2006年03月の日記

ココロの旅にふれてごらん。





あたたかな陽気がもうすぐそこまで
やってきていますねぇ。


雪解けももう間近なこの季節
皆さん、いかがお過ごしですか?

ハタタケルです。


今年の春はですねぇ、
皆さん、
もしかしたら感じていらっしゃるかもしれませんが、
例年に比べて
花粉症がとても少なく感じませんかい?
しかも、
症状があまりでない人が
多かったのではないでしょうか。


僕もその内の一人で、
なんだか今年の春は花粉症が出ないのです(泣)。
これには本当にびっくり。

なんででしょう。
ってか、花粉症って治るものなんかね??
そうであってくれたら嬉しいなぁ。
これが春なのね、と
実感している今日この頃のハタさんです。

うむーー、すがすがしい。笑




さてさて、
今月の月記はですね、

「人が旅をする」、ということについて

丁度タイムリーの
お話を皆さんにおすそわけしましょう。




つい先日までですね、

実は、

僕自身、
去年と同様、

屋久島に足を運んでいました。


時期的なものもありますし、

タイミング的なものもありますし。


でも、
なぜだか自分の心に従って行動すると、
自然に僕は屋久島の方に
心を向けていました。



屋久島は、
ただそれだけを見てしまうと、
何も無い島に見えます。



しかし、
よく見ると、いたるところに
自分がわすれていたような環境や色、
人々の心があったりします。



屋久島にいった方がある方は
分かるかもしれませんが、

屋久島は結構、発展しています。

コンビニもあるし、
東京の生活とこちらで生活するのと、
何といって
変わりは無いように思えるけれど、


でも、
やっぱり都会の生活のそれとは
全く違うものです。


そんな
去年僕が感じた屋久島の姿と
全く同じ屋久島の姿が
そこにはあって

僕はちょっぴりほっとしました。




こうやって自分に何かを
与えてあげたいときは決まって

僕は自分に旅を与えることに
しています。


「一人で来るのって心細くないですか?」


とある旅先で出会ったおじさんが
僕にかけた言葉。


その言葉を聞いたときに、
僕はその返事に
ちょっと困ってしまいました。


だって、
心細いと感じることよりも、
そこにある出会いや想いを
普段の自分とはまた違った形で
感じられること、紡げることが

何よりも嬉しくて
それを楽しく思えている自分に
そう思ったことが無かったんだもの。


そして、何よりも一人でどこかに行く、
という行為は、
人の人生にとってちょっと時には
もしかしたら
誰もが時には
必要なことなのではないか

なーんて思っていたりもして。


でも、
おじさんは
嬉々として語る僕をみて

「いや〜、僕だったら怖くてダメですね。」

と苦笑いをされていたのだけれど。笑



でも、確かに
言われてみれば

一人で何かをする、
ということは、否が応でも
自分とどんな時も、
「向き合う」ということになります。

楽しいときも、
辛いときも。

自分の良い面、悪い面も
有る意味、

自分の「内面」の見えなくても良かったものも
時には見えてしまうこともあります。

でも、
実際は逆で、

自分との対話によって
見えることの方が多いように僕は
思うのです。


だから、
自分の時間を自分らしく楽しめること
ということが出来る人は、

僕はとても大人だと思うし、

また、

人が自分の足で立つ上で
とても大切なことでもあると
僕は思います。


しかし、
その状況をどこでするかによっても
変ってきます。

日々の変らない中でするのか。

それとも、
全然日々の中とは違う
大自然の中でするのか。


それには大きな差があるものです。





今回、

僕も屋久島にいったとき、
また山に登りました。


そこにあったのは、
「山との対話」だと
僕は思っていったのですが、

そこで待っていたのは、
実際は
「自分との対話」でした。


日々のめまぐるしく忙しい中で
自分をもう一度、
ゆっくりと
改めて見つめてみる。


自分が何を望んでいて、

どんな自分になりたくて、

そして、

自分らしく笑える為には
何が必要なのか。


どんな自分が本来の
自分”らしさ”なのか。





こんな僕でも、
やっぱり日々、

時々でも自分を見つめなおすことは
とても大切なことで。


一度、
できたからということではなく、

日々、
繰り返し繰り返し

自分と向かい合えたものは、
知らないうちにずれてしまっている
自分に補正をかけるような

そんなことも
やっぱり必要になるものです。



そして、
人間って不思議ですよね。

自分と向かい合って、
そして、
その心を租借してみると、

そこに見合った答えが
「自分」の中から生まれてくるもの
でもあります。


しかし、
僕が今回、旅に出たのは、

特別「自分と向かいあおう」という
気持ちではなく、

ただ純粋に、
自分へのご褒美を
大切にしようと思えたから
だったんだけれどね 笑





人は、
自然の姿を目の前にして、
その中に浸ると、

またこれも不思議なことに
とてもココロを素直にさせます。


人ごみの中では
絶対にできないような行動や
誰かと言葉を掛け合えることも

そこでは
なぜだか皆、自然にできてしまうのです。


今回もそうだったのですが、
人が山に登ると

出会った人と必ず
何かしらの
挨拶や声をかけることが多いものです。


これは、
山を登る人にとっての
常識とかではなく、

「自然」が自然にそのように
人をさせてしまうような

そんな魅力があるからなんだと
思うんですよ。


でも、端としてそう思うと、

ううーーん、

人間って、大きな自然の前では
とても無力だし、

そして、

どのくらいその自然たちに
生きるということを語らせると、

いかに小さなことで
いこじに自分の心をはって生きている自分に
少し恥ずかしくもちょっとなるもの
です。



自然はあくまでいつだって

そのまま

あるがまま。


決して、
それ以下でもなければ、
それ以上でもないし、

隠すこともない。


でも、
そこには当たり前という言葉が
似合わないほど、

僕たちは目を通した
世界の中で

その自然たちの姿を
「当たり前」といってしまっている。

僕たちは
何一つその”当たり前”のことが
できていないことが
多いのに、

知らないうちに言葉に
してしまっていることが
とても多いんですよね。



そして、
前回もそうだったのですが、

今回も、
山に登って、
たくさんの人達と
会話してゆくうちに、

自分の心が少しずつ温かくなっているのに
僕は気がつきました。


そして、
その時、何故自分がここにきたのかが
よく分かった気がしたのです。


「あぁ、きっと自分は
 これがほしかったんだなぁ」


って。




心が日々の中で知らないうちに
硬直してしまっているのを、

自然や、
そこに生きるたくさんの人々、

また、
同じようにこの地に訪れた
たくさんの人々のココロに触れること、
温かい心の交わしをできることで


少しずつ
自分の心を溶かしていってくれたような、

そんな自分の固くなってしまっていた心を
ゆっくりと柔らかく
マッサージをしてくれたような

そんな気持ちになったのです。


正直、
自分の事ながら、

自分はそんなことすらここにくるまで
やっぱり気付いていませんでした。

というよりも、
自分らしく笑え、

そして、

今を生きているつもりになっていました。


でも、
やっぱりそれは、今思うと

ちょっと
違っていたのです。


それに
気付くのには、
自分がいる環境から時には
抜け出してみないと見えないことでもあります。


そう思うと、
自分の事ながら

ちょっと客観的に
自分をみて、
僕は笑ってしまいました。


動物であっても、
動物とは違う生き物。


今を心で生きていると思っていても、
頭を使っても生きている

そんな生き物。


それを人は
人間というのだけれど、

そんな
人間はちょっと真面目で
賢すぎる生き物なのかも
しれない。





だからこそでもあるけれど、

自分の時間を楽しめる人になる、
ということは、

僕は一人の人間として、
自立する上で
とても大切なことであり、

そして、

とても生きるということに
得をしていることだと思います。



日々の中で
何かに捕らわれたり、
自分らしくなれなくなってしまったり
することの多い日々も
あると思うんだけれど、


そんな中でも
自分らしく笑えるように
大切にできることは、

きっと、
そんな自分が「自分」を生きることを

どのくらい
大切にできているのに
かかっているようにも
思えるのです。



そんなことを考えながら、
山の中に登っているときに、

ふと僕の心の中に生まれた想いと
それに対しての言葉が
ありました。


「自分を愛することって
どういうことなんだろう。」

「自信を持つことって
どういうことなんだろう。」


ということ。



それは、

自分が今を「生きていること」を

自分がどれだけ愛せるか、

愛せているのか

なんだろうなぁ、と。




今を生きることを幸せといえる人や、
楽しみを生きている自分に見出せる人、

そこに目を向けられて、
自分が心から自分らしく笑えることを
大切に出来ている人は、

自然と
内から溢れている
笑顔や自分を持っているものです。

形ではなく本来の自分への自信に
しっかりと繋がっています。


それは、なんでか
というと、

自分自身というありのままの姿を
目の当たりにできたとき、

何かを得たり、
どんなに姿形を大きなものに
見えるもので取り繕っても

それはやっぱり
できることではなく、


今を生きることを
自分らしく笑い、

そして、
自分らしくこの今を歩けることが

ありのままの
自分を愛せることや、
そのままの
自分に自信をもてることに

繋がっているからだと
思うからです。


でも、
それらは
やはり生きることを
愛せることや
心から自分が楽しめることでなければ
生まれてこれないと思うのです。


自分が今を生きることを
辛いことばかり思っていたり、
考えていたり、

何かや想いにココロを
とらわれて

本来の自分らしく笑えていなかったりすると、


今を生きていること
そのものに
自信がなくなってきたり、

また
そんな自分を
愛せることができなくなってしまうことって
ごく自然なことなんですよね。



そして、
それは、きっと、

誰かを「愛せる」ということも
また
同じなんだと。



そうやって考えてみると、
毎日を幸せに生きることって
それほど、
難しいことではないように
思えるのです。


それは、
自分がこの今を生きるということ
「生きていられる」ということに

誰よりも楽しみや感謝を見出して

そのものを愛せることによって、


その人生を自分がまずは
かえてゆける。


それが、

「自分らしさ」という中に
表れてゆけるからなんだと

僕はふと思いました。






最近ですねぇ、
ぼくもちょっと忙しさやら
なにやらで
振り回されていることが多かったようで

ちょっとそんな自分らしく笑えること
自分自身を
大切にすることを

蔑ろにしていたなぁと
気付けたとき、

本来持っている
自分の姿から
随分と遠ざかってしまっていたなと
いうことを感じて
少し反省しました。笑


でも、
少しずつその旅の中で
自分らしく心から今を
笑えるようになれたとき、

自分が忘れていたもの
本来の自分を取り戻せるようになれたとき、


もう一度、また
自分の足で立って、
この今を自分らしく笑って生きてゆこうと
思うことが出来ました。


小さな何かに捕らわれるのではなく、

もっと
大きく今を心から
楽しめ、笑ってゆける自分を
大切にする。

それが

「当たり前」にできていなかったときに
それに気付けてしまうことほど、
辛いこともありませんが、


それを思い出させてくれたのは
やっぱり、

本来の人との出逢い

そして、

その中で交わしてくれた
沢山の人の
ココロの温かさに触れられたから

でした。




人ってきっと皆

誰かや何かの心の温かさに触れたくて
今を
生きているように思えます。


人の心は
とても皆、敏感で

心の温かさに触れることがある人と、
そうでない人とでは、

生きることの意味が
随分と変ってきてしまう
気がします。


しかし、
そこにはちゃんと誰かがいて、
そして
それを自分が求めるのなら、

必ずそのような交わしが
きっと見つけてゆける。


それを大切にできるのは
まずいつだって
自分からなんですよね。



今日もあなたらしく
今を笑い、

そして、
あなたらしく
今に幸せを大切な誰かと
共に築いてゆけますように。


僕も

一人の人間として
また改めて、

心より願えるようになれました^^








さてさて、

来月から色々なものが
早速始まりますね。


丁度、
2日より
僕のファミマ本の3冊目が
発売されます。

今回はまたちょっと違った形で
創られている本で、

でも、

今までのテイストをそのまま
生かした本になっています☆


皆さん、楽しみにしてくれて
ありがとう^^

またbbsにでも
感想を聞かせてくださいね。



そして、
1日には
僕のちょっとしたエッセイが
雑誌で載ります。


これは
プチ幸せをお届けできればと
想い、

こんな文を綴ってみましたもの
ですが、


この時期、
ちょっと憂鬱になる人が多いけれど、
そんなことも踏まえて
皆が今を乗り越えてゆける力を
養ってもらえたらうれしいなぁと
思います。

どうぞこちらも
楽しみにしていて下さいね☆



また、
今月から色々とイベントも
始まります。

今月は
大谷由里子さんのところでの
実践セッションを行ないます。

自分の見つけ方、
探し方、
道の考え方。

など
僕が実践してきたことを
皆さんにもしてもらえたらと
想い、
このセミナーを開くことにしました。

どうぞこちらも
皆さん、
ご興味がある方は
参加してみてくださいね。

皆さんにお会いできることも
楽しみにしていますよ^^









あぁ、
もう今年も4月に突入なんですねぇ。


この時期は

皆にとって終わりの時期でもあり、

新しい始まりの時期でも
ありますよね。


僕の周りでも、

新しく人生を踏み出される方も
たくさんいらっしゃいます。


その中には
きっと不安に思っていることもあれば、

きっと

たくさんの希望に満ち溢れている
気持ちもあることでしょう。

でも、

そのスタートはどんなときだって

皆さんにとっても

自分らしく今を幸せになろうとする為の
前向きなスタートです。



どうかその気持ちを忘れずに

これからを
また一つ歩いていってもらえればと
思います。


僕自身も、
この時期に、このように
ちゃんと心辺の整理ができたこと、

そして、
自分の心を改めて見つめなおせたこと


そして、

その中で

「やっぱり大切にしたい」と

思えたものが
またはっきりとみえたことが

大きなスタートになった気がしました。


また来月、
皆さんにとっても
より喜んでもらえることを
これからたくさん用意していますので、

どうぞ皆さん、
楽しみにしてお待ちくださいね^^




それでは、

皆さん、
今月はこんなところで。


皆さん、いつも本当にありがとう^^


また皆さんの
笑顔に触れられることを
心から
楽しみにしていますね^^


そして、

皆さんがいつも
沢山の気持ちを与えてくれていることに
心からの感謝の気持ちを込めて。。。



























































































































































ココロのままに歩こうと
思っていても、

ココロのままに
歩けない想いにぶつかるとき


人は
その意味を
知るときがある。





自分らしく笑おうと
思っていても、

自分らしく笑えていないと
気付けたとき、


人は
その答えを
出すこともある。






自分が描く幸せ。




そこにある

大切なものや

大切な人の姿は

何一つ
間違いは無く、


それがあるからこそ、
また

これからを歩けるように


人は皆
日々、

迷いながらも

悩みながらも


いつかは
そこにたどり着いてゆく。




もしもあなたが
それを
しっかりとその手で
にぎっているのなら


僕はそれを「大丈夫」と

一言、

伝えてあげたい。









誰かや何かに
憎しみをむけることよりも

感謝をむけられたのなら、


それは
あなたが一つ
大切なものに近づけた
一歩になるもの。



大切と言える人は、


あなたであり、

あなたの心の中にちゃんと
いるものであり、


そして、


その中のめぐり合わせが

きっと

あなたに時の訪れと共に


与えてくれる人のことを
いうのだから。





今日も
あなたがあなたらしく
笑えていますように。




遠いこの地で

この風を感じながら




今日 ぼくもまた

あなたと同じ今を

歩きだしているよ。
(2006.03.31)
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