2006年01月の日記

「1月28日」の風の味




季節もこの時期になると、
春の訪れを予感させるような
そんな気持ちになります。

この時期の雲や風は
とても澄んでいて
すがすがしい空気を
たくさん胸に吸い込んでは

また今日も
そんな空の流れと一緒に僕は
旅をしています。



皆さん、
丁度お正月から一ヶ月が明けようとしていますね〜。

皆さん、いかがお過ごしですか?
こんにちは、ハタタケルです^^


毎年毎年を
迎えると、季節の変わり目はとても
変化を感じるのに、


お正月が過ぎて
この時期がくると、
なんだか変な感じに皆さんなりませんか?


というよりも、
とても曖昧というか、
不思議というか。。

一体今は
なんていう時期なんだろうと
ちょっと良く分からなく僕はなってしまいます。


お正月、
僕は毎年のように
年に一度、家に帰っているのですが、
今年もその例に漏れることなく
長野へと帰りました。


僕の実家は、
長野県の小諸市という所にありまして、
その辺りでは
白菜とかキャベツとかが
有名なのだと思うのですが
(地元出身でしょ?笑)

とにかくちょっと足を運べば
高原地帯に突入するという
アルプスの少女ハイジ状態になるのですね〜。
(ただそこまでメルヘンではない 笑)


と、そんな地帯に帰ると、
やはり寒い。

なんでこんなに寒いのか。
特に今年は大寒波だったらしく、
氷点下-16度とか
とんでもない数字をたたき出しました。
むー大記録ですね。
メジャーリーガーもびっくりです。(? 笑)


僕のこどもの頃はそんなこともないような気がしたのですが、
それは物凄く痛い寒さだと再度痛感してきました。

ある朝、目を覚ますと
外はこんこんと雪が降っています。

それを見て俺は、「今日は寒いねぇ。。」
とつぶやいたところ

「雪が降っているから温かいんじゃない。」
というよく分からない台詞が返って来たりして

また長野らしいなぁとつい笑ってしまいました。

皆さんは
どんな年始をお過ごしになられましたか??







さてさて、
そんな今月の月記ですが、

毎年
この時期の月記の話題は
もうずっと見てくださっている方は
知っているとは思いますが、
決まっております。


それは、
僕にとっての

「1月28日」という特別な日のことなのです。






特別な日、と聞くと

皆さんは、記念日だとか、誕生日だとか、
そんなことを考えたりもすると思うのですが、

この日は僕にとって、
その両方の日である

記念日であり、
また誕生日でもあります。



丁度、メルマガにも書いたことなのですが、

実は僕には二つ
誕生日があります。

一つ目が、
僕がこの世界に生まれた3月17日。

そして、
もう一つが、
僕がこの「癒し人 ハタタケル」として道を歩くと決意し、
今の自分が生まれた日。

それが実は、丁度今から4年前の2002年1月28日のことなのです。

なので、この日を迎える度、僕にとって見ては、
自分の誕生日と同じ、大切な日を迎える想いで一杯になります。


なぜ僕が
この日を選んだのか。
それは僕もよくわかりませんでした。

路上に出た日を決めたのは、
2001年12月中旬の頃のことだったのですが、
ただ、
それで丁度来年の1月の第4週目の月曜日
という次に向っての始まりが
あったので
その日を僕にとって新しくスタートする時期と
なぜか心の中で決めました。


そして、
その日、僕が路上に座ったことで、
僕はこの道を一生生きてゆこうと

心に誓いました。

そして、それを

心で感じました。


人生ってとても
不思議なものですよね。

もしも
あの時、僕が路上に出ていなかったら。

あの時、一番初めに座ってくれた女の子が
とても嫌な人だったら。
その子じゃなかったとしたら。

僕はもしかしたら
この人生を見つけられていなかったかもしれない。

人生は
微妙なタイミングで全てが
成り立っていると思うのですが、

そこで大切なことは、
タイミングというものは必ず皆の下に
やってきているものであっても、

それが来たときに
それを大切に出来るだけの
行動があるのか、

それが自分にとっての「大切」な
ものなんだと、
そういうことを実感できる心が磨かれているのか。

手を伸ばして、それを
どのくらい真剣に考えられるのか。

それには、
まず自分が常日頃から
「自分を知るという作業」を
繰り返してゆかないと

分からないことでもあるのだと
僕は常々実感させられてきました。


自分を知るということは、
自分のことなので、
簡単なようにも見えますが、
案外とても難しいものだと僕は思います。


自分のことだからこそ、
わかりにくい。


自分は何が好きで、
何を本当に大切にしたくて、
そのためにどんな人生を歩きたくて、
何をしていたら一番幸せといえるのか
何に対して努力できるといえるのか。
どんな人が自分にとって必要なのか
どういえる人が自分の伴侶となるのか
それを守る為にはどんな自分になってゆければいいのか。。。


そういう一つ一つのことを考えると
どうでしょうか。

答えに窮してしまう人も多いのではないでしょうか。


まさに
僕にとって見れば
4年以上前の自分はその塊です。

自分のことだから
自分のことがわからない
っていう矛盾が自分の中に生まれてしまったんですね。笑

そこで、あったことが
まず自分のことをちゃんと知り、

そして、
頭でその物事を感じる、判断するのではなく、

その目を心にもつことで、

自分の心で感じたもの

それに対しての
「これだ!」という

「納得」を図るように考えたのです。


つまり、

自分の心の感じ方を全ての

自分への答えの基準にしたのです。


そうすると、
いつもだったら目にしか見えていないものが、
今度は
違った形で見えるようになってきました。

それは、
視るのではなく、

「感じる」ということ。

人間は
つい、目の前の物事の是非をみるとき、
表面上の物事に捕らわれがちになって
しまうことが多いと思うのですが、

本当に”自分”にとって
大切だというものと巡り逢うためには

それが見れていないと
それでは
いつまでたっても巡り逢えないし、

たとえ巡り逢っていたとしても、

それを守ることもできないものだと

僕は思います。



なぜなら、そこには
何かを頭で全てを図ろうとしても、

そこに心の中での
「納得」がなければ、

自分の行動には決して結びつかないものだからです。


人は、
行動をどこでするかというと、
僕は頭ではなく、

最後は自分の心や直感で突き動かされることでだと
思うのです。


たとえば、
誰かが電車に引かれそうになっていたとすると

そこで
人が行動をとるのは、
「頭」でではなく、

「心」で感じてそれを助けようと思うこと。


理屈で物事の行動を
図ることよりも、

心の中で突き動かされて
自分の行動に変わること。

そっちの方が
人にとっての求めている
「真実」が多いのではないかと
思うのです。


なぜなら
その後ろには
「愛」という人間が誰もがもっている
心があるから。

愛という言葉を使うと
なんだかとても
恥ずかしい感じもするかもしれませんが 笑

「愛」という言葉の裏に
必ずつく言葉があります。


それは
「無」という私心のない心のあり方を
示しているんだと
僕は思います。



子供が無邪気に笑うとき、
愛を感じる。


何かを無我夢中で助けようとしたとき
そこに愛を感じる。


誰かを無心で好きになれたとき、
そこにもやはり愛があります。


そう、
自分の心から来るメッセージや想いというものには
とても大切な言葉がたくさん
含まれています。

でも、
ここで大切なことは、
せっかくそういう力を皆さんが
もっていたとしても、

それを感じ取るだけの心が
常日頃から研ぎ澄まされていないと
それが
見えなくなってしまうということなのです。


その
自分の心を研ぎ澄ます、
ということがまさに
自分を知る、
という作業なのではないかと

僕はそんな風に思います。


そして、
そんな自分が研ぎ澄ました心で
物事を見たときに

そして、
それを心で「これだ!」と感じられたとき
人はそこに
ものすごく大きな力を発揮します。

それが、
”決意”という心と自分を結ぶ
契りなのです。

そして、そこには
理屈で考えていない分、
それを一生守れるだけの自分にも代わってゆけます。

なぜなら、
それを”なぜ”大切なのか、
ということを

自分の心の中でちゃんと知っているからなのだと
僕は思います。


でも、その
”知っている”という想いがあるのとないのとでは、

根本的に置ける
自分の自信やそれに対してのエネルギーが
絶対的に変わってくるものだと
思うのです。



僕がこの道を歩いて早4年になりますが、
一度も僕はこの道を辞めようと
考えたことはありませんでした。

それは、
ここが僕にとっての生きる場所ということを
心で「知っている」からなのです。

そして、
それ以外にはない、ということも
自分が様々なことを経験してきて
「知っている」からなのです。

ただ、
それを「知る」という作業を感じるには、
その前には
たくさん辛いこともあります。

色々な物事に体一つで
ぶつかってみて、それで感じたものを
心で判断する。

自分のいいところも悪いところも
ちゃんと向き合って、
そして、その中から
掬い取るように自分の答えを見つける。

それこそ、
何度も何度も繰り返す自問自答なんですよね。笑


心を深く掘り下げてゆけばゆくほど、
人間には
決してみたくないようなこと、
思い出したくないようなことがたくさん出てきます。

しかし、
僕はそういった作業は決して
無駄ではなく、
いつかそれがたくさんの体当たりと
そこで見えた心を知った先に、
たくさんの涙を流した先に、

急にふと、「腑に落ちる」という
気持ちを覚える時がくるということを
僕は知っています。

それは、決して
ただ辛いことばかりではなく、
ちゃんと自分が自分に対して
発しているメッセージを
汲み取ること、
自分から目を背けずに心を見つめること

それがこの人生を歩く上で
何をするに当たっても
まず誰もが気付いてほしいという
その人の深層からくる
サインなんだと

僕は思うのです。


だから、
人間的に成熟している人達
というのは、
必ず、
自分を深く掘り下げています。

そして、
そういう過程の先に、
ちゃんと自分のことを知っているからこそ、

ぶれない心をもっている人達のことを
僕はいうのだと思います。


ある意味、それは
とてもシビアな言い方をすれば、

自分にとって
「大切なもの」と「そうでないもの」
「必要なもの」と「そうでないもの」
「守るべきもの」と「そうでないもの」
「やるべきこと」と「そうでないもの」

そういう二極化が
自分の心の中ではっきり出来ることでも
あるのだと思うのです。


なぜ、
それが必要なのか、というと、
答えは簡単です。

自分にとって
何が大切で何が必要で
何が守るべきもので、何がやるべきものか

ということをちゃんと知っていないと
人はそれを
失ってしまうことがたくさんあるからなんですよね。

失うことを恐れて、
本当に大切なものを失ってしまったとしたら、
それは
本当の勇気といえるのか。

大切だと分かっているのにもかかわらず、
それを大切だという行動が
ないものに、
本当に大切にすることが
できるのだろうか。


人間はそんなに簡単ではないものですし、
不器用な面もたくさんもっていて 笑
その度にそんな自分を
責めてしまいがちになってしまうと
思うのですが、

だからこそ、
そのたくさんの痛みを知り
何かを失ってきた分、

人は
その心の中での
「そうであるもの」と「そうでないもの」を
はっきりと知ることもできる。

そして、
それを知り
それに対しての伴う行動が
その人ができるのであれば、

その先には
その人がつかむべき
幸せがそこにはちゃんとある、

ということを

知ることが大切なのだと
僕は思うのです。


そして、
それをもしも実感し、
大切だと思うことが出来たら、

それを失わないように
最大限の努力できる人間であってほしいと

僕は一人の人間として
そう思うのです。

それは、
「僕自身」のことも含めて。

僕がこの道を一生のものにする
ということを心で「決意」したように、

それは全ての自分の「守るべき大切なもの」に向けても
必要な心とメッセージなんですよね。






僕にとって
この4年間というものは
とてもたくさんのことがありました。

正直な所、
この4年という年月だけ見てしまうと、
それほど、長い年月だなぁって
いうようには感じないのですが 笑

僕はこの4年間でとても
大切なものをたくさん得てきたと思います。

そして、
同じように失ってもきたものも
たくさんあると思います。


しかし、
僕はそれだけのたくさんの想いに触れたことと
同時に、

そこで自分から目を背けなかったことが
自分にとって
本当に大切なものを知るための大きな糧になってくれたのでは
ないかと、

そんな風に僕は
今の僕自身を見つめています。


そう、
どんな人だって初めから
完成された人なんていないように、

初めから
何も失わずに
大切なものを守れた人もいないということ。

だからこそ、
そのものをちゃんと心の痛みに
憶えて、そこからどれだけのことを
学べたのか。

それが
その失ってきたもの、
得てきたものへの感謝にかわり、

何よりもそこで
本当に本当に大切なものに出逢ったら、

いままでの
経験があったからこそ、
失ってきたものがあったからこそ、
何かに心に傷を負わせてきてしまったこと、
自分に傷を負ってしまったことがあったからこそ、、

それを

何よりも大切に守ることが出来る人になって
ゆけるのが、

僕は人間が本来持っている素晴らしさではないのかなぁと
そんな風に最近は思っています。



今までこの4年の中にたくさんのことがありました。
そして、
たくさんの想いを重ね、
たくさんの数え切れない程の人に会ってもきました。
たくさんの方の話も悩みもたくさん聞いてきました。

しかし、今その一つ一つを振り返ってみても、
「やらなければよかった」と想うことがありませんでした。

それを考えると、
僕はこの4年間でどれほどの成長と変化を
したのかということをふと実感します。

丁度4年前、路上に座ったあの日。
そのままの自分が今も僕の中にちゃんといて、
でも、その頃の自分とはまた一つも二つも
上を歩いている自分もいる。

その中で向う先にあるものは、
もっと「たくさんの人と笑顔を創ってゆきたい」という
心からの純粋な初めた時から変わらない"思い"なんだと、
更に実感するようなそんな気持ちになりました。

そして、また今年、
新たにたくさんの笑顔に触れられるように
頑張ってゆこうという決意を

もらうことができました。



ふと振り返れば
1月28日という

僕にとっては
何気なかった日。

誰かにとっては
大切な日だったものが、

今の自分にとっては
かけがえのない日に

変わっています。


今日またこの日を迎えられたことの
喜びと
新しい決意を胸に

今日また僕は

ぷかぷかといつもと変わらずに
空に浮かぶ雲を見上げては

この今を歩いています。






皆さんにとって
大切な日とは
なんでしょうか。

皆さんにとって
大切な人とは
なんでしょうか。


よかったら
この機会にどうぞ考えてみて下さいね^^


皆さんにとっても
この1月28日を
一緒に迎えることで
ちょっとした
自分にとっての新しいスタートやきっかけに
変わってくれていたら嬉しい限りです。


来年の1月28日は
皆さんどうなっているのでしょうね。^^


楽しみにしています☆ 笑







さて、
今月のインフォメーションと
皆さんへの報告をさせていただきますね。


来月の19日に
初のハタタケルの作詞とアーティストとの
コラボイベントを行ないます☆

この方はyunaさんといいまして、
この道10年を歩いてきている方で

今日も
元LUNASEAのSUGIZOさんとの
ユニットも組まれている方です。


yunaさんとお会いしたとき、
とても感性が近いものを感じました。

そして、その考え方も。

それで意気投合して
このようなイベントを開いてゆこうと
思ったのがきっかけです。


中では
僕が作詞した曲も何曲か歌いますし、
曲の中でのコラボイベントも考えています
(こちらは来てからのお楽しみです^^)

どうぞ皆さん、
お時間がある方は遊びにきてくださいね!






そして、
来月の2月25日ですが、
この日、今年一番初めの
一番大きなイベントを
池袋で開きます!

先月より、丁度
「もっとたくさんの人の笑顔がみたい!」ということで、
ハタ新聞が月一度、発行できるようになりました。



しかし、
このハタ新聞。



実はここには

皆さんに教えていない

大きな秘密があります。


そして、
大きな理由があります。

なぜ僕がそれを始めようと想ったのか。

それは、
ただ新聞を始めたかったからではなく、
ただ単にやっているだけではなく、

これからやろうとすることに
対しての全ての意味が
その先にはあって、
そして、

あくまで皆さんと
たくさんの笑顔を共有できる
大きなプロジェクトの中の第一歩にしか過ぎないという
ことです。


それを今度の2月25日にて大々的に
お披露目します。


皆さん、こちらにどうぞ足を運んでみてください。


きっと来た人にしか共有できない世界や
想いがたくさんあることと
思います。


こちらもどうぞ
お楽しみにしておいていただければと
そんな風に思っています。


また
こちらには
いつも大変お世話になっております
団長さんを
始め、

皆さんの前には
初めて姿を出して下さる

私自身とてもお世話になっている、

また、
僕自身にたくさんのご協力を注いでくださる

(株)アントレックスの艫居社長も

応援ゲストとして、来て頂けましてお話を頂けます。


このお二人なしでは
今の僕はないといってよい位
お二人ともとても素敵で
魅力的な方です。


団長さんのことを知らない方は
是非ここで知っていって団長さんの
ファンになってもらいたいですし、

艫居社長のお話を聞ける
貴重な時間もそうそうありません。


どうぞこちらのほうも
きて下さった方にとって

また
団長さんや艫居社長にとっても

得るものが大きい時間にしてもらえたらと
感じています。





こちらの二つのイベント、

どちらともお一人で気軽にも来て頂けるような
仕組みになっていますし、
お友達参加ももちろん、可能です。

どうぞ皆さん、
楽しみにいらして下さいね^^






そして、
皆様にご報告ですが、

昨年度のファミリーマートの年賀状の
ご協力、ありがとうございました。

とても良い年賀状になったと
皆様からご好評頂けたようで幸いですが、

去年からは
チャリティ年賀状にも参加させて頂くことに
なりました。


その結果、
約申込みに対して約一件100円分の
お金がアジアの子供達に
送られるそうなのですが、


日本円にして
約250万〜300万程、
この年賀状を通して
アジアの子供達に寄付されることになりました。


これは
あちらの原価にして
約100倍の価値が出ます。


これを聞いたとき、
僕自身、
自分のできることは
それほど多くないかもしれないけれど、
ちょっとでもやったことが
そのように貢献できたことに

たくさんの感謝を致しました。

それは、
僕自身ということへではなく、
これを申し込んでくださった
「皆様」への感謝です。

この場を借りて
皆様に心からたくさんの感謝をさせて下さい。


皆さん、
本当にどうもありがとうございました☆

もっと僕もこれから
たくさんの人の笑顔をみれるだけではなく、
こういった
活動に対して
少しでもお役に立てられるように
そんな自分に成長してゆきたいと思っていますので、

どうぞ皆さん、
またこれからも変わらないご支援を
どうぞよろしくお願いしますね^^










最近、
どうも風邪が流行っているらしく
自分の周りでは
皆ばたばたと
かぜっぴき症候群にかかっています 笑

なにやら
今年の風邪はどうも
長く続くそうで。。。

自分はひかないから大丈夫!

と慢心が
結局風邪をこじらすそうなので、

自分は風邪をひくから大丈夫!
(なんか違うな。笑)

...ではなく、

風邪をひいたら
早めに徹底して休むことを
大切にして下さいね。


僕もまた
風邪はひいてはいないのですが、
これから迫り来る
花粉症にちょっとビビリ気味です 笑


それでは、
皆さん、

いつも本当にどうもありがとう^^

そして、
今年、

きっと去年以上に実り多き年になってゆくと
思いますので、

どうぞ皆さん、
楽しみにしてお待ちくださいね^^


また今年もたくさんの笑顔を
皆さんと一緒に
共有してゆけることを

心から楽しみにしています。



それでは、
皆さん、

また今年も一年

どうぞよろしくお願いします。


皆さん、
いつも本当にありがとう^^


また皆さんとたくさんの
笑顔を今年


咲かせてゆけますように

心より願いと想いをこめて。。。






































































































風の音を聞いていたら
なんだか胸がやさしくなった。


季節が巡るごとに
僕が感じる心は
確実に変わっているはずなのに、


変わらないものが在ると
気付けたとき、


胸の中でふと安心した気持ちに
なるのは
なぜなんだろう。


大切なものは
いつだって

僕の胸の中にある。





今日も
あなたを想い
この今を歩いているよ。


あなたがあなたらしく
笑えるように

そして、
それを一つ一つ
僕と一緒に
創ってゆけるように


このかけがえのない今を
共にできる喜びが

僕にとっての
何よりもの
幸せだと知っているから。



今年も
これからも

ずっとあなたと笑えるように
あなたと共にあれる自分になれるように

僕はこの
実りある地を踏みしめて

移りゆく時を超えてゆきたい。



今日もまた

この世界のあなたと
一緒に
笑えることの喜びを


ゆっくりと

この胸の中で、



噛み締めながら。
(2006.01.31)
もどる
バックナンバーリスト
HOME
build by HL-imgdiary Ver.1.25