2006年04月の日記

やさしさはいつも胸の中にあることば






ちょうどこれから
季節も夏に移りつつある
素敵な季節。


僕はこの時期になると
いつもるんるんしているような気がします。


梅雨がくる、
とか、
5月病だとか
色々と憂鬱なことがいわれる事が多いけれど、


僕はこういう丁度境目の季節だからこそ、
その変わり目を
感じられることが幸せでなりませんっ。 


なぜなら、
そこには命が芽吹く躍動感が
あるからなんです。


しかも、
結構僕は雨の季節が
好きだったりするんですよ。


何がいいかっていうと、
あの、
雨が窓を打つシトシトな音が
たまらないのです。


なんだか
あの音を聞いていると
しんみりくるんですよね。

心に静寂が訪れるというか、
妙にこう
夢見ごこちがいいというか

なんというか。


こんなときは
家にいるのに限るのだ

って

言いたいところだけれど、
そんな時は外に出なければいけないことが
多くなり、

結局、なるべく多くの時間を家の中で
過ごそうと悪あがきをしてみたくなるのです。

そんな時間がもっと
僕にはたまりませんっ。笑


もちろん、
だからこそ
カラっと晴れた日中はもっとスキなんだけれどね。

あはは☆

なんだかやっぱり季節の話が多い、
ハタさんですね 笑。




最近、よく始めて出逢った方からね、
こんな話を聞くんですよ。

「ハタさんの今での月記
全部読破しようとしていますよー。」

とか、

「やっと2005年の9月まで見れました」

とかとか。



えーどうか皆さんに一つご忠告。


なにとぞ
無理はしないで下さいね。笑



ただでさえ、
長いって言われているのに、

それでも読んでくれるのって
なんだか我慢比べのような気がしてきて
しまうのですよ。

「ハタさんの月記を読むときは
「よしっ」っていって気合を入れてから
 読むんです」

そんなことまで言われてしまった日には、

そんな日記を今まで僕は
聞いたことがありませんが 

それってどうなんでしょうと複雑な心境の
今日この頃のハタさんです。









さて、
今月の月記はですね、

せっかくなので
メルマガにも書いたんですが、

先日出た本にちなんで
「やさしさ」について
書こうと思います。



先日出た本をご覧になってくださっている
方も多いと思うのですが、


前回でた本のテーマは
「やさしさ」についてでした。


やさしさ

を語ろうとしたときに、
人は何を思い浮かべるでしょうか。


誰かにされた
親切だったでしょうか。


それとも、
動物と触れ合ったときに
感じる心のあたたかさでしょうか。


僕はやさしさを
かたるときには
必ず、

人にある「心」から
話を始めます。





突然ですが、
皆さん、

人以外に”心”というものは
全てにあると思いますでしょうか。


例えば、
そこに生えている花や樹、

雑草や
この世界を創る全ての要素です。


何を唐突にと
想うかもしれませんが、

変な話なのかもしれませんが、
僕はこの世界には全てにおいて
その”心”が必ずあると
感じています。


が、


実際はどうだか
分かりません。笑

(結構無責任です。)


でも、
そこに自分の中に感じる”心”というものは
必ずあるもので、

その心とは、

自分がその対象に対して
抱いた幻というのが

実際のところ、
近いのかもしれません。


しかし、


全てに対して
心があるということを
知って接した時と
そうでないときでは

僕はその接し方が違ってくるように
思うのです。





例えば、
目の前にある樹を
見たとき、


そこにある樹が
心をもっていることを
僕が知っているとします。


僕は
心をもっている人間ですので、

もしもどうされたら
一番、嬉しいだろう
温かいだろう、

この時間を一緒に共有できるんだろう

ということを
考えちゃいます。


そうすると、
自然と出てくる行動がある。

言葉がある。

気持ちや態度があり、

そして、
その中でのその樹とのコミュニケーションが
生まれる。

なんだか
これだけでも

かなりお友達になりたくないような
あやしい感じなのですが 笑



でも、
ここで僕が伝えたいのは

優しさとは
そこにあるものではなく、

その心が感じたものを
”指す”ということなのです。




つまり、
その心が伝えようとしたものであり、

その心が
感じ取れた「何か」のこと。



だから
僕は優しさの根源というものは、

皆にあるきもちであり、


そして、

心というものをもっている
人間全てに
必ずあるものだと

僕は思っているのです。







言葉というものを一つとったときに、

言葉はそのやさしさを伝えるための
一つの手段であります。


しかし、
その言葉が全ての心を伝えるための
手段になるとは限らないもの。


在る意味、
言葉では伝えきれないものが
心にはあり、


その心がつたえられるものは、
言葉がなくては

つたえきれないものとは
限らないということです。



僕もたくさんの言葉を
今まで書いてきましたが、


度々、
言葉で表現しようとする
もどかしさと衝動に
かられます。


それは、
言葉や体、
この物質世界で
表現することの限界と、

その「不自由さ」を
感じてしまうことでもあります。



もしも、
この思いを言葉ではなく、

気持ちだけで
心だけで伝えられることが出来たら

どれだけ楽なんだろうって
思うんです。



皆さんにもそんな気持ちを
もったことってありませんか?



言葉で表そうとしても
どうしても
表せないときの、この気持ち。




たとえば、

ホントにホントにスキで
たまらなくて、
でもそれを言葉に出来ないことの

もどかしさ。



悲しくて
泣きたくて、でも、
なんでそんなに悲しんでいるのかを
自分でも言葉に表すことの出来ない


いらだち。




こんなにもそばにいるのに、
体や想いがじゃまをしてしまって
それ以上つながりあえないことを
知ってしまうときの

悲しみ。




これらすべては、
「言葉」というものに
変換しようとすることの
できる限界を感じることです。


それは
言い換えると、
微妙な言葉の”アヤ”を
伝えきれないことへの
葛藤をおぼえることでもあるんですよね。


しかし、


僕はそんなもどかしくて
不器用な自分も含めた人間が
やっぱりすきなんです。


そんなところに僕は
人間ならではの、
心の機微が含まれているように思えて
その人間”らしさ”を
感じると


僕はちょっとホッとするようなところも
あるんです。







先日、

「日本人って言葉の天才って知ってた?」

という話が
とある人と話をしているときに
出てきました。



いわく、

欧米人がニュアンスとして
表しきれない言葉を
日本人は

言葉として表しているそうな。




たとえばですね、


”せつない”

という言葉。



僕はこの、「せつない」という
言葉が大好きです。



このせつないという言葉を
英語に表そうとすると、

それを表現する言葉が無く、

そうなると、
それを説明する言葉に変わるそうです。




しかし、
このせつないという気持ちは

皆さん、
どんな気持ちか考えたことは
ありますか?



僕はこのせつない
という気持ちは、

”さみしさ”と”愛しさ”の

間にあるものだと
感じています。



つまり、
例であげると、


すごく好きでたまらないけれど、
すぐに会うことの出来ないさみしさ。の


気持ち、のこと。



また、

新しい季節がやってきて、
古い季節がさってゆくときのこの


情感、のこと。




それをせつなさと言う言葉に

置き換えても僕は
あてはまると想うのです。



そして、

このどちらのせつなさに対しても
必ず含まれているものがあります。




それが、
僕は人の感じる”心”なんだと
想うのです。







こんなとき、
よくこういう話を僕はします。


「恋と愛の違いって
 なんだと想いますか」



こういう話をすると
皆さん、大抵ちょっと考えられます。


そして、
しばらくすると
十人十色のコメントをいただきます。



僕はそのコメントの違いを
一番に楽しんでもいるのですが(実は 笑)



でも、
本当に

皆さん、三種三様の
答えがそこにはあるんです。


それがまた
とても面白くて勉強にもなるのですが、


しかし、



これだけ
表現は違うのに、

でも、
そこには必ず、共通していえることがあるんですね。


やはりそこにも「心」の話が
はいっているものということなのです。




皆さーん、これを
当たり前の話と想ってちゃあいけませんよ。


なぜなら、
なぜ、
心の話が入っているのかを
考えてみたことがありますか。



それが当たり前といわれたら
それまでなのですが 笑

その当たり前の中に
僕は真実があるように想えます。




例えば、
花を咲かす力は
どこから生まれるのでしょう。


この地球が一点の間違いも無く
太陽の周りをまわっているのは
何故なんでしょう。



これらは
全て当たり前だけれど、
当たり前ではないことなんだと考えてみた時、


皆さんなんだか

不思議な気持ちになりませんか?




それは、
皆さんの恋と愛の違いについての
話を聞いていてもそうなのですが、


そこにある
目に見えない心に対しての
「あり方」の違いを


皆さんが、
話をされようとします。




僕はこのところがすごく
興味深いのです。




このこころという物質(?)なのですが、


これは

”恋”という漢字と
”愛”という漢字の中にも

含まれていますよね。



この漢字にも意味があると知っていると
皆さんが想うことなのですが、


では、
この愛と恋の意味を漢字で
考えてみたことはありますか。



面白いもので、
漢字を調べてゆくとこうあります。



恋は

「また(亦)心を交わしたいと想うこころ」


のこと。


愛は

「心を受け交わしたいと想うこころ」

のこと。




よくできたもので、
その漢字を組み合わせると
それぞれの意味に変わるんですよね。


そう考えると
文字を創った日本人って
(明確に言うと中国なのかもしれませんが 笑)
なんて天才的なんだろうと
想ったりしませんか?


いや、

なんて不思議な力だと想いませんか。



昔の人は、
愛も恋も

そこにはこころがあってこその
”もの”と知っていて、

そして

その”アヤ”を漢字の中に
組み合わせた。



そしてそれを
説明したのが、

それぞれの
恋や愛の意味なんだと
いうことを

ちょっとした秘密の暗号みたいに
組み入れたんだなー


なんてことを

考えた時


僕はなんだかとてもわくわくしてしまうのです。






人間はいつでも
こころあっての生き物です。


それは、
今回の本の中にも
伝えられる想いとして

組み込んであります。




本の中の
mちゃんのお話もそうですが、


人は

「心と心を交わせる」

という、


在る意味、
大きな”才能”をもっています。


そう、それは人間であれば、
誰もがもっている
素晴らしい能力だと想うのです。



それは、
時として、
お互いの関係にかげりを
落とすこともありますが、

その心の交わしがあるからこそ、

人は人と結ばれ、
この今をまた
良い方へとも変えてゆくことが出来る。




そう想うとですね、

漢字を作った人間ってすごいなぁと
想うのと、

同時に、

この心を創った神様って
ホントにすごいなぁと
ただただ感心するばかりじゃありませんか。



だからそれを
感じるからこそ、

僕はこのこころを
何よりも大切にして生きてゆける
人間でありたいと
常々想うのです。



そこには
全ての物事や出来ることに
通じる世界が含まれています。


こう見ると、
今を生きることってホントに
素晴らしいことだなぁと想うのです。



皆さんが
誰もが
平等にもっているものが
心であったとしたら、

その取り扱い方で
人生は不平等に変わってしまう。


でも、
もしかしたら、

その心の取り扱い方を
知っていればこそ、


人生は平等に、
かわってゆけるのかも、しれない。



実際、この世界には
平等なんてことは
決してないにしても、


少なくとも、

その自分の「在り方」だけは
自分で選択することができる。



それを決めるのは
いつでも
皆が同じようにもっている

心の舵一つなんですよね。




今回書いた本が
その舵をちょっとした
いい方向にもってゆけるきっかけを
皆さんの中に
創ってもらえることができたとしたら

僕も幸いです。


どうぞ皆さん、
またじっくりご覧になってみてくださいね。

もしかしたら
いろいろな発見がそこには

あるのかも、
ないのかも、しれません。 
(どっちやねん)笑



なんだか意味のわからない
終わり方になってしまいましたねー。


でもあとは
皆さんの想像にお任せしますね 
(逃げてみた 笑)

あはは^^










来月はもう5月。

5月にはいるとGWなんですね。



僕の中ではもうすっかり
日付の感覚が
なくなってしまっていまして、
世間でのGWがどのくらい長いのかも
よく分かっていません 笑


でも、
皆さんにとってもよい
休日になりますように。


どうぞ
素敵な日々を重ねていってくださいね^^





また、
5月の末の方には

第二回目である、

YUNAさんとのコラボイベント、

大谷由里子さんのイベントを
行ないます。




YUNAさんのイベントは
5月21日(日)は
YUNAさんとのヒーリングイベントとして、
やわらかなときを
お送りするトーク&
アコースティックライブです。

前回これなかった方もいらっしゃると
想いますが、

中には僕が作っている作詞の
ものもありますし、
何よりもYUNAさんの弾く音と声を
皆さんに是非聞いていただければと
想います。
YUNAさんにはホントに
素晴らしいものがあると僕は感じています。





5月26日(金)の大谷さんの方では
皆さんの人生の地図の描き方を
僕が実践してきたやり方で
お話できればという
WORKを含めた形でのセミナーです。

自己発見をしたい方や、
僕の今までを創ってきたやり方を
知りたい方は
是非皆さん、ご参加くださいね。


皆さんにお会いできることを
楽しみにしていますよ^^



また、
現在好評中のハタ新聞ですが、
内容面もいろいろと充実しています。

今回の本でも話をしたmちゃんのような
僕としか出会っていない
ドキュメントの話も連載として
載せてゆきますし、

ハタ新聞を集めてゆくと
なんと
どこにもない
一冊のオリジナル本に
かわってゆけたりもします。

こちらを
見てみたい方は
サンプルをお送りすることもできますので、
どうぞ
メールにてで構いませんので、
ご住所と名前、連絡先を明記して
送ってくださいね。

皆さんからのお便り
お待ちしていますね^^










この季節が終わると
今度は夏ですね。

僕、最近夏も大好きなんですよー。


昔はなんだか
「暑いだけかよっ」なんて
ぐれて想っていたんだけれど 笑

最近は、
夏だからこそ、
季節が躍動する海や山や
大自然に触れることを
僕は好んでいくようになりました。

そうすると
ホントに素晴らしいんですよね。
今を生きている
瞬間の力強さと儚さを
感じられることがなんだか胸をまた
打つんですねー。

これからが
とても楽しみにです^^

わくわく☆



それでは、皆さん、
季節の変わり目、
どうぞ気をつけて良い毎日を
送ってくださいね!

そして、
また来月には新しい発表も
あります。

是非こちらも楽しみにしていて
くださいねー!!




それでは、みなさん、
今月はここまで。


皆さん、いつも本当にありがとう^^



また来月、

お会いできることを
楽しみにしていますね^^

























































































































































こころを交わす一欠けらの想いが

一つの世界を織り成すとき。



僕達は

そこに命の尊さを感じる。






もしも、
命というものが、


心の無いものだとしたら、



そこに命は
果たして存在したのか。





時々ね、


それを創ってみた

神様に



僕はつい、聞いてみたくなる。





そう想ったとき、

今ここにいる人間は



たくさんの年月を経て

ようやくたどり着けた


一つの奇跡の形であることを

僕は知った。






今ここにいる


あなたも。


僕も。



この世界にいる

生きとし生けるもの


全てが



その命の恩恵を受けた


限りない可能性の塊なのだと。



それを知るたび、

そこには感謝という言葉でしか

紡げない

歴史の想いを僕達は知ってゆくのだろう。








時が流れ

風が吹き


常に歴史が交差する時代の中でも


心が命を掛け渡し

僕達は
命のバトンを受け取っている。





いつの日も、
この儚く力強い命の灯火を

消してしまわないように

一生懸命この今を生きよう。






たとえいつか

この今が幻に変わってしまうときが
あったとしても、

僕が僕であるために

今を歩けたのなら、


その先にあるものは

きっと


涙ではなく

心からの
笑顔であると


僕は知っているから。







今日もあなたと共に今を生きている。



この

限りなき地球の中で

限りある命の中で



僕達はいつも
たくさんの心に支えられて

この今を生きている。




言葉には出せない

誰かの

やさしさがいつの日も


この儚きあなたの命を


そばでそっと、


支えてくれているように。
(2006.04.30)
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