2005年06月の日記

あの日、僕はあなたに恋をした。




さんさんと降り注ぐ太陽の日差しの中
てくてくと散歩道を歩いていると、

気が付くとどこか遠くで
せみの鳴き声が聞こえる。




ああ、
もう気が付くと夏なんだなぁー



またそんなことを想っては
今年も夏がやってきたことを
感じるこのごろです。

皆さん、
こんにちは。

癒し人 ハタタケルです。

さぁ、
今月の月記の時間になりましたよー☆



もう早いもので6月も終わり
7月に入るこの季節になりましたね。

皆さん、
せみの声は聞きましたか?
僕ははじめ
自分の耳を疑いました。


でも、
遠くで聞こえるのは
たしかにいつも夏が来ると聞こえるあの声。


まだ季節は6月なのに
と想っていても
もう夏の訪れはそこまで来ていたんですね。



先日ですね、
たまたまマンションのベランダで
外を見てぼーっとしていたとき、
目の前を何かがかすめました。


なんだろうと思い
振り返ってみると
なんとそこには
大空を自由に舞うトンボ。


おいおいおいー

トンボ君、あんたの出番はまだ先じゃないの?

あ、もしかして
間違えて出てきちゃった?

と、目の前に止まっているトンボ君に
笑いながら話し掛けました。


なんだか6月に見るトンボなんて
今まで無かったので、
ちょっとびっくりな
でも、
ちょっといち早く、
皆が触れていない新しい季節の香りを
独り占めできたような

そんなことを胸に感じては
ケラケラと笑ってしまいました。


また季節を新しく迎えると
懐かしい感じよりも
なぜだか
すごく近くに感じるのは
なんでだろうと想います。

季節はいつも巡り巡っていて
あっという間に月日が流れて。
気が付くと
一年経っている。

その一年は実はとても遠い昔のことなのに
「よ、元気してた?」
と片手をあげて
挨拶してしまいたくなるような

全然昔のことのように感じがしませんよね。


そう想ったときに、
あ、それは
季節と人間は友達だからだ


想ったんですね。


人間は皆、
季節と一緒に今を生きて、
季節と一緒に年を重ねてゆく。

それは
気が付くといつも
当たり前のように僕達の
周りに存在しているけれど、
めくるめくときの中では
それを実感している暇が人間には
ないことの方が多い気がします。

そうやっている僕達の中にも
近くにいてくれるもっとも
身近な存在でもあるものが
季節なんだと想ったとき、

僕達にとって
季節を共に迎えられることは
とても自然なことであり、
そして、
とても親しみのあることなんだと
想ったんです。

それは
とても仲の良い友達とよく似ている。

仲の良い友達や
気心の知れた仲間は
多分どんなに時を経ても
会わなくても

会ってしまえば
すぐに当時の自分達に戻れる。

そんな感覚は
何かを愛することが出来る人という人の心であり、

また、そんな感覚を
大切に出来るから

人はまた
新しい季節を迎える喜びを
大切にもできる人にもなってゆけるのでしょうね。

僕は
そんなことをふらふらと考えながら

また夏を迎えられる喜びを
感じています。






さてさて
前置きが長くなりましたが、
今月は何について語ろうかなぁと
想ったときにですね、
今月のメルマガについて
皆さんからの声を色々と頂いたのですが、
結構反響がありました。



なので、
今月の月記は
今回のメルマガの内容をもうちょっと
掘り下げて綴ってみても面白いかなぁと
想ったので

そのことについて
語ってみたいと想います。



「7月が来ると僕は七夕のことについて考えます。」


皆さん、
七夕というと何を思い浮かべますか?

願いを架ける日、
願いが叶う日。

短冊に想いを込める日、
天の川を見る日。

....と人それぞれの取り方、
捕らえ方があると想います。


僕は
子供の頃、この七夕について
正直よくわかっていませんでした。

「笹の葉に短冊を吊るして
そこに願い事を書いて飾ると
願い事が叶うんだよ。」

「ふーーん。」

ただ、
それを聞いていて、
それを疑問に想うのでもなく
素直に
願い事を書いていただけ。


ただ、
それだけでした。

今想うと、子供の時の願い事って
とても純粋に自分の欲望を満たす内容なんですよねー 
僕は
昔、「あれがほしい、これがほしい」と
かなり欲張って短冊に言葉を書いていたように
思えます。

(それはそれでとてもかわいいのだけれど 笑)


今でも
七夕の時期になると、
街頭でたくさんの人の願いのこもった短冊をぶら下げた
ささの葉が置いてあるのを見ると、
神様も大変だなぁって
想いますが、

ふとある時、
七夕に対しての
意味を聞くことがありました。

それが皆さんも知っている
織姫と彦星の話しでした。

皆さんは
織姫と彦星の話をご存知ですよね。

織姫と彦星が恋をして
一緒に結ばれることを考えていたけれど、
お互いの家(?)の確執に会い
結局、結ばれることが許されなかった。

でも、
年に一回
一度だけこの日に
逢うことを許された。

そこに天の川が流れている

...と、
そんなお話。


そして、
だからこの日に
願い事を架けると
二人がこの日だけは逢うことを
許されたように

この日だけは
願い事が叶うと

言われたということです。



なぜ7月7日なのかとか
彦星と織姫はその後どうなってしまったの?
とか
なぜ短冊をささの葉にぶら下げる必要があるの?
とかとか

考え出したらきりがなくなりそうな
素朴な疑問を
聞いたことがなかったまま

あるがままを受け入れて
すくすくと
いつのまにか大人になっていた僕なのですが 笑


いつ頃かは覚えていないのですが、
僕は当時、
その話を聞いたときに
とても悲しい話だなぁと
想ったことだけは
よく憶えています。


だって、
ほんとは一緒にいたかったのに
そばで同じ時を過ごしていきたかっただろうに
それができなかったのだからね。

なんて
かわいそうな物語なんだろうと

そう感じていました。



皆さんは
どうでしょうか。


恋愛に限らずでもそうなのですが、
今までそういった経験をしたこと
少なからずあるのではないでしょうか。


一人一人に歴史や物語があるように、
あなたにしかない
わからない
物語や出逢いがある。
そして、

別れがある。



時として、
それはとても幸せで
そして、
とても
辛いものです。

自分ひとりでそのすべてを抱えなければ
いけない。
抱えて生きてゆかなければいけない。


それは
ちょいっとした
自分にしかわからない
秘密基地のような
宝物のような


そんな想いを
心に秘めて生きていることも
皆さんあることでしょう。


でも、
それが
実は喜びではなく
痛みだったとしたら
それはとてつもなく重い
「枷」にも変わってしまうものでもあります。


そう考えた時
人が生きるということには
なんて色々な大変なことが
付きまとうのだろうと
つい
悲観的にもなってしまいそうにも
なりますが


その背負ってきた歴史も含めて
初めて
その人の人生を語れるようになれるのならば
そこに
少なくとも
自分が生まれてきた意味を
見つけられるときがくるような

そんな気持ちにもなります。



先日
自分にとって
大切な人のおばあさんが
亡くなりました。

その人は
ずっと家族の皆で
おばあちゃんを見守って
そして、
見取ったということでした。

その人は
おばあちゃんがなくなったことを
今でもどこかで
それを信じられないような
なにかドラマをみているような
そんな
気持ちになるといっていました。

そして
その人は
続けてこうも言いました。

「おばあちゃんの葬式があったときにね、
 おばあちゃんがどんな人生を歩いてきたのか
 それを回りの親族の方が教えてくれて
 初めてわかったことがたくさんあった」って。


その方のおばあちゃんは
とても若いときに苦労されてきたというのです。

女で一つで
3人の子供を育て、
立派に成人させた。

すごくわがままなばあちゃんだったけれど、
そんなおばあちゃんがずっと大好きだったし、
そして、
そんなおばあちゃんが自分で語ることなく
私を育ててくれたことを知って
あらためておばあちゃんに感謝したくなった

そういって
涙をこぼしていました。

僕は
それを聞いたときに、
その方のおばあちゃんも
その人も
すごいなと
心より想いました。


人に自分がどれだけ大変だったのか
大変なのか

それを語ることはいくらでも
できます。

でも、
そうではなく
自分の胸に抱えたまま
今を歩くことを選ぶことは
それは
誰よりも周りの人が大切だから
そして、
自分の人生を語るのは
自分ではなく
周りにいてくれる人たちだと

どこか胸の中で知っているから
なんだと
僕は想うのです。


そして、
その子も
そのおばあちゃんも言葉には出して
どれだけ大変だったかを語るのではなく
それをそっと
胸にしまいこませて
今を頑張って生きている。

生きてきた。



僕はそれを感じると
一人の人間として
とても誇りに想うような気持ちになりました。

もちろん、
分け合った方が楽になることもあります。
それが
人間の素晴らしさだし、
それが
そばにいてくれる誰かを「大切」といえる
そんな想いにも
変わることもあるでしょう。

でも、
最後には人間はやっぱり
何かしらの形で
何かしらの思いを自分の中で受け止めて
歩くことが必要になるのだと
思います。

それはマイナスないい方や見方なのではなく、
それを知るからこそ、
生きるということへの
前向きさや術が生まれるのではないか

僕はそう想うのです。






話が少しずれましたが


今僕は
昔の幼かった頃の自分に比べて

様々な経験をし、
出会いと別れの
喜びと痛みを感じ
そして、
色々な人の話を聞いていくうちに

改めて
今日の七夕ということを
考えてみたんです。


そうやって考えてみた時、
僕は
この話にもう一度触れてみたとき
このお話は
悲しい話ではなく
幸せな話なんだと

僕は感じました。



人にとっての
「別れ」
とは

どのように起こるのでしょうか。

実際に
大好きな人と別れてしまったときでしょうか。

それとも、
その人が死んでしまったとき、
自分が死んでしまったとき

なのでしょうか。


僕は
昔、そう考えていました。

そして、
僕は大好きな人を失い
別れを経験するたびに
涙を流して
そして
ひび割れた心を一生懸命取り繕うように
自分に
言い聞かせてきました。


「人生はこういうものだ」

「別れがあるから出会いがあるんだ」



それは
ある意味、
自分がどうしようもなく
受け止めたくなくても
受け止めなければいけない
「現実」から
なんとか逃げる術
答えを見つける術を

必死に探しあぐっていたようにも
思えます。


今でも
もしも
自分の大切な誰かが
いなくなってしまったとき、
きっと
僕は苦しむでしょう。

寂しさも昔と同じように感じるだろうし、
涙を流すこともためらわないでしょう。


でも、
一つだけ
様々な思いを通して
歩いてきた僕の中には
昔の僕にはなかった答えが
今の胸の中にはあります。




「本当に出逢えたものには別れはこない。」


誰かと別れるというものは
ある意味、
人生を生きている僕達から見たときに
回避不可能なものに思えます。

もちろん、
もしかしたら
「ああすればよかったのではないか」
「なんであんなことをしてしまったのだろう」

過去に対して悔やむことや
もしもそれをやっていたら
避けられたかもしれないこともたくさんあります。

でも、
それも含めて
全ての人生が成り立っていると知るとき、
それは
「避けられることができなかったこと」
という
ある意味、あきらめにもにた納得が
自分の中に
生まれてくることがあります。

しかし、
このあきらめという言葉は
ネガティブな言葉なのではなく、
生きることへの
前向きさを生むような

自分の中に生まれた
腑に落ちた一つの
納得という形なのだと
想うのです。

そこにたどり着くために
人は今に沢山の思いを馳せて
生きているのではないだろうか

そんなことを
想ったりもするのです。



ただ、
もしも、
そうだとしても。

その流れは逆らえないものだったとしても
逆らえないものだとしても。

自分の気持ちまでは
何ものにも変えらないのだ

と気づけたとき、

僕は
別れという意味合いに対して
捕らえ方が変わりました。

別れが変わるのではなく、
その事実は変わらないとしても
その
自分に対しての
意味が変わるということ。


僕はそれを
知ったとき
とても目の前が開けました。



忘れようとする必要はない。
好きなら好きでいいし、
嫌いなら嫌いでいい。

たくさんの言葉を投げかけても
答えてくれないのであれば、
それは
相手を想う心として
自分の中にもっておけばいい。


別れとは
現実のものをいうのではないのです。
別れとは
自分の心の中の状態をいうのでないか。


僕は
自分が今まで沢山の別れに
直面してきたとき、

いつのまにか
こんな思いを大切に出来るようになりました。

そうした時、
ふっと
心の中が軽くなったことを憶えています。

それは
恋であれ、
友達であれ、
出来事であれ。

その全てに
僕は「自分が自分に対して」
わがままをいうことを
認めさせました。

それが
僕にとっては
大切な前進になったのです。





別れに対して
こうしなければいけない
こうしとけばよかった

そう想うことは
たくさんあるかもしれません。

でも、
僕はそうは
今は想いません。

あるがままで
生きることを大切にし、
あるがままの流れの中で
今を歩き、
そして、

あるがままの相手を
見つめる。


その結果、
もしも
その答えが
別れに繋がるのであれば、

それはそれで
僕にとっての答えになっているのだと
想うのです。


そして、
例えその相手がどう想うのであれ、
大切なのは
「相手」がどう想っている
ということではなく、
「自分」がどう想っているのか。

それを素直に感じ
そして、
そっと一人
胸の中で
それを大切にする。

そうできた時、
それは僕だけの
大切な宝物になります。

僕が今を生きていることへの
かけがえのない
足跡を残す歴史になってゆきます。

僕が今を生きることは、
自分の中でもう一人の自分と一緒に歩くこと。

それを感じられるから
僕は今をただ単純に
大切にしたい

という想いを辿ることをやめないのかも
しれません。




きっと皆さんにも
自分にしかない
胸の想いがたくさんあることでしょう。

もしかしたら
それは
そっと触れずに遠くから眺めていたい
昔のくすぐったい思い出という宝物かもしれません。

それとも、
人には触れてほしくも無い
自分だけの忘れられない痛みかもしれません。

人は
たくさんのものを背負って今を生きています。

それは
あなただけだということはどこにも無く、

皆が皆
そういうことを抱えながら生きている。

それが
僕は人が生きるということなんだと想います。


今は
それをそっと胸の中に収めておいたとしても、
いつか
あなたにとって大切といえる
誰かが出来た時、
もしくは
そんな人がそばにいてくれる時。

そっと
自分の胸に収めている宝物を
相手と一緒に共有できるようになれたら

素敵ですね。

今まで歩いてきた人生の遍歴に
触れ合えることは
お互いの存在に対して
認め合うこと
喜び合えること。

そうできる
人間という生き物は
とても不思議だなぁと
常々想います。





彦星と織姫は
年に一度
7月7日にだけ会えます。

そして、
その日は終わるのではなく、
この世界が続く限り、
永遠に続いてゆきます。

この世界とは
人々が築く世界

そして、
今ここに
大地があって地球があって
そして、

宇宙がある。

そんな全ての
世界。


そこに
二人にとっての別れはない、



そう想いませんか。


お互いに交わした想いが
この世界の全てになるのですから。






僕は
この7月7日という日を迎える度
この胸で受け止めて、

出逢ってきた様々な想いや

たくさんの胸に浮かぶ様々な人の顔や心に

そっと、

問い掛けるんです。



「あなたは今、元気に笑っていますか?」
















さー
今月も長々と語ってしまいましたが、
いかがだったでしょうか。

またここで、
皆さんのお一人お一人が
感じたことそのものが
きっと

皆さんだけの
言葉に代わるんですね。


皆さんの声が一つ一つ
誰かの心の中に
届きますように。

また来月も
楽しみにしててくださいねー。







また
これから7月を迎えます。

僕もこの7月は今まで以上に忙しい月に
なりそうです。

現在、
皆さんも見てくださっていると
想うのですが、
アトリエで皆さんにお会いできない日が
続いています。


僕自身
そのとき何をしているのかと
皆さん疑問になる方も多いと想うのですが 
( 別にサボっているわけではないのですよーー 笑)



今現在、
様々なところでのイベントや
講演を行っています。
(こちらはだいたいお呼ばれしていきますので、
 一般的に公開されているものとは違います。
 (一般的に公開してやるものに関してはちゃんとインフォにて
  載せますので、ご心配なく。))



また
様々な原稿や締め切りに追われていまして、
これから皆さんも楽しみにしていて
ほしいのですが、
色々なものが出てゆきます。

また
各分野においての活動が
広がるにつれて
どうしても僕自身が体一つの分、
なかなか皆さんにお会いできる時間が
限られてきてしまうことが
現状です。

それを
埋めるために今現在
ある大きなプロジェクトも
動いています。

自分自身が
今後沢山の活動をしてゆく中で
皆さんとの
距離がなるべく遠くならないように
皆さんと共にこの今を
「一緒」に
歩んでいけるように。

そんな場所を創っている最中です。


どうぞ皆さん、
これからを楽しみにしていてください。

また僕も
そんな皆さんの笑顔をいつもそばで
みれるように頑張っていきますので^^







またですね、


今現在としてはですね、



丁度明日
7月1日にて
第三回目のエッセイが載った
じゃらんが発売されます。

この企画は
3回のエッセイ連載企画なので、
明日の号で一応最後になります。


明日のじゃらんのエッセイに
関してはですね、
僕自身の心に触れたものに対してのエッセイにしています。


今の僕自身。
そして、
これからの僕自身。


それは
きっと皆さん自分自身についても
同じ事がいえるかもしれません。

どうぞ皆さん、
こちらに関しても
楽しみにしていて下さいね。


あ、
ちなみに
このじゃらんの企画なのですが、
じゃらんに載っている
僕が書き下ろした絵が
ありませすよね?


こちらはそこに載っている
応募先に応募してもらえると


抽選で5名様に
僕の書き下ろしの原画が当たること
知っていました?


しかも
これ当たった方はわかると想うのですが、


5枚原画をオリジナルで
書き下ろしていまして、

そして、なんと
その下には
作品と同じように
書き下ろしの言葉が一つ一つに
(絵の下に)入っているんです。


それも
全部違うように 笑
(もちろん、裏にもですよー)


やっぱり全部
同じものを贈るって
なんだか心がないようで
僕は嫌なんです。


なので、
その人だけにしかない
その人だけの
作品として
そして、

じゃらんの「旅」企画+ハタタケル

というコラボを通して
生まれることが出来た想いを


皆さんに触れてもらえたらと思い
この企画がありますので、

皆さん、
どしどし応募してあげて下さいね。



ちなみに
もう先月と先々月の
応募は締め切ってしまいましたが 
ラストの明日の
応募はこれからなので
どうぞ皆さん、
葉書一枚
応募してみてくださいね。


また
当たった方はお部屋に
大切に飾ってもらえたら嬉しい限りです^^




また
皆さんにかなり好評頂いている
プリントスポットの引き出しサービスの
サマーキャンペーンとして
僕からの
手書き暑中見舞いの
葉書をおくる企画をしようと思っています。


ファミリーマート関係者の方と
この話をしていた時、

このサービスを通して
結構沢山の方が僕の作品を
引き出してくれていることに対してですね

(引き出してくれている皆さん、
 ホントにいつもありがとう。
 これからも素敵なものを創ってゆくので
 どうぞ楽しみにしていて下さいね☆)

「なにかハタクンからもお礼を皆にできればいいよね。」



言葉をくれたことが始まりでした。




あまり
特別なものということではなく、
でも、
何かしら僕からの皆への
心ある「お礼」ができないかと

考えたのです。



そう思ったときに
手紙がいいのではないか
という
意見が出ました。

それで、
今回、
引き出してくれた方に僕からの
暑中見舞いを贈ろうということに
なりました。

もちろん、
すべて僕の手書きで 笑

これ結構面白いですよね。


ただ、
全ての方に書いて差し上げるということになりますと

ちょっとどうしても
難しくなってしまうので、(ごめんなさい)


抽選で
3名様にということに
なりました。


方法は簡単です。


7月の
一週目の月曜(7月4日)に

7月号の
プリントスポットが
更新されます。



こちらの
情報誌
もしくは
作品

のどちらかを
引き出してくれた時
ファミポート(緑の機械ですね)から
引き出されてくる
レシートを

住所、名前を記載の上
葉書にはって、

送って頂ければオッケーです。


じゃらんの葉書を送る時に
一緒にポストに投函してもいいですよね。


後で、
インフォメーションの所にも
載せますが、
今回のキャンペーンに関しての
送り先はこちらにお願いします。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〒103-8415 東京都中央区日本橋本町2-7-1 イトーピア日本橋本町ビル
伊藤忠 紙パルプ株式会社 cvsチーム ハタタケルサマーキャンペーン係

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


皆さんが
喜んでもらえるような
内容を書いてお送りしますので、
どうぞ皆さん、

今まで引き出していてくれた方も
今回引き出してみようと思ってくれる方も

どしどし送ってくださいね。

皆さんからの
お便りお待ちしていますよー☆



そして、
更に
7月の大企画の内の一つになりますが、


7月の23(土曜)日から
8月の6(土曜)日までの

二週間。

ハタタケルフェアを
イベント会場で行います☆


こちらは
とあるデパートの書店さんなどを含めた
大きいイベント会場なのですが、

ここにて
僕の作品を
10点程
(新作品も含めて)
個展会場を設置します。

こちらは
B1ぐらいのパネルに全て引き伸ばしたものなので
かなりの
迫力があると思います。


場所は立川で
ちょっと遠いのですが
丁度夏休み期間での
イベントで、

またここでは
僕自身のインタビューや活動映像を
大画面で流す(予定)なので
見ごたえはあるはずっ
(と思われます。笑)


こちらはまた詳細は近づいてきたときに
インフォでお知らせしますが、
もしも今詳しく知りたい方は下記をご覧下さいね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


東京都立川柴崎町3-6-29 アレアレア2
ラーメンスクエア特設イベント広場

問い合わせ先 オリオン書房アレア店
TEL 042-521-2211

時間 10:00〜24:00

URL http://www.orionshobo.com/

アレア店情報
  http://www.tachikawaonline.jp/city/tachikawa/orion/area.htm

交通 JR立川駅南口より直結、多摩都市モノレール立川南駅下車

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


皆さん、
夏休みを迎えるこの時期、

また
8/6には僕のサイン+イベント会を
行う予定なので、

どうぞ皆さん、ふるって
いらしてくださいね^^





またまた、


この7月は様々なものが
出てゆきます。


きっと皆さんが
喜んでもらえるものに
なっていると思うので、
皆さん、
インフォを来月はチェックしていて下さいねー☆









なんか最近は
もう既に
クーラーなしでは生きていけない
グロッキー状態が続いています。

なして
こう
東京の夏は暑いのか。

長野は
クーラーはなかったんだぞ


クーラーに
つっこんでみたりしていますが 笑


まぁ
それもこれも
夏を迎えた新しい喜び。

汗まみれになって
今年もぱちぱちと
月記を綴る我が姿がちょっと
愛しくなるように

また今年の夏を
張り切って
乗り切っていっちゃいますよー!!


それでは、
皆さん、


また来月に。
お会いしましょうね☆





皆さん、
いつもほんとに、

どうもありがとう。











































































振り返ると
遠い昔

昔。


僕は
草木の中で
鈴虫の声を聞いていた。



見上げるとそこには
万欄にかがやく
星々と

しずかに流れる
川のせせらぎ。


その全てが
真っ暗な一面を

何一つ躊躇することなく

支配していた。


あの頃は
ただそれが近くにあることが
当たり前だった。

鈴の音も、
風の音も
こすれあう葉々の音も


その全てが
僕の友達だった。



たくさんの時が流れて
東京に出てきて。


僕は昔と比べて
ちょっぴりと
大人になったけれど、

僕はね、
何一つ変わっていないんだよ。


今でも
あなたのそばで変わらずに
寝転びたいし、
空を見上げて笑っていたい。


それを忘れていないのは、
あの頃一緒に生きていた記憶が

今も僕の中に
ちゃんと生きているから。


僕はこれからも
あなたと共に生きてゆくよ。

たとえ
どれほど年月が流れたとしても。

たとえ
僕がよぼよぼの
おじいちゃんになっていったとしても。

僕は
変わらずにあなたと共に
今を生きてゆきたいんだよ。


姿形が変わっても、
大好きだよと
僕が言えるように

そんな僕も
あなたに
大好きだよと
変わらずに言ってもらえるように。


ここの中にある
大切なものは
いつも
心で語り
そして、

心で返してくれる。




今では遠い遠い
幼き頃。


僕は、
この世界に恋をした。



その恋は
今も変わらずに

僕の中で

生きている。


この地で出逢えた
今を生きし生ける

全ての生命


その息吹と共に。
(2005.06.30)
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