2005年08月の日記

「今ここで、あなたとずっと。」





もう季節もだんだん秋に向かいつつあって、
ようやく夏の暑さも一段落するように
なりましたね。



いやー、それにしても
今年の夏も暑かったですねー。
特に東京の夏はどこに比べても暑い。
この暑さは
地方の暑さとかとは違い、
なんていうんだろう、
じっとりしているというか、
ねっとりしているというか


とかく新鮮な暑さではないことは
間違いないような感じもします。 


皆さん、
いかがお過ごしですかー?
今月の恒例の月記のお時間がやってきましたねー。



秋と言えば何があったんだろうと
想ったときにですね、
こんなことがありました。


つい先日ですね、
高校の同級生が結婚するということで
長野に帰郷する機会があったのですが、


僕自身、
その友人とはもう
かれこれ4年振りで、
全く会っていなかったのにも関わらず、
やっぱり変わっているようで
変わらないものですね。


懐かしさよりも、
またこうやって笑い会えたことの
喜びの方が大きいものでした。


まぁ、
その結婚式を終え、
その会が4次会まで続いたあと
なんともう気が付くと
夜中の1時を回っていたのです。



さすがに
迎えの車をお願いするわけにもいかず、
かといって、皆さん
でろんでろんに酔っ払っているわけです。
そんなこんなで
皆さん、タクシーを拾って帰って行ったのですが、
なぜですかね。

僕はそこから歩いて帰りたくなりました。
(ちなみに僕は酔ってませんからね。)



ちなみに、
そこからは隣の町まで歩かなければ
実家にはつきません。

辺りはまっくらだし、
人通りもないし(長野です)
でも、
高校のとき、
自転車で行きなれた道です。


なんだかそれが
とても懐かしくなってしまい
友人達の言葉も聞かず
無性に歩きたい衝動に駆られてしまったんです。
(酔ってませんってば。笑)



それで、
そこから真夜中ふれあいウォークを
決行したわけですっ。





深夜の道、
辺りはまっくらで
となりには時々
バイパスを走る車が通り過ぎてゆきます。
真っ暗な空からは
ちょっとぽつりぽつりと
雨らしきものが降る気配。

でも、
なんでですかね。

僕にとって
それはとてもすがすがしい気持ちで
一杯になりました。


真っ暗な空は実は
真っ暗ではなく、
その中にもちゃんとほのかな
自然なあかるさと柔らかさがある。

それらを見ながらゆっくりと歩きました。


人間って自分と向き合う時間って
なかなかないものですよね。

今あること。
ぶつかっていること。
頑張らないといけないこと。
今ここにいる自分のこと。

昔、
たのしかったこと。
うれしかったこと。
かなしかったこと。
つらかったこと....



そんなことをふと
ぽつりぽつりと
思い出しては、歩いていました。


皆さんも経験あるでしょう?
ただ夜でも昼でも
とりとめもなく散歩をしてみることって。


これってとても気持ちよくないですか?
だって、
なんだかただこの世界の何物にも
縛られることなしに
取り止めもなく
自分の世界に没頭できるんですから。



...と、
すると。


はたとして、
僕はその道を3分の1ぐらい歩いていった時
ふと、その足を止めました。


そして、
入り込んでいた
自分との会話を止めて、
今、目の前にある暗闇に続く道を見つめ
目を閉じました。


そうするとですねー、
たくさん聞こえるんですよ。

あっ、
怪しいものが、ではないですよ。笑


あちらこちらで
たくさんの鈴の音が
そこには鳴り響いているんです。


すごいんですよ、これがまた。
鈴虫って
色々と様々な音を奏でることを
知っていますよね。


でも、
それら何匹もの様々な虫達が
辺り一杯で
一斉に大合唱しているわけです。

こんなの決して東京では聞けるものでは
ありません。

それは
とても不規則なもので、
決して統制されたオーケストラのような
洗練された音楽ではないけれど
でも、
僕はその一つ一つが奏でている
ハーモニーがものすごく
純粋で、尚且つ、
あたたかいもので溢れていることを
感じては、
思わず目を閉じて
聞きほれてしまっている自分に気がつきました。



何にも縛られず、
何にも捕らわれず
ただ自分の音を鳴らすことに
その生涯を費やす。

人間も本来は
そういう自分の”音(ね)”を語ってゆける
生き物であったとしても
このご時世、
なかなかそうはなれないもの
でもありますよね。


人間もそうできれば
どれほど
素敵な音色を奏でるんだろうなー

そんなことを想っては、
しばらく僕はそこでたたずむことにしました。


そして、
これはもったいないっ
ということで、

そーっと携帯を取り出し
その虫達の大合唱を録音し、

それで味をしめたのか、(まるで野生のくまですな 笑)
近くに流れる水の音を採取し、
橋から流れる風の声をまたまたとってみては

結局、
家に着くと夜中の3時を回っていたものです。




その興奮冷めやらぬまま
翌日、
その話を嬉々として
実家や地元の友達にしたんですよ。

そうすると、皆さん、
「またかー」というように
僕を見るんですね。
まさにこれが
奇人変人扱いですか。

いわく
「そんなことをしている長野県民はいないっ。」
ということなのです。


皆さん
なんでですかい?


だってこんなにも
素晴らしい音色や柔らかい空気が
あんたたちの周りには
流れているのにっ。


確かにですよ、
いつもそこにいるとそれは
当たり前なものかもしれないし、


よくよく考えてみれば、
誰も道を歩いている人もいなかったし、
音を採るために夜中に
携帯を下の見えない谷の橋からぶら下げてみたり、
途中で警察の車らしきものが
僕を見つけて反対側の道で止まったように思えたりも
したようなしなかったような
そんな気もしたけれど

そんなことはおかまいなしなんですよっ。

分かりますか??

けらけらと
母親いわく

「まぁ、夜中に一人で長野の山中を歩くことも
あなたにとってはなんかの意味になっているのかね。」


なっているんですっ。
...きっと。(ぼそっ)


でも結局、
この僕の遠吠えは一人空しく
皆さんには届かず終いでしたが、
確かに秋は近くにやってきているようでした。

あたたかい秋の鈴の音と一緒に。


ぐすん。








さーてさて、笑
いじけるのはこのぐらいにして、
そろそろ今回の月記に入りますね。



今月は何についてにしようかなぁと
想っていたとき、
実はもう決めているものがありました。



それは、
今月の月記のタイトルにもありますが、
先月から発売されている
「今ここで、あなたとずっと。」
についての月記を書こうと想っていました。




先月、
この本が発売されてから、
毎日のように
皆さんからアトリエにお手紙や
メールをたくさん頂くようになりました。


中には
最年少の8歳の女の子からメールを頂いたり、
14歳の女の子から
「泣きながら読みました。」と
スタッフの方に直接お電話を頂いたり
手紙を頂いたりと


どれもこれも、
皆さん、とても温かくてやさしくて
たくさんの想いをつめて
届けてくれました。


bbsにもたくさんのメッセージを
書き込んで下さっている
皆さんにも、

この場を借りてになってしまうのですが
皆さんに心より、
お礼をさせてください。


皆さん、
本当に
あたたかいこころを
どうもありがとう。



皆さんから頂いたものはいつも
大切に保管して、
何度も読み返させてもらっています。


僕が元気になれないとき、
下を向きそうになるとき、

皆さんから頂くお便りを見ているとですね、
一番僕自身が
大切なものはなんなのか
ということを
皆さんから
教えていただいてもらっているようでもあります。


そして、
何よりも僕が今を生きる元気を
皆さんから頂いています。

またこれからも
喜んでもらえるものを
大切にしてもらえるように
僕自身、頑張ってゆきますので、
皆さんもどうか一緒に頑張ってゆきましょうね。



ちなみになのですが、
bbsもいつも楽しみに見させてもらっています。

この表現はおかしいように
聞こえるかもしれませんが、笑
このHpは
ハタタケルのHpであっても、
僕のbbsではありません。

このbbsは
あくまで「皆さん」のbbsです。
皆さんがここでの
あたたかいこころや
優しい想い、
自分の普段では口に出せない想い
などを
交し合ってもらえる場所にして
使ってもらえるのであれば

そして、
そこで少しでも喜んでもらえて
また頑張ってもらえるものに
なっているのであれば、

僕にとってそれが
何よりも嬉しいものですし、
その全ては皆さんと
一緒に共有できる
僕にとっての
宝物でもあります。


頑張っている皆さんお一人お一人のお話は
きっと、たくさんの人に生きる
勇気を与えていることと想います。
自分も頑張って歩こうという
気持ちや元気をたくさん与えてくれていると想います。


それは皆さんが
何よりも一生懸命今から逃げずに
前を向いて歩こうという気持ちを
誰よりも、
忘れていないからなのだと
僕は想うのです。

僕も
皆さんからそんな気持ちを
いつももらっているその内の
一人ですし、

また、
僕は創り手ではありますが、
その創り手は
皆さんの言葉や心に触れられて初めて
「気付かされる」ことも
たくさんあるものです。



例えば、自分の中では
”こういう気持ち”で書いたつもりなものが
ある人から見たら
それをもっと広げた意味で
僕に伝えてくれることもあります。

僕はいつもいうことがありますが、
何かを書く、という方にも
感性が必要なのであれば、
それを
感じてくれる方にも
感性が必要なのだと想っています。


言い換えれば、
僕にとっての
この本は、
僕の様々な観点で書いたものですが、
それをどう受け取るかは
皆さんの心次第、
しいては
それが皆さんの感性なのだと
僕は想います。

その度に
驚かされることも多々あるんです。

皆さんの
感性の鋭さや深さ、
そして、
そのあたたかさに。

皆さんお一人お一人がそれぞれに
感じてくださった
その感性は
僕には無いものでもあり、


そして、
それは皆さんだからこそ、
わかったこと。
感じられたこと。
そして、
大切にしようと想ったことにも
変わっているのだと

僕は想います。



そういう想いもこめまして、
皆さんに僕からお礼を
言わせて頂きたいのです。








そうした中なのですが、
せっかくなので
この本を創ることになった経緯をここで
簡単に語りますね。


この本を作ろうと想ったいきさつは
こんな感じでした。

次の本の依頼が来て、
そして、
何を創りますか?
と言われたのです。


そして、
僕は
従来のものとはまた
違った形での喜んでもらえるものを
創れたらと想いました。

そのとき、
僕は恋愛がいいと想ったのです。

でも、
ただの「恋愛」でくくられるものには
したくない。

ただ、
そばにいてくれる人に対しても、
大切といえる人に対しても、
大切にしてもらえる。

恋愛に限らない恋愛の本として
そんな人としての心あるものを
大切にして欲しい。

そう想ったのです。


そして、
この本を創ることにしました。

そして、
この本を創るにあたって、
始まりと終わりは
僕の中で決まっていました。

それは
昔出逢った二人が
おじいちゃんおばあちゃんになっても
そばにいること。




皆さん、これに
気が付きましたかー?

始めと終わり、
実はこれ
同じ二人なんですよ。

これは
見事にハートの位置も形も同じ(なはず)です。

だって、
若い二人に重ねて
おじいちゃんおばあちゃんの二人の原稿を
描きましたもん 笑


そして、
その間にある様々な作品が、

その二人が通してきた
さまざまな気持ち。


想い。
葛藤。
過程。
過去。
現在。
そして、
未来。


それを
つめられるようにと
想い、一つ一つを
綴りました。




でもですね、
こんなことを言っておいて
なんなのですが、

これらは
この本はこうやってみるのですよ、
というものでなければ
いけないことなんて
何一つもありません。


この本の良さは
先程も書きましたが
皆さんにとっての
それぞれの読み方があって、
感じ方があってよくてですね、


こうあるべき、


という形では綴っていないところだと
僕は想っているのです。


これは
あくまで見てくれている皆さんに

まかせたもの。


それがこの
「今ここで、あなたとずっと。」

という本であると
想っています。




そして、
この本を通して、
また
様々な出会いがありました。


今日は
その出会ってくれた方の
3人の方のお話をしたいと想います。















先日、
アトリエにいた時にですね、
ふと入ってきてくれた
とあるカップルがいました。

そして、
このカップルは
僕の顔をみるなり、
ほっとした顔で入ってこられたのです。

僕はよく分かりませんでした。
でも、
この二人は「実は...」
といって、この本を指し、
話を続けました。

「私達、
最近、付き合うようになったのですが、
この付き合うきっかけになったのが
実は、
この線香花火だったんです。」




二人が出会ったのは、
職場だったそうです。

女性の方が
29歳の女性で、
男性の方が
21歳の方。

でも、二人ともそんな風にはとても
見えません。

女性の方はとても若く見えるし、
男性の方はとても大人に見えます。

そして、
その女性の方が働いている所が
ダイビングインストラクターをする所で、
そのところに
バイトとして
その男性の方が来たらしいのです。


そして、
二人ともお互いに
好意は抱いていたのですが、
なかなかお互いのことを語り伝えるきっかけが
なかったそうなのですが、

しばらくして、
家が近かった二人は帰り道に
二人で花火を買ってやろうとしたそうだったのです。

しかし、花火が線香花火しか売っていない。

始めは本格的に花火をやろうと想ったそうなのですが、
そういうわけにもいかず、
結局二人は
線香花火を3袋ぐらい買い、
それをしばらく延々とやっていたそうです。(笑)

でも、
二人はこういいました。

「線香花火をやっていなかったら
きっと私達は今ここにいないんです」と。

線香花火は、他の花火と違い、
ただじっとしていることが多く、
そして、その分、寄り添って話をすることが
できたというのです。

そして、
3,4時間程、
花火を終えてからというもの

お互い自然に
そばにいるようになりました。

「そして、」
と、いって

その彼女は
「付き合おうかというときに、
 たまたま
 この本を見つけたんです。」

と言いました。

「この本を見つけたとき、びっくりしたんですよー。
 だって、
 一番初めに開いたら、
 この線香花火のページが出たんですから。
 これには
 びっくりして、
 二人で笑っていたんですよー。」

そして、
なかなか合わない休みを合って
一緒にここに来てくれたと言うのです。

そういって笑っていられた二人は
とても素敵な顔をしていました。



また
こんな方もいました。


この方は結構、お年も上の方でしたが
ヘアメイクをお仕事をされている方で
とても素敵な方でした。

そして、
丁度、恋に悩まれていた時、
この本をみて、

いても立ってもいられなくなり、
ここに尋ねて来て下さった

というのです。


「私は、実は今、
想いを持っている人がいるんですが、
その方には長年
連れ添っている彼女さんが
いらっしゃるんです。
でも、私もその彼も、
お互いに気持ちが
あることを知っているんですが、
それ以上、前に進めなくて...。
私は、
その彼女さんのことも考えて、
自分の身を引こうと想ったんです。
これは間違っているんでしょうか。」




僕は
どんな答えも、どんな選択も
そこに正解も間違いもないと想います。


それは、
たくさんの人の考え方が
様々にあるように、
そのどれもが
様々な見方で見れば、
それは正解でも間違いでも取れるからです。

しかし、
僕が一番大切にしてほしいと想うことは、
自分が
ちゃんと、納得できた形で
前に進めているかどうかだと

僕は想っています。


もしも、
その方に納得があり、そして、
その上で、
そのように考えていらっしゃるのであれば、
それは
僕は問題ないと想いますし、
それがきっとその方にとっての
いうなれば”正しい答え”に
なるのでしょう。

でも、
どうもその方のお顔を見ていると、
そういうようには
見えませんでした。


そして、僕は
僕の答えは万能ではありませんが、
僕なりの意見でよければ、
ということで
僕は伝えました。

「もしも、本当にそれでご自身が
納得がした上でその答えがあるのなら
僕は何も間違っていないと想います。

でも、
もしも、それが相手の幸せを考えて出した
答えだとしたらその答えは
正しいのか間違っているのか、
僕には分かりません。」


つまり、
その方にとっての本当の
自分の考えや意見を
相手の幸せと
言い聞かせていたように思えたのです。


僕は
様々な方のお話を伺ってきて、
恋愛の話では
感じてきたことがあります。

それは、
結ばれることも、
結ばれないことも
その全ては
結局、

「そういうもの」

だということです。


これはこの本にも書いてありますが、

本当に結ばれる人であるのなら、
遅かれ早かれ、
ちゃんと結ばれてゆく。

ある意味、
結ばれるということは、
見えない何かしらの因果や力が
働いているとしか
いえないことが
たくさん起こるものだと

僕はつくづく
色々な方のお話を伺っていて
感じてきました。

だからこそ、

なのですが、
僕は最後にその方にこんな言葉を
残しました。

「誰か大切な方の幸せを大切に出来ることは
とても素晴らしいことです。
でも、だからこそ、
ご自身の幸せも大切にされてください。
ご自身が幸せと今を笑えなかったら、
きっとその人も心から笑えることはできないと想いますから。」


と。




僕は、
その方に
あきらめた方がいいですよ
とも、

あきらめない方がいいですよ
とも

いいませんでした。

ただ、
一つ。

どうか幸せになってください。




伝えました。



本当に大切なものや
その先にある答えは、
もうきっと
決まっているものです。

それは
マイナスなイメージではありません。

本当に必要な
その方への答えなんだと
想うのです。

もしも、
その方にとっても
相手の男性にとっても
お互い
本当に大切な人であれば、
いずれちゃんと
お互いの答えを見つけられます。

でも、
もしも、
それがうまくいかなかったのであれば、
それはそれで、
また次のステップを踏む上で
大切な答えに変わる。

その方にとって
大切なのは、今
結論を出すことではなく、
今、
自分が大切にしたいということを
胸で大切にすること。

のように思えたのです。


それは
わがままではありません。
自分を大切にできることは、
自分の未来を信じられること。
自分の幸せを大切にしたいと願えること。

それは、
人が一人一人
生まれてこれたことへの

誰もが持っている一つの権利だと
想うのです。


全ての人が平等に幸せと
いえるようになることは
無いのかもしれません。


でもですね、

僕は想うのです。



自分の幸せを
大切にしようとできない人に、

本当に
大切と言える誰かを
幸せにすることは
できないのではないか、

と。


それを、
エゴとしてとらえてゆくのか、
自分を大切にするという想いにするか

それでも
十分その意味は違ってくるように想いますが、

ただ、
間違ってはいけないのは

幸せの形は
その場その場で
それぞれの選択の中で分かれます。

そのとき、
誰かにとって
大切な人の幸せを願えることが
その人の本当の幸せであるのなら、
それは
その人にとっての一つの答えであり、
選択です。

本当に最後に
そこに辿り着くとしたら
それは一つの意味でもあったのだと想います。


そんな
”幸せ”の形というのは
人それぞれの形があって、
だからこそ、
そこには
その人なりの
「納得」が大切なのだと
僕は想うのです。



どうか皆さんも
ご自分の想いを大切に。


どれが正しいとか

間違っているとか。


様々な意見や葛藤や
選択もたくさん在ると想いますが、
最後に至るのは、
やはり

今ここにある気持ちを
大切にする、

ということ。


どれもこれも
間違っていないのであれば、
自分が納得できるまで、
自分の気持ちと向き合うことを
大切にしてください。


たとえ
誰かを恨んでも、
憎んでも、
自分をどんなに悲観的にみたとしても。


大切なことはそこではなく、
その先にあるもの。


自分の想いとの葛藤は
苦しくも辛くも
あることだと想いますが、
きっとそれらは
自分にとって
様々なことを教えてくれると
想うのです。



そして、
それを謙虚に見れた人に
僕は
その人の幸せの在り方が
訪れるきっかけが含まれているような

そんな風に
僕は想います。





恋愛はとても
難しいものですね。

様々な恋愛の形があり、
どれもこれも、
また同じようで違うもの。

今までたくさんの人が
たくさんの長い歴史の中で
繰り返してきた恋愛は
その全てが
形があるようで
そこにしかないものです。


でも、
そう想ったとき、
今ここに在る皆さん
一つ一つの恋は、

長く長く永劫と流れてゆく
この時間の中で
金輪際、創ることのできない
たった一つの
あなただけにしかできない

唯一の恋であるならば


僕は
その恋を懸命に大切にしようする価値が
あるのではないかと

想います。






そんな中、

こんな心温まるお話を持ってきてくださった
女の子二人がいました。

この話は少し、メルマガにも
書いたのですが、
あまりにも素晴らしかったので、
こちらでも載せたいと想います。


このお二人は、
ずっと大切な友達だったそうです。

しかし、ある時、
ほんのささいなことをきっかけに、
仲互いをし、そして、
お互いに連絡を取らなくなって
しまったそうなのです。


そして、
お互い仲直りするきっかけを得られないまま、
月が流れていった時、

けんかをしてしまった方が
丁度この本と出会ったそうです。

その時、
その方はどうしたかというと
この本を見て、
相手の彼女のことを想いだしたそうなのです。


そして、
後ろにあるポストカードを
送ろうと想ったそうです。
それがこの言葉でした。



「分け合って生きてゆこうね。
 楽しいことも。
 辛いことも。
 共に。
 二人で。
 ずっと。」



そして、
その子は
そこにメッセージも何も書くことなく
ただ一枚、
この紙を封筒にいれて
送ったそうです。

なぜそうしたの?
と聞いたところ、
その子いわく

それは、自分の言葉では伝えられなかったから。

ということでした。




普段、伝えられない言葉や想いは
たくさんあります。

それは親しければ親しいほど、
中々口に出すことが
難しくなってしまうことも
やっぱりあります。

なんだかんだで
僕もそうなのですが、笑

口に出して言うということは
とても勇気が要りますし、
何よりも
人間には照れもあったりします。

素直になれないことも
誰ももっていることでも
あると想います。


でも、
そういったクッションを通して、
誰かに伝えられる想いがある。

それはとても素敵なことですよね。

言葉はどんな言葉を書いても
同じです。

でも、
それをどのように活かし、
大切にしたいか、
というのは
その人の想いが伝わるからこそ、
その
何かしらのクッションになったものが

その為だけの
”命”にかわるのだと想うのです。




そして、その後、
僕のアトリエに来てくれたのです。

そう、二人で。


そうして、僕に伝えてくれました。


「ポストカードを目にした時、
すぐわかりました。
彼女からの手紙だって。
それをみて、涙が止まりませんでした。
そして、
すぐに電話をして、
一緒にアトリエにいこうよ
という話になったんです。」

そして、続けてこのように
僕に伝えてくれました。

「この本がなかったら、きっと
 二人はここにいれませんでした。」






なんだか素晴らしいですよね。

この「分け合って...」という言葉は、
僕が路上時代の頃からずっと
大切にしてきた言葉でもありました。

よく夫婦の方とかが
これを手にとって下さり
そして、
お部屋に大切に飾ってくれたことを
思い出したのですが、

僕は、
そういう使われ方をすると思って、
この言葉を書いたわけではありません。

しかし、二人がそれを掛け橋にしてくれた。

違う世界を開いてくれた。

僕は、
その言葉を
もらえただけで
十分でした。





このように、
僕自身が想って書いたものと、
皆さんがそれぞれの
状況で受け取り、
感じ取るもの。

それは全て違うもので、
それは
僕では紡げなかった世界を
皆さんが紡いでくれたことでも
ありました。

皆さんから
このような心や
お手紙を頂くたびに
想います。

僕はいつも
皆さんに成長させられている。
そして、
皆さんに支えられて
今を歩けている。

今まで何度も何度も
口にしてきた言葉なのですが、
僕にとっての全ての原点は
やはりここにあると
気付いたとき、
僕は
また一つ、
新しいスタートに立てているような

そんな気がします。


僕にとっても
皆さんが支えになってくれているように
皆さんにとっても
僕ができることが
何かしらの支えになって
もらえているのであれば、
これ程
ありがたいことはありません。


どうか
またこれからも
皆さんが

たくさんの笑顔を創っていってくれるように。
喜んでもらえるように。

頑張ってゆきますね。


そして、

どうか皆さん、
またこれからもどうぞ
楽しみにしていて下さいね^^



皆さん、
いつも本当に


どうもありがとう。





















さてさて、
もう来月も9月になりますねー。

9月と言えば、
なんでしょうか。

読書の秋
食欲の秋
お話の秋(?)

まー色々とありますが
僕にとって
秋は一番好きな季節です。

なんともいえない
この夏から秋に移る郷愁感。

何度迎えても
胸が温かくなります。



ということで。


そんな秋にぴったりの
ものが色々と始まってゆきます☆




丁度、
九月中頃
9月17日(土曜)にですね、
長時間
トークライブを行います☆


こちらは現在さまざまなところで
アーティスティックな活動を
展開されています
一里塚華劇団の長こと
団長さんと
トークライブを行おうと想っています。

この方との出逢いも
不思議でした。

出逢った時、
正直なところ、
僕とは全く正反対に見えました。

格好もそうですが 笑
その中身も
もっとなんていうんだろう。
さばさばしてそうで
派手な感じが一見しました。

でも、
ちょっと話をしてみたところ、
違うんですね。

とても感じたのが、
すごく熱く秘めている想いがあること。

それは、
表現するものと仕方が違うだけで
その行きつく根本は
同じようにも感じました。

それで、
あれよあれよと
話をしてゆくうちに
トークライブを二人で行ってみると
面白いかもしれない

という話になったのです。

ちょっと
価値観がすこし人と
ちょっと違う二人なのかもしれませんが、笑
だからこそ
様々な観点や
視点をご自分の中で重ねてみれたり
皆さんと一緒に
楽しんで頂けるのではないかと
僕は想っています。

こちらは
9月11日(月)までの申し込み締め切りなので
どうぞお早めに。

また、
定員が決まっていますので、
どうぞ皆さん、こちらも
踏まえた上で
お申込みくださいね☆

みなさんに
お会いできることを楽しみにしていますね^^



また、
9月の末には
新しいハタタケルキャンペーンが始まったり、


ハタ新聞の申込みが
始まっていったりします。
(こちらは後で、Hp上で告知してゆきますので
 楽しみにしていて下さいね^^)



是非皆さん、
来月も楽しみにしててくださいね☆








あぁ、
もう9月を迎えると
後、今年も4ヶ月しかないんですねー。

なんだか
ほっておくとどんどん月日が流れていって
しまいそうな感じです。




去年の今ごろ、皆さん、
何をされていましたか?

なんだか振り返ると
もうすでに遠い昔のようですが、

さて来年の今ごろは
皆さんは何をされているんでしょう。笑


そんな
皆さんにとっての
素敵な未来を創ってゆけるように


また今年も残り
たくさんの今を重ねて
そして、
たくさんの笑顔を創ってゆきましょうね☆







それでは、
皆さん。

今月はここまで。



皆さん、
いつも本当に
どうもありがとう。

そして、

特に、
今月は
たくさんのお便りを
下さった皆さん、

お気持ちを届けてくれた
皆さん。


本当に、


どうもありがとう。




いつか
皆さんに
お会いできることを
心から

楽しみにしています。

































































ねぇ。


今、

あなたは何をしていますか。




昔、


昔。



大好きだった

あなたのこと。



なぜだろう。



不思議なことにね



よく思い出すことがあるんだよ。
















人は皆、
いつも

たくさんの

恋を重ね、

恋に破れ、

そして、
また恋を結び

今を歩いてゆくけれど








その形はそれぞれの

軌跡を辿り、

振り返った後にしか
その意味を


知る術はないけれど









人は

最後には
きっと



辿りつけるのかな。









想い出も。



涙も。



笑顔も。





その全てが
いつの日にか

胸の中で

黄金色に染まる世界に。














過去が夢に変わるのなら

これから先は


全てを築く


礎を創ればいい。




そう教えてくれたのは

いつの日か

出逢ってくれた


君だった。














いつまでも


僕は今を歩いていくよ。





今ここであなたが生まれて、

今ここで僕が生まれたことが



いつか
そんなあなたに巡り会える道になるのなら、



この今は

いつかあなたに
出逢えたとき



あなたと
重ねられた笑顔が
その胸を
あたためてあげられるような


そんな今に

変わってゆける気がするから。






そして、


「今ここで、あなたとずっと。」



この言葉を

あなたと一緒に

笑いながら

口ずさめる


そんな自分にも、



いつの日にか


なってゆけるように。
(2005.08.31)
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