2005年04月の日記

明日への想いは今日の笑顔と気付く時。




やっと花粉症の嵐が過ぎ去り、(泣)
気付くと、もう季節も
春から夏に変わる準備を始めていますね。

桜も咲いたと思ったら、
あっという間に散ってしまって、
今年は花見らしい花見をすることもなかったような
そんな気がする今日この頃。笑

皆さん、いかがお過ごしですか?
また今月も定例の月記の時間がやってきましたよー。


しかし、最近の季節はなんだか
ちょっと急展開していますよね。

夏はまだまだ先なのに、
気温はもう夏前並みの暑さ。

半そでではなく、
タンクトップの姿になってしまいそうです。


最近、
月記を見ているよ、という声をよく頂きます。
僕としても、
何かしらそれで喜んでいただけることがあるのなら、
嬉しく思う限りなのですが、

どうでしょう。
皆さん、

この月記、長いですか?笑

以前も聞いたのですが、
この月記、わざと長く書いているんですね。

もっと短くすることもいくらでもできるのですが、
でも、
長いほうが読み応えがあっていいと
(長くすればいいというものでもないけれどね 笑)
いう人の声から長くしています。

まぁ、皆さんにとって
その分の楽しみに変わってもらえていれば、
僕はいいと思うので
皆さんの声をきいてこのhpを創ってゆければと
思っています。

そのうち、
「今日のハタタケルのちょっとした一言」
なんていうコーナーを設けてみても面白いかな。

なんて
今考えています。

どうでしょう??





さてさて、
新しい始まりを迎えて、
皆さん、どうでしょうか。

何か心境の中に変化がありましたか?

一日一日を見ると、
とても小さい毎日なのに、
通して見ると
その小さい積み重ねが人生を創っている

そんなことを知ると、
不思議なものです。

一ヶ月前と
今の自分は
同じようで
違います。

そう思うと、
日々、人は何かしら
成長し、変化し、
そして、
今の自分に見合うように
創られてゆくんですね。





さて、
皆さん。

今月新しい日を迎えるにあたって、
ふと、昔の自分を振り返ってみると、
意外なことに気が付きませんか。

たとえば、
皆さんの心の中にあった
「夢」という形。

どうでしょう。

子供の頃、
皆さんが抱いていた思い、

皆さんは
覚えているでしょうか。



先日、
とある学校の先生から
メールを頂きました。

この先生、
実は以前、僕が路上で
出逢った事のある方で、
もうそれも今年で
3年近くのお付き合いをさせてもらっているのですが
毎年、この時期になると必ずこの方から
一通のこんなメールを頂きます。


「ハタサン、できれば文集の表紙を書いてもらえませんか?」

この時期になると、必ず、
学校では文集を創るようで、
僕はそれを言われるまで、
そういうことをつい忘れてしまっていました。


そして、
このメールを今年も頂いたとき、
また春を胸に感じました。

僕としては
できれば
もしもそれで喜んでもらえることが出来るのなら、
日本中の学校全ての子供達に書いてあげたいなぁ。

そんな気持ちで一杯なのは
やまやまなのですが、
しかし、
やはり僕も一人なので、
どうしても限られてしまいますが、笑

今年もそのメールを頂きまして、
もちろん、僕でできることであれば。

とお答えしました。


そして、
その文面を書いて、
お送りしました。


そして、
また数日たった後日、
その先生から早速メールを頂きました。

どうもみなさん、
とても喜んでもらえたらしく、
子供達もずっとめを輝かせながら
見てくれたそうです。

そして、
その手紙の続きには、
裏面は、みんなで話し合ったところ、
「将来の夢」について書きこみをしました、
と書いてありました。


僕は、
この色紙をただ贈るのではなく、
子供さん達一人一人の
何かしらの思い出になってほしいと
思っています。

その上で、
必ず先生にお願いしていることがあります。

それは、
色紙の裏に、
皆で寄せ書きをしてほしいと
いうことです。

そして、その上で、
そのテーマは皆さんで
考えて欲しいのです。

そうすることに僕は意義があり、
そして、
そうできる中に
何かしらの心を残せるのではないか。

そんなことを
思っています。


そうして、
皆さんの書いたもののが
メールとして
添付して、先生が送ってくださいました。


その内容を先生の許可をもらって
(プライバシーの件もありますので、小学校の名前は消してあります。)
写真とその内容を載せさせてもらおうと思っているのですが、
(後日、hpの作品展のコーナーを見て下さいね。)

その内容を見た瞬間。

僕は
なんだか忘れていた「何か」を
思い出したような、

そんな気持ちが胸に溢れました。



僕が小学校のときのことを振り返るとですね、
やっぱり楽しい思い出がたくさんあるんですね。

僕が
小学校、4年生の頃、
毎日が楽しくて、楽しくて
仕方なかったですし、
このまま大人になりたくない、
なんてそんなかわいいことを思っていたような気がします 笑


それでも、そのとき、思っていた「夢」を
考えてみるとですね、

僕は確か、
コックさんになりたいなぁと
そんなことを思っていたような....。
(私の父は調理師なので。)

あの頃を
振り返ってみると、
こんな夢を持つ、
という気持ちを一番大切にしていたような、
そんな気持ちになります。

もちろん、
僕は今、たくさんの夢があります。

それは、
僕にとって「夢」という見方ではなく、
僕にとっての生きる「目的」になっているのですが、

それは
僕が僕の道を大切にする中で、
忘れてはいけないものであり、
また、
皆から教えてもらってきたものです。

でも、

もしも僕が
大学を卒業し、
そのまま生きていたら。

もしも、
自分が自分に正直になって生きることへの
見方を間違えていたとしたら。


夢を持って今を
生きているか、
といわれたときに、

もしかしたら
僕は夢をもっていることなく、
または、
夢が何かということをわからないまま

生きていたかもしれません。


大人になるにつれて、
現実的に見なければいけないものや、
現実を知るたびに、
自分の気持ちを押し付けて
”自分”にとって安易な道を選んでしまったり。

そういう一つ一つを
考えると、
こんな子供の頃の気持ち。

皆さん、誰もが一人一人抱いていたはずなのに、
それを
心の片隅にどこか
押しやってしまって生きていることを
考えると、

正直
寂しい気持ちにも
なるものです。


皆さん、
どうして夢が大切なのだと
思いますか?

いや、
もしかしたら夢を大切と思わない人も
いるかもしれません。

夢を見ることで、
うまくいかなくなるという人も、
もしかしたらいるのかも、
しれません。


でも、

僕は人が生きる上で、
最も大切なものがあると思います。


矛盾しているようですが、
僕は夢が大切なのではないと
思います。

言い方が違うのかもしれませんが、
それは

僕は
人には
人が生きる「目的」が
必要なのではないか

と思うのです。


目的をもつ、
ということは
その人の人生にとって、
歩くべき道標を
見つけるということです。

人生は
限られたものであると知っていても、
それを知るのは、
せいぜい
自分が死ぬことを意識し始めてから。
若いときに気がつくのは、
何かしらのきっかけがあったり、
考えることが
その人の人生の大切なものに変わったり。

その瞬間に胸に抱くことがあるのです。

それを感じた時、
つまり、
人生は
有限である
ということを
知ったとき。

人は、
「なんの為にこの今を生きるのか」

という原点に
振り返ると思うのです。


例えば、
こんなことを残したい。

この子の為に
人生をささげたい。

この仕事の為に
いきていきたい。

この喜びの為に
今を大切にしたい。


人は皆、
人生を有意義に過ごしたい、
といいますが、
その全ては、

「何のために自分が存在しているのか」

という基本的な考えに至るとき、

それを
人は、
「夢」であり、
「目的」であり、
そして、

「希望」をもつ
という形にするのではないか、

つなげるのではないか

と思うのです。


それは、
今を自身が生きる、という
「意味」に変えてゆけることなんですよね。


それを考えてゆくと
不思議なんですね。


最後に行き着く所は

この全ては、
後生のこれから生まれてくる子供達や
世界の為に

自分という存在が、

「何が出来るのか」

に結局、
変わってゆくのではないか、

と僕は思っています。





何気なく、
生きている中には

人はさまざまな成長があります。
発見があります。

それは
全て、その人が
生きてゆくために必要なことだったかもしれません。

また、
家族を守るために必要なことなのかもしれませんし、
生きるということを続けてゆくために
必要だから

というシンプルな理由に至るのかもしれません。


でも、
その一つ一つの目的が、
その人が今を生きるための目的ではじめは
あったとしても。

それを
通した先には

その技術を組んで、
または、
そのやってきた道のりを
次の人達が組むことによって、

全ての今を生きるものの未来のために
その人が「残してゆく」ことに
変わっているんです。


そう考えたとき。

その今、
夢を持っている人たちの
考えたものは、

その人のためであったとしても、
実は。

全てのこれからの人たちのためにも
なってゆけるんですよね。



僕はこういうことを
知ると、
覚えると。

すごくすごく
嬉しくなります。

だってね、
皆さんがやっていること自体。
そのものが、

誰かのために必要なことであり、
これからの未来に大切なことであり。
そして、
何よりも。

その人が生きていることの
「証」になってゆけると

思うと。


それを頑張っている皆さんが
とてもとても
誇らしく思うのです。


それは、ある意味、
その人が生まれてきてくれた「役割」を
その人が知り、
その人が担うことによって次の世代の人たちに
繋いでゆけることができるという
ある意味、

「命というバトン」が
そこにはあるのだと思います。






先日、
こんな人がアトリエに来てくれました。

この方は、
路上の頃からの付き合いのある方なのですが、

いつもずっと
常に暗い顔をしていました。

そして、
先日もアトリエにこられた時、
このときも入った時から
ずっとため息ばかりをついている。

全てがなんで私ばっかり
こんな目にあわなければならないんだろう。

なんでこんなに
頑張っているのに、
報われないんだろう。

なんで私はこんなに....。

そんなことをずっと
こぼしています。

それを聞いていて、
僕は

「なんであなたがそういう目になっているか
わかりますか?」

そういって

少し叱りました。

怒る、のではなく。




あなたがどんなにがんばっても、
どんなに
何かをしても、
他の人をうらやんでも。

あなたがまず、
今ここにいれる
自分自身に対して、
ありがとうという気持ちを
かけてあげられていますか?

そんな自分に対して、
ほんの少しでも
自分のよいところを
少しでも認めてあげようと
いう気持ちを
もってあげたことはありますか?

と。




どんな人も
どんな状況に置かれている人でも。

どうでしょう。



その一番初めに
味方になってあげなければいけない人は
誰であるか。

その人にとって、
一番何よりも始めに、
見捨てないでいてあげられなければ
いけないのは
誰なのか。

それを
大切にしてあげられなければいけないのは、
まずどんな人でも、
周りではなく、誰でもなく。

”自分”という存在以外にはまず、
いないものです。


もしも、
それをなくしてしまうと、
否定してしまうとしたら。

これ程、悲しいことは
ないのではないでしょうか。

そうである限り、
たとえどんなに、
その人のことを違う誰かが
認めていたとしても、
大切にしようとしていたとしても。

その声はその人には届かないからです。


どんな人だって、
必ずその人にしかない「良さ」というものがあります。
そして、どんな人でも
その人にとっての「できないこと」や「欠点」だって
たくさんあります。


しかし、

その人自身が
自分を
良い自分も
ダメな自分も

全てが「否定」に入ってしまったら、
全てがうまくいかなくなって
当然です。


自分に自信をつけることは、
素敵になるということは、
決して高い美顔器を買うことから
始まるのではないんですよね。

まず、
そんな自分が自分に対して、
ほんの少しでもいい。

自分の良いところを
見つけてあげ、
認めてあげ、
そして、
うまくいかない自分を
時には許してあげること。

自分の存在を「好き」になる、
ということを
まず見つけてあげることが

何よりも大切なのだと

僕は思います。

たとえ、それが口で言うのは簡単だと
しても、
僕はそこを自分自身が大切にできるように
ならない限り、
自分が豊かになることはないのだと

僕自身にもいつも
言い聞かせ、大切にしていることでも
あるからです。


誰だって、
愛情を受けて育ちます。

愛情がないと
その人自身が、
枯渇してしまいます。


でも、それはまずは周りから
与えら得るものであるということを
考える前に、

僕はどうかまずは
その人自身が、
その人に対して

愛情を注いであげて欲しいと

そう切に思います。

まずその人が自分自身に
愛情を注いであげられなかったら、
どんなにいいものを
もっていても、
それをいいものには考えなくなってしまうんですよね。

そうできることが、
誰かに愛情を注いであげられる人になり
また、
誰かから愛情をもらえる人になるのではないか。

だからこそ、
彼女にはそれを気付いて欲しい、
そして、
彼女にはそれを
まず、
誰よりも大切に出来る人でいてほしい。


僕はそう思って、
彼女を叱りました。



その子は
じっと話を聞いて、
そして、色々と考えてアトリエを
出られました。

そして、
後日、その方がメールを僕に
送ってくれました。

そのメールの内容に関して、
それを見たとき、
僕は少し驚きました。

なぜなら、
その方は今まで、
このようなメールを送られてきたことが
なかったからです。

彼女からはこのようなメールを
頂きました。




今までのように苦しくなったら、
色紙を見て今日のことを思い出します。
自分を変えるのは、
自分にしかできないですからね。

帰り道は迷わずにすみました。
久しぶりの渋谷ということもあり、
歩きながら初めてハタさんにあって、
色紙を書いてもらった時の事を思い出しました。
ハタさんに色紙を書いてもらおうとしたけど、
お金がなくて、給料が入ってからにしました。

何か変わるきっかけがほしくて、
色紙を手にした翌日、髪を切りました。
ハタさんのイベントで、
ハタさんのことを大切にしている人達に出会いました。

ハタさんの作品を好きだと言えば、
みんな共感してくれました。
そういう感じが初めてで、嬉しかったです。
好きなものに自信を持って自己表現できた瞬間でもあり、
人生捨てたもんじゃないと思った瞬間でもありました。
そう思ったら、私は大丈夫なんだと確信しました。

会社がつらくても、他に目を向ければそんなに悪くなかったです。
会社がつらくて、勝手に自分を自分で追い詰めて、
苦しめていただけなんですね。

アトリエに行く前までは、
以前の私を振り返る余裕はありませんでした。
今日行ったことによって、
原点に立ち返った気がします。
改めて、今の自分が何をすべきか実感しました。
アトリエを出てから、じわじわとハタさんの言葉が沁みてきました。
ハタさんに会わなければ、
何も気づくことはありませんでした。
気づかせてくれてありがとうございます。
もう一度頑張ります。

まだ未熟な私なので、独り善がりなことを言っていると思います。
こんな私ですが、これからもよろしくお願いします。
ハタさんのご活躍を、陰ながら応援しています。
ハタさんへ、ありがとうございます。




僕は
このメールを見たとき、
心からよかったなと
感じました。

そして、
つい、目頭が熱くなりました。

そういう気持ちを大切にしようとしてくれて、
その中で、
素直に温かい気持ちを
大切にしようとすることを
自分に教えてくれる。

結局、そんな皆さんに
救われているのは、誰よりも自分だったりします。

僕が今、
こうやっていられることは
全て。

皆さんの
一言一言に救われ、
そして、
たくさんの生きていてありがとうという気持ちを

僕が貰っているから、

そして、
それを僕はそんな気持ちを誰よりも大切にして欲しいから、

大切にしたいから。

みんなの笑顔がみれることが
自分の
生きている意味に変わっていること。

そんなみんなの一言が、
僕が僕であることを

その全ての人としての原点を
忘れないでと

そう、
教えてくれているんです。

僕は、ハタタケルであり続けるかぎり
この気持ちだけは忘れてはいけない

誰かが笑顔になってくれる為に生きられることを
大切にしてゆける人間でありつづけていたい。

そう胸に同じ様に抱くのと同時に、

僕はこの子はきっと大丈夫だと

そう
思いました。

大変なことで
苦しいことやうまくいかないことも
あるかもしれない。

でも、
この子は
ちゃんと前を向いて、謙虚になって

そして、

何が足りないのかを大切にしてゆける
人としての心の温かさをちゃんと持っているから。

そして、何よりも。

素直で優しい心をちゃんと、
その胸にしっかりと、持っているから。


どうか、
もっと素敵になってください。
そして、
幸せといえるあなたになっていって下さい。

僕は
そんなこの子に対して、
心からのエールと感謝を送りたいと思います。


どうもありがとう。






皆さんは
生まれてきたときから、
ずっとたくさんの人に愛されてきています。

一人一人の方がこの世界にいるように、
その一人一人を
少なからず、
大切に思う人がいる。

どんなに
それが奇麗事になってしまう時があったとしても、
僕はそれを
大切に出来る人間でいたいと

そう思います。


先日、
アトリエにいたら、
小学校の子供達がわらわらと
入ってきました。

黄色い帽子に
黄色いカバーをしたランドセル。

まさにぴかぴかの一年生☆
(メルマガにもこの内容は書きましたが 笑)

近くにいる、
いつもきてくれる男の子がどうも
連れて来てくれたようで
その子は、
入ってから
「このおにいちゃん、
すきなもの書いてくれるんだよ。
すごいんだよ。」

と得意げに話をしています。

そんな話を聞いているのかいないのか、

二人の女の子は、
目を真ん丸くして、
たくさんの話を僕にしてくれます。

「きれーーー。おにいちゃん、これ全部自分で作ったの?書いたの?」

「ねぇねぇ、私達海の中にいるよ。おぼれちゃうから泳がなくちゃ。」
(下は海でかいています。)

「ねぇ、おにいちゃんはいつもどんなゆめをみるの?」

「おにいちゃん、おにいちゃん。大きくなったら似顔絵をきれいにかいてくれる?」


んーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

かわいい。笑

ほんとに子供は素直で純粋で。
しかも、それがまっすぐで。

きらきら光った水辺のように
透き通った心のあり方や、
その視点や。

きれいなものやあたたかいものを
素直に言えるその気持ちが
本当に素敵で。


ただ触れているだけでも、
こっちが温かくなってしまうのは、
きっと僕が
本当に大切なものを忘れないでと
教えてもらえているからなんでしょうね。


また僕もこれからを
歩いてゆく上で、
こんな素敵な気持ちを忘れることなく、
そして、
皆がこんな温かい気持ちや、
夢をいつまでも大切に、
幸せといえる毎日を感じられる
ほんの少しでもいい
そのきっかけを創ってゆけることを
大切にしてゆきたいなぁ。



今、目の前にいる子供達は、
将来のこれからの人々の宝物。

目の前で力一杯生きている子供達を見ていて、
なんとも
ほほえましく、
また、
たくさんの太陽の光を身に浴びたような気持ちに
なりました。




今日も、ここまで
ながながと書いてきてしまいましたが、

結局、皆さんに届けたいのは

一つだけ。


皆さんの胸にある想いを
大切にして下さい。

夢も
希望も、
目的も
幸せも

願いも。

もしも
それが自分のためではなく、
誰かの為に向いたとしたら

それは
ちゃんと答えになります。

子供達が
純粋で温かい心を持つように、

何かをする上で、
生きる上で、

そんな温かい気持ちを持てるということは、

人を幸せにするだけではなく
一番に
自分を幸せにするもの、ですよね。


新しい始まりを迎えた
この4月。

どうか今年一年、

これからたくさんの笑顔が
あなたと一緒にありますように。


そして、これからも
たくさんの笑顔がありますように。

心より願っています。^^



さて、
ハタタケルも今月から
新しい企画が始まっています。

メルマガにも載せたのですが、

じゃらんにて
ハタタケルエッセイ連載が始まりました。

4/30号(5月号)、
5/30号(6月号)、6/30号(7月号)
と三回に分けて
お送りするものになりますが、

せっかくなので、
このエッセイは「旅」と「ハタタケル」とを
結びつけたエッセイにしようと思っています。

僕自身が
旅の中で見つけられた思い出や、
今の「ハタタケル」がいられることの意味、出逢い。
僕の大好きな場所や思い出の地。

などなど、
今まで僕が僕であるために
大切なものを言葉にして
綴ったものになっています。

たぶん、
今までの僕のものとは少し違う印象も
受けるかも知れませんが、
正真正銘
僕が書いていますのであしからず。(笑)

丁度、
今日発売になりますので、
皆さん、お近くの本屋さんででも
ご覧になってみて下さいね。

また、
こちらはたぶん、
関東版のじゃらんの連載だと思うのですが...。


ただ、
インターネットからも
地方の人は注文できますので、
どうぞご活用下さいね。

あ、
注意点ですが、
じゃらんは月二回発行されています。
5/15、6/15日、7/15日発売のものには
連載されていませんので、
ご了承くださいね。

どうぞよろしくお願いします。


また、
今月からファミリーマートのプリントスポット
(通称Famiポートといいます)にて
ハタタケル作品の引き出しサービスが本格的に始まります☆

情報誌に関しては、
今月から“第一号”としてハタタケル詩集連載が始まるんですね。

こちらも、
今までとは全く違う作風の、
ホントの意味でのハタタケル「詩集」です。

恋愛や、
想い、
培っている気持ち。

そんな常々を
現したとても繊細で
心が温かなったり
せつなくなったり。

そんな気持ちを大切にした
詩集になっています。

これもこれから月末に
定期的に出てゆきますので、
きっと皆さんにとっての楽しみに変わってくれると
思っています。
値段的にも一枚300円というリーズナブルという
お値段でできるので、僕も安心です 笑


そして、作品の書き下ろし引き出しサービスにおいても
色合い、質、構成等、更にクオリティの高い作品の
購入が可能となりました。


ちょっとここでホントのことを
いいますとね、
実はですね。

本当でしたら、
ファミリーマートさんから聞かせて頂く前に
僕はこの企画のお話を頂いた時、

僕は一度、
お断りしようと
思ったんです。


なぜなら、
心を込めて書いている僕の作品が
ただの紙っぺら一枚で
プリントされて出てくることに対して
僕は

良いとは思いませんでした。

これはお金云々かんぬんの
問題ではなく、
僕の作品への想いや、
気持ちの問題です。

そんな風に取り扱われることに
ものすごく抵抗がありました。


しかし、
ファミリーマートの担当の方の熱意に
心を動かされました。

この方は、
とても熱く、そして、
何よりも皆が幸せになって欲しいという
温かい心を誰よりも持っている方でした。

全国のハタサンの元にこれない人のためにも
このサービスを提供してあげたい。

そして、何よりも
いつも頑張ってくれているファミリーマートの
オーナーさん達にたくさんの元気を
与えたい。

そういってくれたこの人の目は
嘘をついてなかった。


そう思ったとき、
僕はこの話を受けることにしました。

そして、

アトリエとかで直接書いて差し上げられるのが
一番なのですが、
地方の方のためのものであるのなら、
また、

本当に僕の作品を大切にしてくれる人であれば。

きっと
ここでまた喜んでくれる人が
いるのではないか。

そう思ったのです。


しかし、
僕の中で
一つだけそれをやる上で
譲って欲しくない条件が一つだけありました。


それは、
「作品としての質」を
落とさないで欲しい

ということでした。


仮にも、
一作品1000円という形で
皆さんに引き出して頂くものです。

僕は、
それに対して、
それならば、
僕の作品。

書いたものと同じものは無理にしても、
それをなるべく損なわないものに
してもらいたいと
思いました。


それから、
かなり出力に関して、
関係者の皆さんが相当苦労して下さって、
僕の意図を汲んでくださって、

あの形で引き出せるように
なったのです。


しかし
前回の作品を引き出しましたが、
まだ色が良くない。

僕としては
もう一度、
検討し、再度調整して欲しい。

そう伝え、
その結果、
今月の形の出力が可能となりました。


色々と裏舞台があるでしょ?
どんな業界もそうだと思うのですが、
それが形になって
世の中にでるまで、
ものすごい苦労と努力
そして、
様々な葛藤があって
それを乗り越えた先に

出てゆくものです。

ハタタケルの今まで出たものも
全てそうですし、

そして、
このプリントスポットのサービスに関しても

同じことが言えます。


どうぞみなさん、

こちらもより良く使って
ご愛顧してあげて下さいね。


皆さんにとって
この端末が違った意味での
愛しさを生んでくれる
端末に、
そして、
ハタタケルの作品に
変わってくれたら何よりです。



またこれからも
皆さんにとって喜んでもらえるものを
少しでも
もらってもらえるように、
頑張りますので、
どうぞみなさん、
これからも
よろしくお願いしますね☆


このプリントスポット連載は
毎月、月初めにその月号として
更新されます。




そして
また、
5月の月末には
また新しい企画がたくさんあります。

どうぞ皆さん、
こちらもお楽しみにしていて下さいね!


あ、
それと、以前言っていたハタタケル綿棒なのですが、
現在、
九州、大阪、静岡など西日本全般の
ドラッグストアには置かれています。

この綿棒の会社が大阪な為に、
関東にくるまで流通元として
少し時間が掛かるそうですが
(アトリエでは現在置かせてもらっています。)

またこちらも、
ちゃんと関東県内での販売場所が
確定してから
インフォに載せてゆきたいと思っていますので
どうぞみなさん
こちらに関しても楽しみにお待ち下さいね。



もう4月も終わり、
来月で5月。

梅雨の時期がはじまると、
アジサイが
咲き乱れる季節になりますね。

僕にとっても始まりの季節。
(じゃらんを見てくれた方はわかりますよね 笑)

またこれからが楽しみですね。

そして、
丁度この今年の6月。

また皆さんとこれからも
たくさんの笑顔を創ってゆけますような
大きな企画に向けて
現在進行しています。

皆さんとこれからもずっと一緒に
笑ってゆけますように。


そんな皆さんと
出逢い、
共に歩ける今を
心より幸せに思います。


皆さん、
いつも本当にどうもありがとう。


皆さんの中にいつも陽だまりがありますように。

そして、
僕の中にいつも
皆さんの笑顔がありますように。

これからも皆さんと
会えることを楽しみにしています。


それでは、みなさん、
今月はここで。

なんだかものすごく
長くなってしまったような気がしますけれど、
許してあげて下さい。笑


皆さん、
どうもありがとう。

それでは、皆さん。

また来月お会いしましょう!























































電車のプラットホームから遠くを見ると、
一人、教室で残ってバレーを練習している
子供がいた。


その子は、
鏡に向かって、誰に頼ることなく、
ただただ一生懸命
踊っていた。


いつから人は
忘れるようになってしまうんだろう。


ただ想いを大切に出来る気持ち。

ただ。
胸に秘める熱い想いを大切にしたいという
そんな、気持ち。


大人になるということは
姿形が大きくなるということではなく、

子供のとき抱いていた想いを
叶えられる人になる
ということ。

その形は
人それぞれであっても、
その想い一つ一つが胸に光りつづけられる限り、

その気持ちはきっと、
また子供達にも
伝えられる心に変わってゆけるんだろう。


あなたの中に昔咲いた想いは
今、どこにありますか?

あなたの中にある花は
あなたの顔を見てちゃんと
微笑んでいますか?


いつの日も
あなたがあなたという
太陽に向かって咲いていられるヒマワリでありますように。

どんな時でも
あなたが明日を信じ、自分の気持ちに偽ることなく、
笑っていられるてるてる坊主でありますように。


そんなあなたがいる限り。
また必ず新しい明日はやってくる。

子供が明日をたくさんの夢を見て
眠りにつくように。

あなたもまた、
胸の中にはきっと。

かけがえのないあなただけの熱い思いが、
この世界に生まれたときから


ずっとずっと、

咲いているのだから。
(2005.04.30)
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