2005年05月の日記

そばにあなたがいるから。



季節も6月を迎えようとしていますね。
気付くと、もう今年も半分が過ぎようとしているのを
知ると、なんだかとても早いようで。

とても変な感じがしますねー。




皆さん、
こんにちは。
癒し人 ハタタケルです。

最近ですね、
色々と忙しい日々が続いていまして、
なかなかアトリエに顔を出せないことが
多くて、
来てくれている皆さんには
とても申し訳なく思っています。

そんなこんなで
月記も実は
今日の今日(31日)
書いていたりしますが 笑

やらなければいけないことが
多くなると、
どうしても後で出来ることは
後回しになってゆくのが
現状だったりして。

また
そんな日々の中で
いそいそと歩いていたりする
最近のハタサンです。


さてさて、
いつもはですね、
アトリエで書いていたり、
自宅で書いていたりするのですが、
今日は、
気分をちょっと変えて、
近くの喫茶店で月記を綴っています。


この喫茶店、
編集者の人との打ち合わせにもよく
使う場所で
結構、シックな感じの店内がお気に入りなんですねー。

ここの名前が
「まりも」というのですが、
その字のとおり、
まりもに由来した喫茶店らしく、
その内容が伝票の裏に記載されていたりします。
(でもまりもはいない 笑)

どれどれ。

「まりもはゆっくりとその形状を
光合成によって大きくしてゆき
直径30センチになるまでには
2〜3百年かかるといわれていると言われています。
当店も末永く可愛がって頂き、皆様の良き憩いの場と
なりますよう努力いたしますのでよろしく。  店主」

ふむふむ。

んー、なんだか
この店長の
気さくな人柄を表しているような終わり方もいい。

ということで、
何かあるたびに
僕はここに来るようになりました。
マリモに興味が出たのもそうですが。


そんなわけで、
今月の月記はですね、
いつもとは少し雰囲気を変えて
ちょぴっと僕のプライベートのことも含めて
憩いの場所
ということについて
書いてみたいと想います。




皆さんにとって
憩いの場所はありますか?

先日
とある本を見ていたら、
こんなことを書かれている作家さんが
いらっしゃいました。

「自分にとってのお気に入りの
場所を持つことは、
自分の人生を大切にすることと
同じだ。」

つまり、
その人いわく
誰にも干渉されないという空間は
人間誰もが必要だという。

人は孤独になりたくないと
いいながらも、
どこかで一人の時間を持つことを
求めていたりすることが
あるというから
面白いものですが、

考えて見れば
誰もが抱いている想いの中には
自分という存在があるのだから
それはそれで
必要なことなのかもしれません。

そんな僕にとっての
最近の一番憩いの場所はですね、
家の近くの神社だったりします。

この神社は
家から歩けばほんの数秒のところにある
神社なのですが、
この神社はここに引っ越してきたときから
好きでした。

まず、
この中の風がいい。

風の中を泳ぐという感覚、
皆さんは感じたことがありますか?

この場所はまさにそのような
空気が流れている場所で

僕は何か考え事があったり、
ふと、
自分の気持ちを向き合いたくなったとき、
(そうでなくてもですが)
必ずここに立ち寄ります。

そうすると、
ここの中に入ったとき
不思議なのですが、
自分の周りに吹く風が
変わるんです。

ふと外界から
隔離されるというか、
風の色が変わるというか。

一歩足を踏み入れると、
せわしい日常が急に
なくなるんですね。

そして、
この神社は決して広くなく、
(これがまたいい)
入ってすぐに店内が一望できる
大きさなのですが、

この中にはですね
大きな木が3本
立っています。

僕はその木々が大好きで
僕は境内に入ると、
必ずその木々達にぺたぺたと触れては
「こんにちは」と挨拶します
(もちろん言葉を出して) 笑


その木々達もですね、
風が吹くのと同時に、
葉をそよそよと揺らし、
そして、
その風に僕は
優しさを与えてくれているような
感じがして

それが
僕に「こんにちは」と
語りかけてくれるような気がして
尚更この場所が好きになりました。


僕にとって
木と触れ合えるということは
とても大切な時間です。

よく木を抱きしめていたりしますが
(周りから見たらかなり怪しい 笑)

僕が長野県の野山で育ったというのも
あるのかもしれませんが、
木と触れ合えることは
自分にとって
大きく呼吸ができるような

そんな気持ちになります。


僕はこの葉々がそよぐ音や
雰囲気は
僕は決して人には作れないと
思っています。


もちろん、
神社は人の手によって
建てられているものですが、

やはり人は
自然と共に生きてこそ、
人としての
原点に還れるのではないかと

思うんですね。


生きている優しさを感じること、
温かさにふれられること
そして、
心で接することが出来ること。

そんな心の温かさを感じられるということが
生きる上での原点に
還ることであり、
自然に触れたとき、
しぜんにそれができるようになることだと
想っているのですが、


あるとき
ふと思ったんです。


でも、どうして
こうやって
神社が残っているんだろうと。


皆さんは不思議に感じたことは
ありませんか?


なぜ、
世の中には排他されるものと
皆に支持されるものがあるのか。

もちろん、
一般的に見て
日常の中で必要なものとそうでないもの
いいものといけないもの違いなどをあげるのならば
それはわかりますし、
その区分けはそんなに難しいことではないように思えますが、

ふとした
日常の中にあるもので
そういえば、というものって
結構あるものです。


神社なんかはとくにそうで、
僕は
何かの信仰があるわけでは
ないですし、
神社に寄付をしているかというと
そうでもありません。
(もちろん寄付されている方は
たくさんいらっしゃると思いますが)

でも、
神社は今
こうやって残っていますし、
僕は
なぜか自ずといつも足を向けては
お参りしたくなります。


もちろん、
表面には出ていない
色々な現状もあるとは
思うのですが、

僕にとって
「またここに来たい」
と思わさせてくれるのが
この神社で、

そう考えた時、
僕は
そこにはある意味、
人は
知らず知らずの内に
良いものや良い場所を

「残しているのではないか」と

思ったのです。



「人と共にある」ということ。

良いものは
自然と残ってゆくように

良いものとは
僕は
人がそれを知らず知らずの内に
「選んでいる」ということ。

それが
結果として
残っていくことに変わる。

そこには
僕は
言い換えれば、
いい気が流れているということ
なんだと
思っています。

でも、
実は
このニュアンスは
生きてゆく上でとても大切なことだと
僕は思うんですね。



温かい想いがある場所には
温かい想いが集まり、

でも、
暗い場所には
湿気やじめっとしたものが
多くなり。

その一つ一つを
考えると僕は
それは人の心の中にも
同じ事がいえるのではないかと
想っています。


僕は皆さんに
よく聞かれることがあります。

「ハタサンは色々な人の悩みを聞いてくれますけれど、
ハタサンの悩みはどうしているんですか?」

実はですね、
そういうことを初めて聞かれたとき
ふとそういうことを考えたことがなかったことを
自分の事ながら
不思議に想ったことを憶えています。

悩みを考えないのではなく、
そういう考え方をしたことが
今までなかったんですね。

皆さんにそれを
言われて初めて、
気が付いたことでもありました。

なんでだろうと
考えてみた時、

僕は悩みを聞いていると想っていたのではなく、

その人の心に触れていると
想っていた。

それは、
ある意味、
自分にとって、
その人から
生きる意味や元気をもらっているようなものだったんです。


人は一番
何に元気をもらえると
皆さんは想うでしょう。

そのあり方はそれぞれあると
思いますが、

僕は、
その一番の元気は
「人に触れること」だと
想っています。


もちろん、
世の中には様々な人がいますし、
様々な人一人一人に触れることをすると、
たくさんのエネルギーを使うこともありますし、
逆に
自分にとって合う人、合わない人がいるのも人間です。
仕事とかで
合いたくない人にも合わなくちゃいけないとなると
尚更なのでしょうが


でも、
ふとした何気ない中で出会った想いに触れられて
心が温かくなったことや

見知らぬ誰かの笑顔に触れられて、
少し心が軽くなったこと

皆さんはありませんか?

それが、
心に触れるという
想いであり、

それが人が人として
生きる上で何よりも大切な
在り方ではないかと
想うんですね。

それはあくまで
「出逢う」ということでしか
わからないものです。


先日もですね、
ちょっとアトリエにこもって
作品を書いていたことがありました。

そんな時、
間違って入ってきてくれた(笑)
とある一組のカップルがいました。

その人たちは
特別に何をいうのではなく、
ただ屈託ない笑顔で笑ってくれた。

とてもあたたかい心のある二人で
僕は
そのとき
二人が帰った後、
とても心持ちが軽くなりました。

自分では気が付いていなかったのですが、
やっぱり自分の中で
ちょっと張り詰めていたんでしょうね。

でも、
その人たちが出逢ってくれたことで、
僕はまた
その日を
頑張ることができました。


それは、
さっきの言う
心の温かさに伴うものだと
僕は想うのです。

心有る想いを
大切にしている人にふれると
心有る想いを大切にしようと
思えるし、

それは、
逆も然りで。

そういうものは
後々に残ってゆくし、
そこに
人としての大切な何かが
あるのだと想うのです。


皆さんも
人という文字を書くとき、
棒と棒が支えあって人という文字が
出来ているということを
聞いたことがあると想うのですが、

言い方を変えると、
棒と棒が寄り添って求め合って
初めて「人」という文字が
できていることでもあると想うんですよね。


僕も同じように皆と同じ一人の人間で、
皆と同じように人に支えられて生きています。

僕が元気がないときも
その人に触れられることで
実は何気ない元気をもらえていたり、

逆に
自分が元気があるときは
その人に元気を与えることができたり。


それは
僕が何よりも人と触れられることで
救われていることなんだと想っていることでも
あります。

だからこそ、
僕は
誰かと共に生きているということを
誰よりも大切にしたいと想うし、

そういう人間としての
心を大切に出来る人でありたくて、

ここまで歩いてきたような
気がします。



そんな皆にとっての憩いの場に
なれることが
僕の幸せであり、
皆が僕の
憩いの場になってもらえていることが
僕の幸せでもあり。

それは、
やっぱり、
そこに人がいて初めて
交わせる心に繋がることを知ると、

神社や
人が良いと想ったものが
残ってゆく理由がわかるような気がします。

人と共に生きることを
大切に出来ている自然のように、
神社のように、

僕も
皆と共に在ることを
自然に大切にできる人でありたい。


そんなことを
想って、今日もまた僕も歩いています。

なかなか
今日は語るに終わっていますが 笑

また皆さんと一緒にたくさんの笑顔を
創ってゆけることが
何よりも楽しみです。


今、
また皆が喜んでもらえるようなことを
創れるよう、一つ一つ頑張っていますので、
どうぞ皆さん、
これからも楽しみにしていてくださいねー。



さぁ、
そんなこんなで
また来月からも色々と
新しいものが始まっています。

丁度
明日には
じゃらんの連載2回目の
エッセイがでます。

こちらは
僕の故郷でふれた想いについて
語っています。

この場所は
ホントに素敵なところで、
僕にとってとても
お気に入りのスポットです。

もしも
じゃらんをご覧になった方は
どうぞ遊びに行って見てください。

夏でも秋でも
かなり素晴らしい場所ですから。
(どこなのかは見るまで内緒にしておきますね 笑)

また
今月の
ファミリーマートのプリントスポットの
作品も
6月6日(月)に更新されます。

このプリントスポットサービス、
実は皆さんに伝え忘れていたのですが、(ごめんなさい)笑

毎月「第一月曜日」に
更新されるようになっています。


また今月の
作品も情報誌の詩も
力を入れて書いていますので、
どうぞ皆さん、
引きだして
ご覧になってみてくださいね。
(ちょっと引き出すのに時間がかかってしまうのに
 問題があるのですが...)


また、
来月の11日まで
ハタタケルメッセージカード付きの
父の日のプレゼントも
ファミリーマートで取り扱っています。

皆さん、
なかなかお父さんに普段
ありがとうといえないこと
多いと想いますが、
こんなときには
さりげなく贈ってあげるのも一つの手かもしれませんね。

どうぞ皆さん、
使ってあげてくださいね。





そして、
また7月より
色々と新しいものが
始まってゆきます。

どうぞ皆さん、
こちらもお楽しみにして
待っていて下さいね。^^

僕も頑張ります☆




これから
もう雨季の季節ですねー。

雨は時に
嫌な気持ちにもなりますけれど、
時に
その人の心をなでてくれることもあり、
時々、
雨を見ていて、僕はしんみりと
笑顔になったりもします。


雨の降らない場所があることを
想うと、
なんだかこういう四季が日本に
あるということ、

また、
僕達が接することができている
この日本という大地の上で
生きていられるということは

とても幸せなことなのかも
しれませんね。


皆さん、
また来月もどうぞ
素敵な一ヶ月を過ごして下さいね。

そして、
大変だったとしても、
その中にある
幸せをどうぞ大切にされてくださいね。

まー
今月の月記は
なんだかとりとめも無い感じに
なってしまったような気がしないでもないんですが 笑

ではでは
皆さん、
今月はこんなところで。


皆さん、
いつもどうもありがとう!


また来月に
お会いできること、
楽しみにしていますね。^^











































































人はふと、
気が付くと描いている。

心の中で笑ってくれている誰かを。

心の中で支えてくれている誰かを。


時々、人と共にあることに
心痛くなるのは
見ないふりをしているからなのではなく、

大切な人の痛みを
変わってあげられない苦しみを
憶えることがあるから。


時々、
誰かの笑顔を見ることが
辛くなるのは
後ろめたいからなのではなく、

その笑顔が自分を
心配させないための笑顔であることを
知ることがあるから。



人は気が付くと、
自分のこと以上に
大切に想う人がいて、

その度に
人は知るのだ。


あなたと共に生きていることが
こんなにも
素晴らしいのだと。

そういえる誰かに
出逢えたのなら、
あなたはそれだけで
幸せものだ。





人が誰かのために
強くなれる存在なのであれば、

僕は誰かのために
今を生きられる存在でありたい。



遠く流れ行く雲の先に
また違う誰かの笑顔があるように

また違う誰かの笑顔に出逢えて行ける
そんな自分でありたい。



今日もまた、
新しい命が生まれ、
一つの命が消えてゆく。

そんな儚き今を
生きる僕らは

だからこそ、


限りある今日を

あなたのそばで
微笑むことを

誰よりも大切にしたいと
願い、

そして、

だからこそ。



あなたがそばに
いてくれることに

誰よりも
感謝できる人にも、


なってゆけるのだから。
(2005.05.31)
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