2005年11月の日記

この世界の素晴らしさを胸に。





あれよあれよと、
なんだかんだで、今年ももう
最後の月になろうとしていますね〜。

毎年毎年、
なぜこのように最後の月が来ると、
しみじみ

「一年というのはなんて早いんだろう」
って想うんだろう。

いや、想ってしまうんだろう 笑

なんだか不思議な感じがするよね。

皆さん、
いかがお過ごしですか?

ということで、
また今月も恒例の
月記がやってきましたよ〜!



この季節、
この前もお話した通り、
僕にとってすごく好きな季節なんです。

先日ですね、
家の近くの神社の通りを歩いていたら、
ひらひらと
空からたくさんのものが
舞い降りてきました。

何かなと
見上げれば、
そこにはイチョウの葉っぱ。

黄色い羽と
秋の青空の鮮やかなブルーのコントラストが
ものすごくきれいで、
一瞬といわず、
僕は目を奪われました。

そして、
下を見つめると、
そこは黄色と赤の落ち葉のジュウタン。

そこには
木々の隙間からこぼれる木漏れ日が
自然の模様を更に
際立たせている。

”なんてこの世界は美しいんだろう。”

なんの 
恥ずかしげもなく、
ただ純粋に
ふと、
胸に言葉がこぼれてしまう

この世界の素晴らしさを改めて感じてみては

僕はこの世界で生きていられることの
ありがたさをまた、胸に憶えました。


普段、
普通に生きていると、
こんな気持ちって中々
”生まれないこと”って
たくさんありませんか?

日々、
忙しい毎日の中で
生きることの意味を
忘れてしまうこと。

それは、
どんなお金やものを失うことよりも
実は
とてももったいないことを
僕達はしていること
なのかもしれません。


この前
ふと見ていた本の中に
こんな言葉がかかれていました。

「人は、死を間近に感じて初めて、
「生きる」ということの本質を知る。
それは、
生きるということがどれだけ
ありがたいのか、ということを
ただただ実感することなのだ。」

ただ、
生きているのと、
生きている中に、
自分が生きていられることへの
感謝をもって生きているのとでは

その世界は
大きく違うものですよね。

僕はそんなとき
この空を見上げて
様々な思いをこの地球からもらって考えては
また胸にこぼれる温かさと一緒に
なんだか笑みがでてしまうのです。





さてさて、
こんな秋から冬にかけての
寒い季節なのですが、


皆さん、
突然の質問です。



皆さんには夢がありますか。



夢でなくてもいいです。
何か、
自分にとって
生きるということへの
何かしらの目的がありますか。


あ、
ここで
問いたいのは、
例えば目的がないことに対して
それは違うよと
伝えたいからではないのですよ。

毎日を一生懸命生きること
幸せに過ごせること
過ごすこと

それが
何よりもの目的だ
ということ
いえることは、

それはそれで僕は
素晴らしいことだと想います。


先日も
とある方と
お会いしていて、
その方はこんなことを話されていました。

「僕は別に生きることにゴールを創る必要も
なければ、目標も創る必要もないと
僕は思っているんですよ。
ただ、毎日を情熱をもって、一生懸命
笑って自分らしく生きたい。
それが、僕の目的そのものなんです。」

僕は
生きることへの目的や
目標はなんですか?

と聞いてしまうことが
結構多い方です。笑

それは、
会う人会う人にとても
関心があるからであり、
何よりも
僕自身が自分の人生に
関心をもつことを
大切にしたいと想っているからである
からだと想うのですが、
(日本語変ですか?笑)

かといって、
目的がないんです、
という人に興味がなくなるかと
言ったら
そんなこともない。

むしろそこから教わることが
とても多かったりするんですね。

生きることは
こうだ!と
断言できる人は
それはそれでとても素晴らしいのですが、

あまりそれが強すぎてしまうと
それが物事の考え方の
中心になりすぎてしまうと、

自分の生き方を正しいものとして
周りの人に押し付けてしまいがちに
なってしまうことが
多いようです。笑


その話を踏まえてしまうと、
言っていることが
ちぐはぐになってしまうのですが、
今日は
「生きるということの目的」
ということへの
お話をしてみたいと
想います。



僕には
大きな生きることへの目的があります。

それは、
今僕がこのような活動を
している日々の積み重ねにあるものであり、
そして、
その先に通る通過点でも
あります。


恥ずかしながら、

昔の月記を見てみると、

「僕は夢という言葉をあまり
 使わないようにしています。」

と書いてありました。笑


あ、
そうそう。
そうでした。
(こういう所は結構いいかげん 笑)

その意味は、

「夢を作ってしまうことで、
それがゴールになってしまうから。」

なんですね。

うん、
その気持ちは
今も変わっていません。

だから、
僕にとっての夢は
僕が生きるための目的であって、
それがゴールではないということなのです。

その目的は、
僕がこの道を
自分の生涯の道にすると決めたときから、
ずっと変わっていません。

それは
もしかしたら
知っている人は知っていると想いますが、

「後世の人たちに、
心の温かい場所を残す。」

僕にとって、
何をおいてもの、

それが僕の一番の
目的なのです。



そのための今を
僕は日々、踏みしめるように
歩いているのですが、

そんな中、
先日、ジブリの世界をテレビで
やっているのをみました。


丁度今、
DVDでも始まった
「ハウルの動く城」の
宮崎 駿監督の
ちょっとしたドキュメントでした。


あ、
ちょいとここで
休憩。笑

余談に入っちゃいます。

ハウルの動く城ですが、
皆、みました?

僕も先日、
DVDのレンタルが
始まって、
いの一番に借りてみました。

そうそう、
劇場では見に行かなかったんですよ。


なぜなら、
あまりにも皆さんの意見が
賛否両論だったから。

そして、
あまりにも
皆が見に行っていたから。笑

ハウルはどうかわからないのですが、
世間が流れや流行で
飛びつくものには
なぜだかどうも
あまり僕は興味を示しません。

なぜなら、
そこに乗ってしまうと
自分の意志が
漠然としてしまうからのような
気がしてしまうからなのです。


映画に限らず
何かに対してもそうですが、

どうせだったら、
ちゃんと自分がいい意味で
自分の意志で”見たい”と想ったときに
”したい”と想ったときに
味わった方が、

楽しくないですか??笑


といっても、
ちゃんとその中でも
皆さん自分の意志をもって
流れに任せている方もたくさんいるので、
その流れを大切にしている人を
批判するつもりは全くありません。

ただ、いっちゃえば
どうも僕はそんなに器用じゃないよぅ
ってことなのです 笑


そうそう。
それで、
ハウルを見たのですが、
僕の感想は。


うううーーーーん。

...実に言葉に困りました。笑


それは、
決して悪い意味ではないのです。

ただ、

ここだけあくまで僕の主観で物をいう
評論家になってしまうと
するならば、

きっと、
今まで宮崎さんの作品にずっと
見て触れてみてきた人には
きっと、味気なく想うかも
しれないと
想うのですが、

全体的にそこには
宮崎駿監督の世界がたくさん詰っている。



僕だけの意見でしたら、

それが僕が
味わえただけでも満足だった

というのが
僕の意見でした。

(ただ、やっぱりラピュタやナウシカとを
比べてしまうなぁ。)


まぁ、

そこで
何を伝えたいのかというと、
僕はその物語うんぬんかんぬん
という前に、

その「世界観」を創ってきた
宮崎監督が素晴らしい

ということなのです。



こんなまだまだの一介の人間が、
宮崎駿監督の世界を
「素晴らしい」
の一言で
片付けてしまうのは
あまりにも不躾極まりなく
申し訳ないのですが、

ただ、
僕には
それ以上の表現は必要ないと
想うぐらい、
それを成してこられた宮崎監督が
何よりも素晴らしいと
想ってしまうのです。


そんな中、

ちょいと昔、
僕は兼ねてから機会を
探りあねていた、
とある場所に行かせてもらったことを
思い出しました。


その場所の名は

「ジブリの森」

皆さん、
この場所を
知っていますか?


そうそう、
ちょっとここで
少し話をずらして
もっと昔のことを振り返ってみちゃいます。

今お話しようとしていることよりも
もっともっと昔のこと。
(おじいさんぽいね。笑)



当時、
思い返せば、
丁度僕が、23のときです。

ああ、
ちょこっと今まで話していなかった
僕の昔話をここでしちゃうとですね、



実は、この頃、


僕は自分の人生に
途方に暮れていました。笑



そんなとき長い人生、
ちょっと寄り道をして、

一つの勉強としても、
これからを決める道を考える経験の
一つとしてもいいのではないかと、

選択しようとしていたことが
あったのです。



それは、
ジブリの森ができた時。

またディズニーシーが
オープンした時。

丁度そんな時期とかぶりました。



...僕がどうしたか
分かりますよね??笑

そうです!

僕はそこで働きたい、
と熱望しました。笑

これだっ!!

と。


「夢を貰う側ではいくらでも
行ったことはあるけれど、
夢を与える側ではないのなら、
せっかくの長い人生のこの機会、
いい勉強として、そこで働かせてもらおう!」

と、
僕は面接にいこうと決意しました。

...両方ね。 (臆病者 笑)


んで、
結果として、来たのは、

ジブリさんからの
不合格の通知。

それも履歴書を送った時点で。笑

当時の僕には
迷いがあったのかなぁ。
闇雲感があったのも事実でした。


ただ、このジブリの森の
素晴らしいところは、
ここで終わらないんですね。


なんと、
不合格の通知として、

「ありがとうございます。
この度は見送らせて....」

のうんぬんかんぬんの文面が
僕の履歴書と一緒に
添えてきたのと同時に

また別に
「また是非オープンしましたら
 良かったら遊びにいらしてくださいね。」
と、
なんとステッカーが
送られてきたことでしたっ。

今でも
鮮明に当時のことをよく覚えています。

そうそう、
あの時、暗くなりながらも
そのステッカーを机の引出しに
ぺたぺたと一人
張っていました 笑

でも、
そのお心がとてもとても
嬉しかったので、
今でもこんなにも鮮明に
残っているのだと僕は想いました。
(色々な意味でね)


合格不合格に関わらず、
人一人の気持ちを
大切にする、
夢や想いを大切にしたい。

そんな気持ちがこもっているようで、
当時の僕は
そこまで客観的には思えなかったと想うのですが、

今の僕には
そんな心遣いがとても
ありがたく想えるのです。

ただですね、

一握りの蜘蛛の糸をつかむように
その後、
僕は熱意のみでディズニーシーに受かり、笑
(人生よく出来ていますよね。笑)

「半年」という期限を
自分の中に決めて、
そして、オープニングスタッフを
しばらく経験させてもらいました。

今でも
どちらも、僕にとって
素晴らしき思い出の場所、
心に残る温かい場所になっています。


え?
なんで半年と
期限を決めたかって?

それは言うまでもなく、
僕にとって、
そこが人生のゴールじゃないやいっ
と勝手に想っていたからでした。笑

ただ、
僕はだからこそ、
ただ働くのではなく、

働いたものを全て
自分の”もの”にしようと
決意して、入りました。


何かを真剣にやるということに対して
期限を決める、ということは
とても有効的なものです。

集中しますし、
それだけ逃げ場がありませんからね。

おかげで、
僕はとてもたくさんのものを
得ることができましたし、

今でも
それがあってこその
僕だと断言できるのが
僕の喜びでもあり。

先日も、
そこで当時働いていた
その時の同期が
僕の活動をどこかでみつけては、
あれよあれよと
皆で来てくれたことが
僕にとってまた一つの宝物が
増えたような気持ちになりました。
...というかよく皆
僕のこと憶えていたよね。
皆さん曰く、

かなり問題児であると同時に
目立っていたらしい...。
(ふふふ 笑)


ん??
そうなのかなぁ。

ううーーん、でも確かに
スタッフの方のほとんどは
女性の方だったから
確かに今思えば
自分の性格の相まって
かなり浮いていたの、かもですな。笑


まぁ....

さておき、
そういう昔話は
置いておきまして、

その二つに共通して
素晴らしいといえることが
僕にはあったんです。

それは、


「人の心を何よりも、大切にする。」


という想い
そのものでした。





皆さん、
目に触れていることと、
実際にその場にいて
やってみることとって

同じように見えること
ありませんか。

でも、
結構
「これはできそうだなぁ」
と想うものって、

実はすごく難しいものが
多かったりするんですよね。

それこそ、
傍目に見ていて、
できそうなものほど、
実際は
全てが雲泥の差だったりします。

やってみること。
みること。
感じること。

その全てが、
その立場がちょっと違うだけで
こんなにも違うんだと、
ディズニーにいって、
よくわかりました。

そこでの、
「人を大切にする」
という心掛けは、

僕が今までやってきた
俗に言う「バイト」という名で
くくるものの中では

郡を抜いて徹底していました。


それからなのです。


僕が何を見るにも、
その裏まで見ようとする
視点を大切にするようになったのは。


ただ、
見ているだけでは見えないこと。

表面のことだけではなく、
その裏に隠れているものを
見ること、見れること、
見ようと出来ること。


それが自分にとって
大きな財産にも
知恵にも知識にも
なることを僕は知っているからです。

先程にも伝えましたが、
実際にやってみるのと、
そうでないとでは
雲泥の差があるのですが、

だからこそ、
それが立場上できないことであるのならば、

少なくとも
その心や視点に立って考えてみること、
その視点でどのようにその方が
やっているのかを
見ようとできる
その心を常にもつことを
忘れないでいることを大切に
したいんですね。

その心をもって何かに
触れることと
そうでないものとでは
得られるものは
随分違ったりします。
(僕にとってはね。)

そうすると、
その中ではただ
楽しむということ以上の
楽しさが沸いてきます。

人間、
なんにでも得られるものがある、
ということに気がつけると、
これ程、楽しいことは
ありませんからね。笑

箸が転げても笑えるように、
物事の視点一つで
全てがバライティに富んだ
世界に変わります。


まぁ、
時には何も考えず
その中に身を委ねることも
大切な遊び方だったりするのですが 

そんなこんなで
ちょい昔に、
ジブリにいったときのことを
思い出していました。



ジブリに行った時、
僕が感じたこと。


それは
「すごい。」


の一言でした。

というよりも、
”すごい”を連発していたものですよ。
自然に。


だってその気持ちが
とどまることなく
沸いて出てくるんだもん 笑


きっと周りから見たら
目を輝かせながら 
まるで
子供にもどったように
水を得た魚のようだった気がします(笑)


ジブリの森にいったことが
ない人は、
どんな場所かを想像すると思いますが、
簡単に言うと、

ディズニーランドと比べると
正反対の世界です。


...が、

その世界感がまた素晴らしい。


まず入ると、
いたるところに
作り手の人たちのちょっとした
たくさんのメッセージが読み取れます。

ステンドガラスの一部に
まっくろくろすけが
わからないように
顔を覗かせていたり、

トイレへの看板が
手彫りの木で作られていたり、

はたまた、
子供達だけが遊ぶ場として、
ネコバスの巨大ぬいぐるみの場が
(その中にはまっくろくろすけのぬいぐるみが
多数存在)
設置されていたりと

何から何まで、
そのぬくもりがいたるところ随所に
考えぬかれていました。

決して
中はディズニーランドと比べると
大きくはないのですが、

井の頭公園の一部に存在している
ということもあり、
その自然の中にうまく溶け込んでいることが
よくわかります。

それを見て、
納得でした。

なぜ、
宮崎さんがここに
「ジブリの”森”」を創りたかったのか。

それはまさに
都会であって都会ではない
ジブリの世界観をちゃんと
形にしたいという
あたたかい想いの表れでもあるようでした。


まず一番初めに入ると、
今までアニメがどのように作られてきたか
ということへの
わかりやすい実写質があります。

ここですごいと
思ったのは、
実際にフィルムの中の
アニメを壁に投影する原理を生かしたもので、
等身大で立体的にネコバスやトトロを形どり、
そこに光をあてて
実際に動いているようにみせるという技術でした。

つまり、
アニメが画像の中で動くのは、
その中でのセルを光に当てて、
そこにぺらぺらマンガみたいに
たくさんの絵を重ねてゆくことで
映像として出しているからなのですが、

それを一つ一つ
今度は立体にして
その動き一つ一つを立体的に並べ、
ある程度の速さで
それをぐるぐると回すことで
そこに時間を区切りながら光を当てると、
アニメと同じように
まるで動いているようにみえるものなんです。

なんだか
言葉にして説明しようとすると
難しいものですが、笑
百聞は一見にシカズ

是非行かれたことがない方は
ご自分の目で
ご覧になってみてください。


またまた、
中にはミニ映画を
上映する場所がありました。

ここでの
アニメは確か
3週間に一度か、
その内容を変え上映してゆくという
ことでした。

もちろん、
その全て、オリジナルで
このためだけにアニメが作られていました。

僕が見に行ったときは
「めいと子猫バス(笑)」という
めいが子猫のバスと一緒に
冒険をするという映画でした。

もちろん、
そこにはトトロも参上☆

なんとも温かいのです。
その場、
その雰囲気
その世界が。

なぜこんなにも
心が温かくなるのでしょう。
涙が胸からこみ上げるような
気持ちになるのでしょう。

20分という短い時間だったのですが、
その世界は素晴らしいものでした。

そこにいた若い学生の男の子が
いたのですが、
こんなことを口に漏らしていたのです。

「物語はなんでもいいんだ。
ただ、この世界に浸りたいんだよねぇ。」

僕も同感なのです。





そして、
まだまだ色々な部屋があります。

このジブリの森は全部で3階建ての
大きな木造の建物なんですが、
この屋上には
なんと機械兵が立っていますっ。

僕は何を隠そう
ラピュタ大好き人間なのです。
なんど疲れた時に
ラピュタを見ては心を
和ませてきたことか。笑

そんな僕に機械兵の
等身大を見せられてしまったら
たまったもんじゃぁありません。

しかも、
ものすごくよくできてるしっ!

部分部分をよくよく
みると、
壊れた部分はちゃんと中の配線が
絡まってみえ、
また、ちゃんと体の所々には
雑草が生えています。

素晴らしくないですか??

これだけでも、
このジブリの森におけるスタッフの人たちと、
宮崎さんの意気込みを
ものすごく感じてしまうのです。

そして、
その奥にはなんと
隠れたところに巨大な飛空石。

ふむふむ、これは
ムジカがシータのペンダントの飛空石を
使って、文字をなぞった石ですね
(マニアック??笑)

ラピュタ好きの僕としては
たまらないものばかりです。
(くーー。)

そして、
僕が何よりもこのジブリの森で
一番感銘を受けたのは、
この一つ一つのアニメが
できるまでの
全ての工程を
ラフの時点からセル原画まで
全て見せた場所があったことです。
(しかも、全て直筆の原画!!)

なんてことでしょう。

はっきりいって、
この全て。

絶句なのです。

言葉がいりません。
というか、
何も出せません。

すごいとしか言いようが
僕にはありませんでした。

僕も普段、
絵を書くことも生業にしています。

でも、だからこそ、
よくわかることがあります。

この宮崎さんが描く一つ一つの
描写や絵は、
ハンパではありません。

もはや、プロというレベルを
超えてしまっているような
そんな気すらしてしまいます。

とにかくすごいのは、
自然界における
事細かな部分を
より近い形で表そうとした
その表現力です。

自然界には
おおよそ1040程の色があります。
(間違っていたらごめんね。笑)
その色を組み合わせて
また更にたくさんの色が生まれたりも
するのですが、
そのスタジオには
全てその色がそろっていることは
もちろんのこと、
一つの画像をアニメとして
仕上げるまでの
莫大な工程を実際に目で触れられるように
しているのです。


前にこの月記で屋久島に
言ったときの感動を伝えましたが、

そんな時
田口ランディさん
という作家の本を見ました。

この方も屋久島が大好きで
よく本として
出されていますが、
その中にこんなような文面があったことを
僕はその時思い出しました。

「よくテレビで屋久島の特集として
その映像や写真を流しているけれど、
その世界はホントの屋久島ではないように見えるのだ。
リアリティに欠けると言うか、なんというか。
ただ、そんな時、
”もののけ姫”を見た時思わず、
(もののけ姫の舞台は屋久島がモチーフなのです)
「そうそう!これなのよ!!これが屋久島なのよ!」
と映画館にも関わらず、隣の人に
伝えたくなってしまった。
やはり真実を伝えるのは、決して画像とかではなく、
人の手によるものであることが
一番リアルに伝わるものなのかもしれない。」

そうなのです。
それです。
まさに、それ。

この宮崎監督の書いている絵は、
うまいとかのレベルではない、と
間近で原画を目にした時、
改めて感じたのです。


静止画として、
絵だけでうまい人は
この世界にはたくさんいると思います。

が、しかし、
これを表現の一つとして
映像として、
ここまで巧みに
絵を描ける人は
この世界にどれだけいるのだろうと。

この部屋に
ものすごく印象的な
言葉がありました。

「どんなに天才的な絵を書ける人がいたとしても、
 この世界はスピーディにどれだけの
 コマの絵を書けるかにかかってきます。
 ここでは、それでは駄目なのです。」

うむぅ。
(これしかでない 笑)


アニメを作るのには、
様々な工程があります。

脚本からはいり、
構成、絵コンテ
書き、
実写
編集、
そして、吹き替え。

更に
その絵も、
一つ一つのモーションを
絵にしてゆくためには、一番
想像力が必要になるようです。

ものすごい
忍耐と根気、
そして、才能だと
思いませんか?

その絵の次には
どんな動きをしたらいいのか。
どんな絵を加えたら
一番動きとして
自然に見えるのか。

その部屋には、
たくさんの映像のビデオや
実際の動物の動き、図鑑、
資料が山済みのようにされていて
そのスタジオが忠実に再現されていました。


何気なく
ただアニメを僕達は
2時間決められた中で
お茶の間で眺めているだけですが、
この裏にある工程を知り
そんなことを言われてしまうと、
なんだか
せんべいをかじって
見ている場合ではないのだよと、
つい
そんな気持ちをつっこまれそうな
心のうちになってしまったのですが 笑

(かといって、
アニメを見る人には
宮崎監督はそんなことは
望んでいないと思うのですが。笑)


まだまだ
この世界の素晴らしさが
沢山あるのです。

子供達への紙芝居をする
場所があったり、

専用の食べ物屋さんが
あったり、

どこかで見たことがあるような
ステッカーが売っていたり
(ん??笑)

と、
あまりにも語りすぎると、
もしもまだ行っていない人が
みたら、
もったいないので、
このくらいにしておきますが、



僕はこれが
素晴らしいところだと
思うのです。

つまり、
人間が作り出せた
”本当”の世界観というものは、

決して

共有するできるものではなく、
対立するものでもなく、

常に
それがそれであるだけで
「素晴らしい」もので、

それは
唯一無二の

共存にもかわってゆく

ということなのです。


具体的にいうと、
ディズニーランドには
ディズニーランドの素晴らしさが
あります。

しかし、
ジブリの森には
ジブリの森にしかない素晴らしさが
所随所に
積み込まれています。

それらは
決して、つぶしあうものでもなければ、
しかし、
共有できるものでもなく、

ただ、
その一つ一つが
素晴らしいのだと
思うのです。

野に咲く花が一つ一つ
そのどれもが素晴らしいように、

そこに確立された世界観と
オリジナリティがあることが
何よりも素晴らしい。

だからこそ、
それを何かの真似事ではなく、
それに至るまでの
世界観を作り上げている
人間という存在が、

この内容を貸してもらうとするのなら、
この「宮崎駿」監督という存在が
僕は何よりも
素晴らしいと思う所以なのです。

それは

大きな夢を与えてもらえた
一人の人間として。

たくさんの人に
たくさんの夢を与えてくれている

という純粋な思いに、

何よりも僕は感動と
揺ぎ無い感謝を憶えずには

いられなくなります。


それは、
ディズニーランドも然り、
ウォルトディズニー氏も然り。

全てにおいて、
誰かのために
何かを残せる、

ということ、その想いが
僕は人間としての尊厳がそこには
あるようで

それを感じたとき、
なんだか言葉に出来ないような
胸の高揚を感じてしまうのです。


それは、
僕が今、こうやって
たくさんの人が喜んでもらいたい
この活動をしていることへの純粋な気持ちでありたい、
と心のどこかでの胸の内で

思えるのも、


全てはそのような想いを
分け与えてくれた
このような尊い方々がいてくれてこそだと

そんな気持ちをも
抱いてしまうのです。


人間って素晴らしいですよね。

その自分の心は
決して
一人で創られたものではなく、

誰かの
思いに触れられたことで
始めて
芽が吹けることが
人間でもあり

夢を咲かせることができるのも、
実は。

自身ではなく、
そんな
周りの花々があってこそ、

なんですよね。









振り返れば
11月30日という今日の日。

不思議なことに、
丁度、
一年前
僕が路上を脱化した最後の日でした。

実は今日、
すっかり忘れていて、
でも、

それを丁度今日、
テレビのスタジオ出演があり、

「そういえば、
 丁度一年前の今日のことでしたよね。」

と、
僕のスタッフの方にいわれたことで、
改めてこの一年を回想する機会を
貰うことができました。

この一年は正直
とても大変でした。
新しい土台を作ることの
大変さは何をするにも常々感じますが、
でも振り返れば、
その全てが
やはり必要なことだったと感じます。

一年一年。
一歩一歩。

目には見えないけれど、
少しずつだけれど、
そこには僕なりの階段があり、
それをゆっくりとでも
登ってゆくこと
ゆけること。

それが僕にとっての
何よりもの大切な今を歩く上での
想いを注ぐ力にもなってくれます。
そこには
僕にとっての何よりもの目的があるから。

それが僕の想いを創る
心に変わってくれているようにも
思えます。


今日という日は、
丁度一年前を振り返ると、
また全く違うように、
また新しい一年をこれから
歩き出す為の日として
決まっていたのかも、

しれません。

それが何よりもの、
あなたが一年間
歩いてきた軌跡なのだと、
綴ってきた道のりなのだと、
そっと、
教えてくれているように。





そんな中で
ふと。

改めて考えてみたのです。
自分に向って。


あなたに夢は、
ありますか。

あなたに生きる目的は、
ありますか。




ここに綴った文章が
僕の何よりもの
”それ”への答えです。


また今日という日を迎え、
来月
新しい年を迎えるための
準備を交わせてゆけるように。

そっと胸でつぶやきました。

「はい、これが
僕の今を生きる意味です。」



と。


















さーーーぁて
今月はこんな感じでした。

どうでしょうか。
皆さんの胸には
何か残ってもらえましたか?


どうぞ
ジブリの森にいかれていない方は
是非是非行ってみて下さいね〜〜^^
色々と隠されているメッセージを
見つけるのも、また面白いと思います。
(それは自分の感じ方次第なんだけれどね 笑)

でもでも、

ジブリが好きな人には
とてもオススメです☆

これを見て、
また何かを感じてくれたとしたら
僕としても嬉しい限りです^^





さてさて、
来月のインフォメーションをお伝えしますね☆


丁度来月から
記念すべき第一号、
ハタ新聞が始まります♪

丁度クリスマスにかぶるんですよねぇ。
これって
どういう意味かわかりますよねぇ?
(フフフ 笑)

どうぞ皆さん、
楽しみにしていて下さいね♪

これからも
季節の風物詩を取り入れた企画やものを
新聞で皆さんの元にお届けしますので^^




また、
来月の初旬、中旬ぐらいからなのですが、
また恒例のファミーマートにて
店頭の年賀状販売の
発売が開始されます☆

今年はなかなか
好評らしく、
僕としてもほっとしています。笑

チャリティも
特別企画も
かわいいでしょ??

レア限定商品を狙うとしたら
インターネットもオッケーかもですね。

またそれとは
別に、店頭でパックで販売されてゆきますので、
どうぞこちらも
楽しみにしていて下さいね♪




また、
2006年カレンダーも
全国のツタヤ書店等で
好評受付中です☆

来年のカレンダーは
きっと今年にも増して
喜んでもらえると思いますので、
どうぞ皆さん、お手にとって
楽しみにどうぞ^^





またまた、
今年最後の特別企画となります

12月10日
団長さんとの
クリスマススペシャルイベント☆☆

いよいよ迫ってきました!!

こちらは、
一部はもう定員が一杯になりましたので、
締め切らせて頂くことになりましたが、

(間に合わなかった方ごめんなさいね。
 ただ、どうしてもという方は
 キャンセル待ちの可能性もあるので
 言ってみて下さいね。)

二部はまだ
若干余裕があるようです☆

お一人でこられる方も、
お友達と来たいという方も
是非振るってご参加下さいね♪

きっと、
何かしらのことを得て、
また来年を迎えられることは
間違いないと
思います。

喜んでもらえること。
楽しんでもらえること。
感動してもらえること。
何かを心に養ってもらえること。

それが何よりもの
僕達がこのイベントをする意味ですので^^

どうぞ皆さん、
楽しみにしていて下さいね〜!









あぁ、
今年の冬はなんだかあっという間のような
気がするなぁ。

この一年がそうだったように、
一ヶ月だと尚更だよね。




ちょっと余談を挟みますが

しかしー、今日
一緒に出演させて頂いたアナウンサーの方
すごかった。

普段何気なく
テレビで聞いているナレーションも
実際にスタジオの雰囲気で
間近で聞くとなると、
プロのその凄さが良く分かる。

しかも、
人間的にも温かく
素晴らしい人だった。


ただ
読んでいるわけではなく、
そこには
針に糸を通すような
秒刻みの時間が必要になり、
それに対して
言葉を読み上げる声と質
正確さが求められること。


もちろん、
そこで番組の流れを作るタイムキーパーさんの
役割もとても重要で、
その人もすごいと
思ったのだけれど、

皆、アナウンサーは
これを乗りこなせる為に
見えない努力をたくさん
していることを知ると尚。

何気なく
見ているだけでは分からないことを
またもう一つ違う視点で
勉強させてもらえたような
そんな気持ちになり...。


うううーーん。
何をおいても
どんなことも
奥が深いものです。


一生死ぬまで勉強、

まだまだ
まだまだ
学ばせてもらわないと
いけないことが
たくさんありそうですね。笑



それでは、
今月はこんなところで。

いつも楽しみに月記を
待ってくれている方、
本当にどうもありがとう。

僕もまた
これからも頑張ってゆきますので、
どうぞ楽しみにしていて下さいね^^



そして、皆さん、

どうか体を大切に、
そして、
風邪などひかれないように
十分気をつけて下さいね。

皆さん、
いつも本当に、

どうもありがとう!

皆さんがいてくれてこそ、
今の自分があるということを
今日もまた
沢山感じさせてもらいました。

そして、
この場を借りてで
申し訳ないのですが、
またそんな皆さんにお礼を言わせてください。

皆さん、ほんとうに
どうもありがとう。


また少しでも
皆に喜んでもらえますように
僕もまた頑張ってゆきます。


そして、
またこれからもどうぞよろしくお願いしますね^^


それでは、
皆さん、
また来月。


お会いしましょう^^


皆さん、
本当に



ありがとう。。




















































































冬の気配を感じると、
なぜだか

普段は見ていない
真上の空を
見上げるようになったのは

一体
いつのころからだっただろう。



真っ白な空から

真っ白な雪が降ってくることを
心待ちにしているような
そんな子供ゴコロは


今も僕の中で変わらずに
笑っている。




月日を重ねるたびに
思うことが
変わってゆくことは、

決して
年をとってゆくことで
考え方が変わってゆくことと
必ずしも同じこととは

限らない。




年をとる事が
いつの間にか

年を盗る事に
変わってしまっていたと
気付くとき

人はその無意味さに
知るように。


僕達は
時間を摂って生きている
ということを意識できたとき

たとえ幾千の月日が
経たなくても、

人はいくらでも
その内を変えてゆけるのだと
いうことをどこかで
憶えてゆけるように。


人の可能性とは、
年を老いて見出せるものではなく、

常にあなたの中に
存在する想い一つだけなのだろう。


たとえあなたが
どんなに小さい子供であったとしても
その胸の中は
実はきっと、

大人よりも大きいことも
あるはずだから。









また来年のこの日。

今ここで

あなたがたくさんの笑顔を
変わらずに
咲かせていますように。


たくさんの心を
たくさんの人とつむぎ

そして、

いつの日も
そのあたたかい想いを
分かち合える
あなたでありますように。



今年もまた
冬が来る。


たくさんの人の想いと
やさしさを乗せて


この空の下

誰かが
今日もまた
あなたのことを想い、

そして、
雪が降りるのを待つように。



去年の同じ今日。

同じ渋谷の空

同じ想い
同じココロを見つめては

僕は
今日もまた、
同じように

この小さな胸を
そっと一人


あたためている。
(2005.11.30)
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