2006年02月の日記

流れる月日と共にあるココロ







流れる季節に身を委ねると、
あっという間に月日が重なってゆくんですねぇ。


僕もまた今日を振り返ると、
2月という月日の早さにふと驚きます。



今月は特に早かったなぁ。

何でだろうとスケジュールを見ると、
色々なことを重ねていたことを思い出しました。


ある意味
充実していたのだけれど、
ある意味
一つの山を越えたような感覚でもあり。


人間やろうと思えばできることに
気がつく今日この頃のハタさんです。 笑

皆さん元気に頑張っていますか??






先日ですねー、
僕は風邪気味になり
ちょっとやばかったのですが、
気合で乗り切ると
なんとかなるものですねぇ。

かといって
油断も禁物。

皆さん、風邪には十分気をつけて下さいね 笑




さてさて、

そんな今月の月記ですが。



今月は何について語ろうかなぁと
思ったとき、

最近良く考えることを載せてみようかなぁ


思いました。




それは、


人と人が、


”出会う”


ということについて。




最近、自分のことを
振り返ってみると、

一年前の自分と、
今の自分が一つ、
大きく違っているものがあることに
気がつきました。


それは、
僕にとっての「出会い」という意味だったり
しました。









皆さんにとって
出会いとは、どういう意味をもっていますか?

出会いはやってくるものだと思いますか?

それとも、創るものだと思いますか?



僕が最近良く思うのは、


出会いは
訪れるものであっても、


その訪れる出会いの濃さというものは

自分の成長が伴うことでしか図れない

ということでした。



よく人は
出会いを作るということになると
(...といっても色々な意味の出会いがあるだろうけどね。笑)


出会いを求めて色々な所に
顔を出したり、
そのような場を設けて
赴いたりすることが多いのですが、


僕が時々、出版などの業界パーティに
行ったりして出会ったものというものは



なんだかちょっと自然ではないような
感じのものが多かったように思えます。



むしろ、
今まで自分にとって
「大切」と言える出会いに繋がることは
ほとんどなく、


逆に自分にとって”大切と言える”
そのほとんどの出会いは


振り返ってみると
自分の自然な歩みの中で
ゆっくりと培ってきた中で

めぐり合えた人達の方が
断然多かったのです。




それは何故なんだろうと
ふと考えてみると
そこにあったものは、


自分が成長した一つ一つの段階の中で
自然と訪れたものでした。



つまり、


その時気がついたのは、
本当の出会いとは、


「求めるもの」ではなく、


自分を「成長させた」中でしか、
訪ずれないものだということ。


その中に
本当に自分にとって大切といえる
必要な出会いが訪れる


という僕なりの価値観だったのです。




それは言い換えると、


「自分を見ずして、
他人を顧みることはできない。」


いうことだったりするんですね。








例えばですねー、

一つの例であげると、


誰かが
どんなに素敵な人と出会うことを求めていたとしても、


では、

その人がそれに見合うだけの人になっていなければ
仮にその人に出会ったとしても、

それは本当に
出会いに変わるのでしょうか。



出会うことばかりを求めて、
そんな自分をもしも蔑ろにしていたら、


とても大きな出会いがあったとしても、
それを
つかめるに足りる自分になって
ゆけるのか。


また、


例え出会えたとしても、
自分が成長することを
どこかで止めてしまったら、


目指すべきものや
根本的なものが変わってしまっていったら。




どうでしょう。


きっとまた
その出会いの質もそこでの価値観も
変わってきてしまうものでもあります。




結局、

あくまで

その出会いというものの全てを決めているのは、
流れでもなく、


いつだって

「自分」でしかない。


と、
気がついたとき、

自分にとっては
とても大きな財産になりました。



もしも自分が
より成長しようとしていなかったら。


もしも自分が
楽な道を選び、その先にある
本当に大切なものを得ようとしていなかったら。


妥協を繰り返していたら。



きっとそれは
それに伴うものしかやってこないもの。


そして、
人は自分にとって上に向って成長しようと
出来るココロをもつことでしか、


自分の世界を創ることは
できないもの。


その目的がより高いものであればあるほど、
大変なことも多い分、

必ずそれに見合うだけの努力をしているのであれば、


それに見合う形の
”何か”がその人には訪れます。



その”何か”というものが


それに見合うだけの


出会いであり、


成長であり、


そして、

その人の求めている全てのもの


だったりするのだと

僕は思うのです。






先日、

とある人と食事をしていた時に
こんな会話になりました。


「”縁”というものってさ、
自分で作るものじゃないけれど、
自分が何を目指すかで
変わってくるものなんだろうね。」


そうそう、

その通りなんですね。


例えば、

縁、というものは、
もちろん、

初めから決まっているものでもあるかもしれませんし、


元々誰もがもっている
生まれてきたことへの”交わし”でもあるのかも
しれません。



これだけたくさんの人がいるのに、

その中で出会う人は
限られていることも考えてみれば


とても大きな縁がそこにはあるからなのでしょう。



でも、
その縁は、ほっておいても

紡げるものだけとは限りません。


自分のさじ加減一つで

その縁はいくらでも良い方悪い方に
変わる事はたくさんありますし、


自分にとっての方向性や求めるものが
違うだけで


その縁もまた
意味合いを変えます。


もちろん、
そういうことを全部含めて、

その人の人生が初めから決まっていたとすれば
それはまた違った意味にもなってゆくのですが。。




そう思うと、
”縁”というものは
とても不思議なものに思えます。



人間は自分の宿命は
変えられなくても


自分が何を目指し
どんな自分になってゆくかで

運命はいい方にも
悪い方にも

変えてゆける。




では、

その変えられるものが
運命であるならば、


そこでの出会いというものは


自分で縁を紡ぐことが
できたということ。


それは、

自分で自分を成長させることを
止めなかったからこそ


創ることができた

”縁”でもあるんですよね。




僕は最近、

周りを見回すたびに、



そんな縁が一つ一つあることを

とても感じるようになりました。


つまり、


今、自分の
周りにいてくれる人が

今までの自分を表していること

につながってゆくことでも


あるんですよね。







より高いものを

目指すときですね、




僕は

よく山を登ることを思い出します。


より高い山を目指すことと
いうものは、

より困難な道を選ぶことになります。




その先には

想像するのも嫌になるぐらいの
険しい道のりがあるわけです。



でも、

何故それでも
時に人は高い山を上ろうとするのでしょうか。


その答えは一つだけだと思うんですね。



その高い山を登った人でしか
見えない世界がそこにはあるから。



そして、


その人でしか
分からない世界がそこにはあるから。



これは
全ての人と共有して分かろうという
価値観とは違います。



それを知ろうとする人でしか

きっと興味を持たないことでもあるのだと
思うのですが、


でも、

少なくともそこには
生きるということへの

真髄があるような気がします。




人によっては、
いかに楽をするかを考えることが人生だったりするし、


いかに人よりも要領よく生きてゆくかを
実践できるかが人生だったりします。


それは時には
必要になることでもあると
思うのですが、



そればかりを考えていたとしても
決して

楽にも、要領がよくなるわけでも
ないと僕は思うのです。



なぜなら、


どんなに要領がよくて、
楽をしてそうな人でも、


そこに至るまでは

やはりその人なりの

相当の努力が伴わないとできないことでも
あるからだと

僕は思うからです。





そう言った意味では


人間は
初めから全てが伴っている人は存在せず、

始まりは平等なのかもしれませんよね。笑




もしも

今あなたが何かを求めてゆきたいと
思っていたとしたら、


何かしらの出会いを求めるとしたら、


そんな時はどうぞ


何かを求めようとする前に、

まずは始めに、そんな自分を

見つめてみてはいかがでしょう。


そして、

その中で自分に足りないものがあるのなら、

それを知った上で、

焦らずに自分を成長させてゆくこと。




どんな自分になってゆきたいかを
明確に描き、そして


それに伴う行動と
言動をできるような自分になってゆこうとできること。


それが、

現実を変える心であり、

そして、

そこにある
何かしらの現状を変える
きっかけにもなってゆくものだと


僕は思います。




皆さんにとって

素敵な今を過ごせますように。



そんなことを思って
今月の月記を書いてみました。



いかがだったでしょう??


何かちょっとした
きっかけになっていたり
してもらえたら幸いです。^^





















あぁ、そっかー!!


もうちょっとすれば

3月に入るんですねぇ。




3月といえば、

僕にとっては
また新しいスタートになる季節です。



なんだか
今から楽しみであり、

でも、

それまでにまだできていないことを
踏まえた上で、

新しきを創ってゆきたいものですなぁ。





また来月には新しいものが

出てゆきます。


楽しみにしてくれている皆さんには
きっと
喜んでいただけるものになってゆくと思います。



是非
来月を楽しみにしていて下さいねー^^


ここではあえて何かは
いわないようにしておきますね 笑

お楽しみに☆









それでは、

今月の月記はこのようなところで。





今回は
ちょっとだけ短めにしてみました。


たまには

このくらいでも
いいかもしれませんよね。笑





ということで、


また皆さんに来月お会いできることを
楽しみにしていますね〜!


皆さん、
どうもありがとう!!



それでは、

また来月

お会いしましょうね^^




















































































































未来を描くとき、



人はその胸に何を抱いてきたのか。






時に

それは

誰かにとっての



希望となり



支えとなり




掛け橋となり。






様々なものに捕らわれながら


人はいつも


この先への道のりを


築いてゆく。











人が皆生きてきた軌跡というものは

きっと


そんな
様々な想いが重なって出来た
目に見えない

線をひいてゆくこと。




折り重なった線をみて

いつか人は

自分が創ってきた物語の後先を
知るのだろうか。








いつの日も


巡りあった

この素晴らしき出会いを
紡げるように



僕は今日もまた

一つ一つを重ねて歩いてゆくよ。




大切なものを

大切として守るべき人になれるのなら



僕は

それを


守れるだけの存在になれることを
惜しまない



そんな人でありたいから。







今日も

たくさんのココロと共に
今を歩いてゆく。




その交わした奇跡

その一つ一つを

数えながらも


僕はまた

このかけがえのない今を踏みしめてゆく。






そう。




振り返ったとき、

そんな自分がひいた線が

いつの間にか

輝いていたことを知る。




その日をそっと、




楽しみにして。
(2006.02.28)
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