人の現在の心境。
現在のお互いの立場。
相手の心と、あげる人の心
との「想い」の違い。


そういうとき、
現実的に客観的にみて、

(あくまで「僕なりの意見」ということを付け加えた上ですよ。
 僕の意見が必ずしも絶対的に正しいものとは限らないですから。)

厳しいことや、現実をちゃんと言わなければ、
ダメなこともありますし、

そこにはほんの数ミリのもらう側と渡す側の関係の「立場」において、
僕が感じたものと、相手が実際におかれている立場の、
その「誤差」があってもダメですし。

ほんとにここはデリケートなもので、
あくまでセンスや経験が最後には
ものを言うようになってくるのですが、

だからこそ、
僕は、
様々なその状況にあるその人の立場や、
二人の関係を、
最大限汲み取った上でないと、
僕は言葉を書かないようにしています。

そして、
逆効果になると感じた場合、
どんなに頼まれても、
言葉を書かないこともあります。


それが
必ずしもお互いにとって、
より良くなるもの、
とは限らないことをしっているからですね。




でも、僕は
その人の目を見て、
話を聞いていたとき。

この人は本気なんだな、ということが
よくわかりました。

そして、
それはきっと、

相手の女性の方も。





僕は
その彼からしか、
話を聞いていないですし、
そのおかれている状況も、
現在、変わってしまっているのか、変わっていないのか。
それがどうなのかはわからないけれど、


でも。


この二人の気持ちを
大切にしてあげたいと

僕は思いました。


それが、
どうなるかはわからないけれど、
少なくとも。
この今に
この彼がそう思っていることを
大切にしてあげられることが、
何よりも必要なことに感じました。



...ちょっと前置きが長くなってしまいましたが、


そして、
僕はその彼女のために、
その彼から想いを聞いて、
そして、彼女はスヌーピーが好きだから、
それを書いて欲しいと言われて、
スヌーピーらしいものを(当時はまだまだ絵が全然でした 笑)
書いて、
そして、
渡しました。


彼は、
とても喜んでくれて、
そして、
彼女に渡せるように頑張ります。


そういって、
満面の笑みで、
渋谷の路上を去っていったことを覚えています。

本当はそうなるだけでも辛いだろうに。





そうして、時が流れて。

更に一年後。
つまり、
丁度今から一年前ですね。


同じように路上に出ていたある日。

「覚えていますか?」

と突然言われました。


振り返ってみれば。

そこには、笑いながら立っている
ある一組のカップル。


....皆さんにいつも申し訳ないんだけれどね、
全ての顔と名前を覚えることって
とても難しくて。

何度も顔を出してくれる人は
もちろん、
覚えるのですが、
それが、
半年前や一年前に一度会ったぐらいになってしまうと、
どうしても覚えていないことが多くて...。

...はい、いいわけです 笑


そのカップルも
いいわけの(笑)例外ではなく、
始めわかりませんでした。


そんな素振りを見せていたら、
彼がこんなことを言ったのです。

「あの時、二人はばらばらで
 旦那さんもいたけれど、
 今、やっと一緒になれましたよ。」

 って。

 笑いながら。

その瞬間。

フラッシュバックのように当時彼に会った時のことを
思い出しました。

人間覚えているもんですねぇ。




えーーーーー!!!!!!

マジですか!!笑


はい、マジでした。


どうもあれから色々と経緯を聞いてみたところ、
色紙を渡しにいけたそうです。

そして、
彼女は目の前でそれを見て、
泣いたそうです。

その彼女は、
今、僕の目の前で、

「あのときの色紙に本当に救われました。」

そういってくれました。



この二人。
三重の方に住んでいるのですが、
なんと今日。
わざわざ僕に会うために東京に来てくれたというのです。
(もちろん観光もかねていると思いますが 笑)

僕も渋谷にいるとは限らないし、
会えるかもわからないのに。

でも、
二人は、どうしても
僕にお礼を言いたくて、
そして、
結婚した報告に行こうと、
そういってきてくれたそうでした。


僕が感激したことはもちろんのこと、
感激以上に、
言葉にはできない驚きにただただ
感服するばかりでした。


確か、丁度あの頃。
これから二人が結婚する時だったぐらいだったと
思うのですが、

唖然でした。



ここまで、
人を好きになれることができるのだろうか。
そして、
ここまで、
お互いを信じて、
それを全うすることができるのだろうか。


恋愛の悩みは人それぞれ、
それぞれの悩みがあります。

もちろん、
その全てが皆、
一生懸命なのですが、
僕は
正直、このような二人を今まで見たことがありませんでした。

何かしら、
お互いうまくいかなくなってしまったり、
特に、
このような場合、
結局もつれにもつれて、
ダメになることが多かったり。

でも、

この二人は、
自分達の意思と想いを貫いて、
それをちゃんと形にした。

それがどれだけ難しいことなのか。
それを知っている分、

これがどれだけこれがすごいことなのか。

感じずにはいられませんでした。



ただ。
そして、もう一つ。

もちろん、この二人もとても素晴らしいことは
何よりなのですが、
僕は、

その彼女の旦那さんだった方も
素晴らしいと思ったのです。



この旦那さん、
ちゃんと筋を通して、
一年たって、
それでもお互いがほんとに好きだということが
わかったとき、
何も言わずにすっと身を引いたそうです。


それを聞いたとき、
手放しに喜ぶ分、
なんだか
複雑な気持ちにもなりました。


人が生きることの裏には
何かしらの犠牲はつきものであるように、

その裏には、
抱えきれない思いを持っていた人もいて、
でも、
その上で、
この二人の幸せがあるとしたら。

だからこそ、

僕はこの二人にどうかいつまでも、
幸せでいて欲しいと


心から
そう思いました。

そして、
その相手の旦那さんも。




僕は二人に、
その場で
拍手を送ったことを覚えています。







そうして、
二人がこれた記念として、
そして、
二人が一緒になれた想いとして。
今度は、
二人のために書いて欲しいと
言ってくれました。


どうやら、
聞くところによると、
二人に書いてもらえることを
とても楽しみにしていたようで。笑



当時は、
相手の気持ちしか、
書けなかった色紙に、
今度は。

二人のことについて
堂々と書けること。

そうできることが
二人にとっての
何よりもの目的だったそうでした。


そして、
今度は
二人についての言葉と、
そして、
これからのこと。

そこに今度は、
「二人」の絵を描いて、
その真ん中に
やはりスヌーピーに近い絵を
(一年前よりはきっと見えるようになったはず 笑)
書いて、

そして、
渡しました。

そのときの二人の笑顔がなんともいえなくて。

たくさんの想いを分かち合ってきた分、
そして、
それを乗り越えて、今がある分。

その二人のストーリーをほんの少しでも
関わらせて頂いている分、

なんともいえないような想いで
一杯になりました。


たくさんのありがとうを言ってくれて
去っていった二人が
一年前に一人で去っていった彼の後姿にダブるようで
なんだか

心から幸せを僕は感じました。








そうして、
そんな日がまた遠く一年近く過ぎたとある先日。


僕の元に一通のメールが届きました。


「もう渋谷ではやっていないんですか?」


僕は誰がメールを送ってくれているのかもわかりませんでした。
ただ、
それだけが
見覚えのない人から送られて来ました。


ちょっと、返すかどうか迷いながらも
びくびくしながらも 笑
(メールは苦手です)



「今は代官山にアトリエができて、
今はそっちにいるのです。
ごめんなさい。
路上は今はもうやっていないんです。」


そう返したところ、
その返信にこんなメールが入ってきました。

「覚えていますか?
 あのスヌーピーの絵を描いてもらった
 旦那さんと別れて、一緒になった....」


あーーーーーーーーーーーー!!!!!


覚えてますます。

スヌーピーはね、
僕が書いてきた色紙でも、
ほんとにいないんだよね。

頼まれないと決して書かないものだから、
(しかもあまり似てない 笑)
それが気付くとキーワードになっていました 笑。


ぜひともまた遊びに来てくださいね。

とだけ返して。


しばらく日が流れました。


そして、
また同じようにアトリエにいたある日。

今度は、
なんだかサラリーマンの格好をした男女二人が
アトリエにいらっしゃいました。

セコムか?
(先日、セコムの方が営業に来ました 笑)

なんかの営業かな?


なんてちょっと思っていた
ところ、どうも違うようで。

その人たちはじっとアトリエを見ていてくれる。
(順番待ちでした)

そして、
その人たちの番になったとき、
その男性の方は
こんなことを言いました。


「もう僕、書いてもらうのが3回目なんですけれど。」

笑いながら。


それを言われた瞬間、
とっさにわかりました。

こいつめーー。

今思うと、
この人、結構いじわるですよね。笑


でも、
なんか格好も感じも全然、前と違っていて、
ずいぶんと大人びた感じがしました。
(実は同い年だったことがこの時、判明。笑)

どうも聞くところによると、
こっちにこれなかった分、
丁度今、
仕事で東京に来ていたそうで。

今日、帰らなければいけないとのこと。
その
一緒にいた方は、どうも仕事を一緒にやっている人のようでした。

なるほど。
だから
営業っぽくみえたのね。



そして、
この彼は、
僕のことを渋谷で必死に探し回ってくれたというのです。

どこにいってもいないし、
渋谷の違う場所を探しても、
日にちをずらしても、
いない。

もういないかと
思ったとき。

昔、
色紙の裏に、
僕がメールアドレスを書いていたことを思い出したそうです。

僕が振り返る限り、
そんなことを書いた人は
ほとんどいないはずで、
なぜ書いたのかすら
今ではわからないのですが、
でも、当時、
すごく感銘を受けていたことは確かで。

それを思い出して、
メールをして会いにきてくれたのでした。



どうしても、
東京に来たからには会いたかったそうで、
奥さんにも
「絶対に書いてきてもらって!」
と頼まれていたそうで。

そうやって、
覚えていてくれたのが何よりもうれしかった。

そして、
今回、頼まれたのが、
生まれた
息子に対して書いてほしいと

そういってくれました。

これまたびっくり。

次は子供かいっ!
しかも写真も見せてもらってしまいました。
むむ。
ぱぱそっくりだね。 笑




たった3年だけれども、
人はこの3年でこんなにも変わることができる。

今まで書いた色紙は
三枚一緒にして、
大切に飾って
いつもみてくれているそうですが、

その一枚一枚は
不思議なことに、
だいたいちょうど
一年ごとに書いていて、
しかも、その状況が180度ずつ違うことで。笑

なんだか、
人生の不思議さを僕は感じました。



そして、
その彼は、
ノートにこんなことを書いてくれました。


「昔は本当に口に出すことも辛いぐらい、大変なことや、
耐えなくちゃいけないこともたくさんあったけれど、
その度にハタサンの色紙に二人救われてきました。
だから今の二人があるように、
あの路上の時のこと、一生忘れません。」



とてもうれしかった。


....そして、
なんだかとても。

切ない気分にもなりました。






なんで、今回、この人のお話を書いたかというと。
もちろん、
僕自身これ程のご縁を一緒に感じることができ、
そして、何よりも
うれしくて、
この人の話を伝えることで、
人間の可能性と温かさを
を感じてもらえればと思ったからなのですが、



この3年という期間の中で
僕が歩いてきた路上の一部一部を
通して知ってくれて、
また丁度、この「時期」に

出会ってくれたから。


そして、
この方にとって、
僕と「路上」で出会えた、
ということが、

僕と同じように
一緒に成長してくれて、
そして、
その人にとっての
何よりもの

原点だったと言ってくれたから。



今回も東京に来て、
そして、
路上をこんなにも探してくれて。

その感想に、

路上のときのこと、
忘れません。

そういってくれたのが、
僕にとって、うれしくて、
でも、

全てだった分、
言葉に言い表せない気持ちになったのは...。







前回のhpの月記にて告知したように
先日、
路上をやったのですが、

わけありですが、といったのは。




路上に来てくださった方はわかると思いますが、


それは。

路上は、
この日で本当の

見納め。


最後だったからです。
















4月に路上を脱化して、
アトリエがメインになったとき。

僕は、
それでも完全に路上はやめないと
いいました。


しかし、
僕自身、自分の現在の活動が忙しくなってきて、
そして、
これからの僕にとって、
この12月は
新しいスタートになる。

それを
感じたとき。

知っている人は知っていると思いますが、

11月で路上は完全に
やめようと

6月頃から
ずっと決意してきました。


それが、
これからの僕が歩いてゆくために
僕にとってのどうしても必要な

区切りであり、

決意であり、

そして、
同時に
だからこその、

スタートであると。





そう思いました。







そして、
これには
わけがありました。























もう知ってくれている方も多いと思いますが、

来月の12月1日より、
全国のファミマ、
そして、

各全国大手書店にて、

ハタタケルの本が出ます。





それは、
前回の本とは違う、
(前の本はファミマ専用の
 「雑貨」としての本でした。
 つまり、刷り部数が終わったら、
 そこで終わりでした。)


今回は
本当の意味での、


全国「出版」です。



つまり、
簡単に言えば、
本当の意味での、

僕にとっての新しいスタートであり、

(あまりこの言葉は好きではないのですが、)
各アーティストが俗に言う、
メジャーデビューであるということです。




そのスタートを踏むためには。

路上を完全にやめる、ということは、

どうしても避けられない、
僕の中での「けじめ」でした。
















今までの3年。

この路上のことを
振り返ってみたとき。

辛いことや、
口には出せないことも

たくさん、
たくさんありました。

が、


その全てが、
今の僕の全てを創ってくれていると
知ったとき。

何一つ、
欠けてよかったものはなかった。

そう心から言える自分が今ここにいると
知ったとき。


僕は、

今まで、こんな自分を育ててくれて、
支えてくれて、
そして、

このように一つ一つを
与えてくれた、

渋谷という場所に、
路上に
出逢いに、

その全てのものに。



感謝という言葉では
足りないほどの
想いを

抱きました。


涙がでました。






今でもそうですが、

昔。


僕は、
決して、
一人では何もできない存在でした。

誰よりも
弱さを知っているし、
そして、
誰よりも
人間の痛みを
覚える、

皆と同じ、人間です。

でも、
今は。


今では、
僕は。


一つだけ、
自慢できることがあります。



この渋谷、という路上の地で、

皆と出会えたこと。

厳しさや、
辛さ。

その一つ一つ、

渋谷という路上が

僕の全てを創ってくれたということ。


皆さんがあってこその、
今の「ハタタケル」であること。




それがあって、
今の僕の全てがあると
胸を張っていえたとき、

僕は、
やっぱり思うのです。



僕は、
そんな皆に、
全てに。

恩返しができるようになれて、
初めて。


ありがとうって、
そういっていいんじゃないかって。

そこで初めて、
ありがとうって
いえる自分になれるんじゃないかって。


そう思うんです。







そのためには、
僕がみんなが喜んでくれるように、
幸せでいてくれるように

僕がみんなが
笑顔になってくれるように

僕なりに、
頑張れること。

僕なりに、
形を見せてゆけること。

そして、

それに伴って
行動してゆけること。


それが
僕にとっての
何よりもの
みなさんへの
僕なりの


恩返しです。



何よりもの

ありがとうの形になれるのではないかと

そう思っているのです。





これでしか
僕には、
皆さんに

本当の意味での
ありがとうを

言うことが
できません。













僕が路上から離れることによって、
少なからず、
今回来てくれた方のように
それを知らなかった人たちは

正直、
悲しい思いをさせてしまうかもしれません。

残念に思ってくれる人も

いるかもしれません。


でも、
どんなことも
終わりがあって、
始まりがあるように。

僕自身が
一人の人間として、
成長してゆかなければ、
また、
大きくなってゆかなければ。

僕は
皆さんに対して
嘘の言葉を書いていることと

やっぱり
同じになってしまいます。


僕にとって、
皆さんに綴ってきた言葉は、
やっぱり
僕の作り出した言葉であるからこそ、

僕はその言葉に伴えるように、
それを発するに「見合う」自分であること、

そして、
それに嘘がないように。

口だけではなく、
単に、
体裁や形だけで取り繕って、
言葉を発するのではなく。
綴るのでもなく。


それを実際に
僕の姿、
身、
心、


その全てを持って、

行動と共に
歩いてゆけること、
それを

皆さんにちゃんと
姿かたちで「示してゆけること」が

本当の意味での
皆さんへの「言葉」になるのではないかと

僕は思うのです。






なので、
僕は
今回の2004年の11月末をもって、
路上をやめます。


そして、
またこれから一つ一つ、
癒し人 ハタタケルとしての
新しいスタートとなる道を

「皆さんと一緒に」、

これからも
歩いて、創ってゆきます。


どうか皆さん、
楽しみにしていてください。



そして、
またこれからもどうか
一緒に歩いてくれたら。

心より僕は


うれしく、
幸せに思います。

















そして、
今回12月1日から出る本。
(※注 
 場所によっては3日ぐらいになるところがあります。)


この本は、
僕からの、
僕なりの
そんな皆さんへの

お礼を込めた本になっています。




そして、
これは間違いなく
いえることですが。


僕自身が、


個人的に創ってきた本を含めた中でも、


今の自分に創れる、
僕にとって

集大成と言えるべき本です。




絵や、
色、
言葉。
内容的にも。

ハタタケルの世界観を
最大限生かした、

今、現在の
僕のできることの「全て」を
詰めた、


今までの3年で皆さんと培って、
交わしてきた想いのある。



そんな本になっています。



この本は、
創作に約半年かかりました。

そして、
この本は
僕一人では絶対に、
できませんでした。

間違いなく言えることは、
ここには

今まで「出会ってくれた」皆さんと共に
培ってきた想いがあってこそ、

初めて創ることができた、

誰にも真似できない
皆さんと交わせた「心」があってこそ、

創れた本ということです。

それは、
僕と皆さんが交し合ってくれた

本当の意味での、
「みなさんが」創ってくれた

本であることです。



そして、これはやっぱり。

皆さんへの僕からの
感謝の本、
なんです。



どうぞ皆さん、
楽しみに。

そして、
大切に使ってあげてくださいね。











そして、
今回はね、
ポップも
(よく書店とかで本の前においてあるやつですね。)
めちゃめちゃかわいいですよ。^^

見ればわかります。

パシャリと写真とっちゃってください。笑
是非とも記念に書店で^^
(ポップは全国の書店にあるわけではないので、あしからず)





また、
丁度同じく、
12月1日ぐらいより、
全国のファミマにて、
パック詰めのハタタケル年賀状が
発売されます。

こちらは、
年賀状印刷とは違って、
言葉が少ないのですが、

今年はなんと。

裏に
ハタタケル特製しおりが
入っています。


ん?
なんでしおりかって??



ふふふ。

皆さん、
わかりますよね?


このしおりを
「どの本」に使うために

創ってあるのか。笑

えへへ。

にくいでしょー。

でも、
こちらもよかったら
どうぞ一緒に使ってあげてくださいな。

ずっと使えるように、
内容も凝ってますよ。^^





また年賀状印刷のサービスも、
12月25日程までです。

確か、
ハタタケル2005年カレンダーも
その辺りか、
来年のいっぴまでぐらいだと
思いますので、

素敵な一年を共に過ごせるように。
もしよろしかったら皆さん、
頼んであげてくださいね。













もう、
来月で2004年も終わりですね。

皆さん、
どんな来月を過ごされるのかなぁ。

僕は
おそらく、
2005年に向けた活動を
してゆきます。

また、
12月に出版イベントとして
色々な人へのお礼の意味もこめて、
出版トークイベントができればと
考えています。


これは、皆さんから
希望があったからでも
あるのですが、

でも、
こちらは
どうしても、
自分のスケジュールと
出版社側との調整の問題になってしまい、

まだどうしても
確実とはいえないのです。

なので、
期待をかけるようなことは
気軽にはいえないのですが、
(皆さんごめんなさい。)


ただ、このようなことを
考えてますよという告知だけ
ここでしておいたほうが
もしも可能になったときに、
いきなりとはならないと思いましたし、

そして、
もしもできるようでしたら、
なるべく早めにhpに告知しますので、
皆さん、チェックしてくださいね。

もしも可能になってやれるとしたら、
おそらく12月半ばの土日のどちらかです。

いつも
急になってしまってごめんなさい。

皆さんからお叱りをいただくのですが 笑

どうしても
決まるのが急なこともあったりするので、
(告知するタイミングもね)
ちょこちょこマメに見てみてくださいね。






そして、
皆さん、


本当に今まで、
どうもありがとう。

僕は、
この路上という場で出会えた皆さんのことを
いつも胸に、
今これからを歩いてゆきます。


そして、
それは無くなるものではなく、
これからの僕を創るうえで、
一番の原点であり、
僕の全ての基盤に

ずっとずっと
なってゆきます。


そしてまた、

どうか
皆さんとこれからも
たくさんの心を交わしえますように、
そして、

皆さんと「一緒に」
成長してゆける、

「癒し人 ハタタケル」でありますように。


僕自身も、
頑張ってゆきます。


皆さん、
どうもありがとう!


そして、


またこれからも
どうぞよろしくお願いします。



いつの日にかまた。

皆さんに
会えますように。







僕は

皆さんと
会うことができて、

本当に。

よかった。





































育てているセロームに、
新しい芽が生えてきているのに
気付いた。


空を見上げれば、
手が届きそうで届かない
雲が流れていて、

気付けば、
その雲も
どこか遠くへ流れてしまって、
空には瞬く星が
流れ始めた。



ふとアトリエにいると、
見知らぬ子供が
入ってきて、
笑いながら
目の前でお化粧ごっこをし始めた。






日々がゆっくり流れて行く中で、
生きている鼓動を感じると

そんな毎日がとても
愛しく思うのは、

僕が共に生きていることを
心で感じていられるからなんだろうか。



生きている
優しさは
いつも
そばに溢れてる。







たとえ姿形が変わったとしても、


僕はあなたと
共に今も
笑っているよ。




どんなに
この「空」に

年月が流れ、
雲が流れても。

雨が降り、
虹が架かり、
青空に身をゆだねたとしても。


いつもと
変わらぬ「空」が、
僕の目の前に
ちゃんと

広がってくれているように。


「僕」は「僕」であることを
変わらずに。

いつの日も
あなたと今ここにいるんだよ。





時が経てば
いつか、
歩いてきた軌跡を
ふと笑って見つめられることは


思い返せば
きっと、
どんなときも
一人じゃないことを

感じられる想いにもなる。




でもね、
それでも。


遠く離れた空の下、

もしも、
それでも、

淋しさを
憶えそうになってしまったら。

孤独を
感じてしまったら。



そのときは
どうか。


思い出してみて。

想い描いてみて。


一緒に
涙を流せたことを。



こんなにも一緒に
笑いあえたことを。





そう、
振り返れば、いつも。

あの時、
あの場所で、

「あなた」がいてくれたように。



あの時、
あの場所で、

渋谷の路上に座っていた僕が

変わることなく。

一緒に
笑っている。



そう、

「あなたはここにいるよ。

 いつだって。」

それが、
僕の。

僕と一緒に生きてくれている
あなたへの
メッセージ。




今までずっと
一番、

伝えてきた、
伝えたかった

僕からの。

出会ってくれた
皆への、

そして、
今、
一緒に僕と
生きてくれている
この世界の全ての皆への、



心を込めた。

「ハタタケル」からの、


メッセージ。
(2004.11.30)
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