2006年05月の日記

いつまでもあいの歌をこのそらに






ねぇねぇ、

最近



暑かったり

寒かったり。


晴れたり


雨が降ったり。


むー。


ずっとその繰り返しで
季節の変わり目を感じない?


なんだかそれが
地球の鼓動でもあると知ると


あたたかいきもちにもなりますねぇ。






こんにちは、皆さん。

元気に頑張っていますか。


ハタタケルです。




先日、

近くの僕の大好きな神社に行くと、
その境内にある僕が好きだった大木が
なくなっていました。泣



何を思ってこの樹を
神社の人が切ったのかは
分かりませんが、
それがとてもとても悲しくて

ちょっと
胸がいたくなりました。



でも、

その樹の切り株に触れると、
温かかったのです。



姿かたちはかわっても
今ここで生きているよ


と伝えてくれたようで

生きることはその姿を
心の中に描くことであるのだと



そんな風にも思いました。


でも、

あの葉々が風でこすれる音が
好きだったんだよなー



変わらないものはないって
わかっていても、

人間の都合で変えてしまうことが
あることをしると


ちょっとやっぱり
寂しいばかりです。



んー

ふくざつなハタさんです。笑





さてさて、
丁度来月を迎えると
今年ももう早いもので半年を
迎える形になりますね。



なんていうか

あっという間というか

めまぐるしいというか。



日々に追われることって
あまりよくないように
思うんだけれど、


気がつくと
そんな日々に
ぶるんぶるん振り回されている
ここ最近のハタさんです。




ちょっと最近は

そんなめまぐるしいことを
感じてしまうと


無性に
日々の中からオアシスを
見つけたくなってしまいます。





ものを創るいうのは、
僕が思うに、

ちょっと普通の感覚とは
違う感性と時間が
そこには必要になるような気がします。



生きていることそのものが
とてもクリエイティブな作業でもあることで
それは

生きているみんなにいえることでもあるけれど、



その

違う感性と時間とは




ものを見つけるココロを養えること。



そして、


ものを見付けられる為の余裕を

ココロの中に創ることでもある、ということ。








ココロがあたふたしていると
何かを発想するという
視点にたどり着くには時間がかかってしまうもので


そう考えると
生きる中での一番の贅沢は
ココロが穏かであるということなのかも
しれません。








皆さんは
自分の心を穏かにしようとするとき
どうしますか。




僕は
いつもそんなとき
自分にとって心を穏かにする方法を
いくつかストックしておきます。



たとえば、
お気に入りの場所を見つけておくことや

大好きな本を
ストックしておくこと



在る意味、
心の平和を保つことができれば
僕は何かが起こったとしても
うまく乗り越えてゆけるようにも
思えるのです。




それは、
問題がどこかや外に存在しているのではなく、


いつも
自分の心がそれを「問題」と
感じていることが


問題を作っているのではないかと
そんな風におもうことでもあったりして。



ちょっと
違う視点で物事を見つめてみると
分かることがあったりします。






先日、こんな方がいました。



「毎日やらなくちゃいけないことを
 やっていると、自分がこれからのことに
 対して、漠然とした不安をふと、
 思うんです。」





こういうことは

実際、
僕は皆が抱くことでもあると思います。


もしくは、


誰もが通る道という表現の方がいいのかも

しれません。




日々を一生懸命頑張って生きている
のにも関わらず、
それがどこに向っているのかがわからないとき。



自分を持っていきてゆきたいのだけれど、
自分を持って歩くことは、
とても勇気のいることで
それは、何かを失うことでもあると
思うこと。



人はそんなたくさんの葛藤に
ぶつかりながらこの今を皆が
自分なりの答えを探す為に歩いていることでしょう。



でも、
僕はそんなとき

今までを歩いてきた経験でもあるのでしょうけれど、

より、自分の心にシンプルに考えることを
大切にしようとします。



もしも、
何かに捕らわれて生きる中で
心が「問題」と感じて
苦しくなってしまっているとしたら


それは
自分への気付きのサインです。



僕は自分の心を
今の自分のやっていることが
正しいのか
間違っているのかを
推し量る為の
バロメーターにしています。


それは、
より心を澄まして
自分を見つめようとする気持ちがないと
見えないものでもあります。



そのためには、
もしかしたら時には


手放す勇気も必要だし、

自分に正直に生きてゆく

勇気も覚悟も


やっぱし必要。




でもそれは、


失うことを恐れることとは
違い、


僕はよりよい方向に僕自身も含めて
皆が進んでゆく為の
考えであることを知っているからこそ、

そこで必要なのは、
まず自分がどうあるべきかを

ちゃんと自身で考えられることが
何よりもそこには
必要な答えに変わってゆくことなのだと


僕はおもうのです。



むしろ、
それを見ない振りをして
進めてゆくことの方が

よほど、
何かの”問題”を解決することから
自分を遠ざけていることにも
なっているのだと感じます。


単純に
今の自分を取り巻く状況に
目を奪われて
それを表面的に対処しようとするのではなく、



その問題が起こっているのは
全て自分の心の中からだとしたら、

自分の中の心にある答えを
自分が大切にできることに

解決できる糸口が存在するからでもあります。





どんな物事にも必ず、
原因があるように、
その原因を見つけなければ、
どんなことも
解決はしないものでもありますよね。



言い方を変えると、
その原因が解決すれば
必ずいい方向に向くもの。


要は、
その原因がわかったとき、
それを自分が信じて進めるかどうかという


最後は
自分を信じる気持ちに変わってゆくものなんだろうなと


思うのですねー。









だからこそ、

なのですが、


解決をしようとどこかに求めて
見つけようとしても、
何か違うもので取り繕うとしても、

その心にある”矛盾”に
目を向けようと思えなければ、

遅かれ早かれその問題にぶつかってしまうのは、

結局
根本的な問題が
変わっていないからなんですよね。


















昔、


子どもの頃、

僕はよく空を追いかけていました。




地平線の彼方に沈む
夕日を見つめては


本気で追いつけると思って
一生懸命夕日を追いかけて(まじばな 笑)



でも、
追いつけないくやしさと
一日が終わることの
その寂しさを心の中に


抱いていました。





最近の
自分を振り返ると、
そんな子どもの頃の気持ちを

どこかに忘れてきてしまっているようで


それは
人が持っている宝物を
もう一度見つめてみようと思う気持ちにも

変わっています。





自然と共に生きる気持ちは
人の生きる気持ちにも
変わります。



波の音に身を
委ねてみることも


空の蒼さに
感動することも



全ては
今を生きるということに
共有できることの喜びでもあります。





皆さんは最近、どうですか?



空を見上げたり

花を見つめたり

星を眺めたり


ねことたわむれてみたり(?) 笑



自分自身に

自然に還るご褒美を与えてあげられて
いますか。




この毎日、
一つひとつが

かけがえのない宝物であることを
忘れてしまいそうになったら

どうかそんなときは
この世界と向き合うゆとりの時間を
大切にしてくださいね。




心の豊かさは
今を生きるゆとりを創るもの。

そして、

心のゆとりは

今を生きる豊かさにも変わるもの。





どうか皆さんが
この毎日を心豊かに
笑って過ごせますように


心より願っていますよ。















さてさて、




来月もまたまた色々と
始まってゆきます。




来月の始めには
ショコラジェンヌのエッセイ連載が
始まります。




こちらでは、
僕が日々感じていることや
幸せに思うこと
などなど、


皆がふと忘れてしまいそうなことに対して
目を向けることの喜びや幸せを
感じられるようなものに
しあげています。


こちらも来春までの連載が決まりましたので、

どうぞ皆さん、
お楽しみにしててくださいねー




また、


丁度来月の一週目には
僕の本が発売されることになりました☆


といっても、
それは、新しいものではなく、


ナント!





僕の第一弾の書籍となる

「ほら、幸せはいつも今、ここに在るよ。」

が、
再販されることが決定したのです。



この本、
皆さんがご存知の通り、
ファミリーマート限定の本として、
その店頭の本が置いてあるのが完売したら
手に入らないという

幻の本でもあります。




そして、

今から丁度二年前の本になるのですが、


この本に対して
当初より

本当に多くの”復刻”を望む

みなさんからの声が

たくさん寄せられてました。






そして、
今回、

そんな皆さんの声にお答えしようと
ということで、

再度、再販されることになったのです。



みんな
本当にどうもありがとう。



この本は、

僕が当時書いた本ですので、
絵や書体も
全然違うのですが、

やっぱり
僕にとって一番思い入れのある本でもあります。



そのため、
中をもう一度、
今風に書き下ろしたり
変えたりもすることもできたのですが、


”あえて”そのままの形を
出すことにしました。



それは、
そのままを届けられることの方がきっと

皆にとっても
喜んでもらえるものになるのではないか、

という思いを汲んで
届けられたらと思ったからでもあります。














....が、



全くそのままもつまらないじゃんですかっ




ということで、

僕なりの遊び心をつけてみましたw 笑




なはは。



やっぱワタクシ
こういう遊び心が好きなんですなー






それは
中を見てからのお楽しみということで、


どうぞ皆さん、
こちらも楽しみにしていて下さいね。







それと、
来月の17日には、
ハタ新聞のイベントを開きます。

こちらは、
新聞の中の一つのコーナーでもある
「一粒の出会い」
という、今まで僕が出会った人が
今どんなことを経てここに
至っているのか

というノンフィクションの
物語を綴るものですが、

これをリアルバージョンで
皆さんのもとにお届けしようというものでもあります。



それは、
普段、触れることの無い
また新しい一面を皆に知ってもらえるのと同時に、

皆さんの日々の生活の中で、
ちょっとした気付きや、

誰かの今まで歩いてきた経緯を知ってもらうことで
明日への活力にしてもらえれば、


という僕の願いでもあります。




どうぞ皆さん、こちらも
楽しみにしていらしてみてください。


普段の中では感じられない思いを
たくさん感じてもらえることと思いますし、

僕の講演会とは
また違うたのしさを
感じてもらえると思いますので^^



また、こちらは前回同様、

ハタ新聞を購読されていない方でも
普通にくることのできる
イベントでもありますので、


どうぞ皆さん、
お友達等お誘いの上、

お気軽に遊びにきてくださいね。


このイベントは、
皆さんと触れ合えるイベントにもしようと
思っていますので、
どうぞこちらもお楽しみに。







そして、
もう一つ。



皆さんにまたまたビック(?)な報告があります。







ハタさん、


来月の中旬あたりから
なんとっ!
(やっと?笑)


















ブログを始めますっ。

てへっ。



といっても、



ただブログを始めるのではありませんぜー、
だんな。




きっと
喜んでもらえるものになってゆくと
思いますので


こちらも
知ってからのお楽しみっ。


ふふふ。







そのほかにも
来月から色々と進展やらなにやら

ほろほろやら
はらはらやら
もろもろなどが

たくさん待っているもよう。


皆さん、
楽しみがふえますねー。



どうぞこれから楽しみにしていて下さいね^^v



ハタさん
頑張りますぜっ











あぁ

これから
夏がやってくるーー






どこにいこーかなー


うみかなー


やまかなー


んー川なんかも
捨てがたい


やっぱりマイナスイオンが感じられる
ところがいいなー





ってことで、

レッツ皆ではしゃごー!!



って、
おれが
夏に向っていちばんのりですな 笑






ということで、
今回はこのようなところで。



皆さん、
いつも本当にありがとう。




またこれからも
みんなとたくさんの笑顔を咲かせられることを





楽しみにして。。










































































































































































































宵の明星がかがやきだすころ












ふと





心の声を耳にする





















































世界の始まりは









ぼくの中にこだまする



血潮にのって





いまをいきるつよさを
もちなさいと











その息吹を
そっと









吹きかける












































































じぶんのこえに

したがっていきることは







はたして




勇気であるのか





それとも







無知という名の







ただの
罪であるのか




























それを教えてくれるのは


己の御心にしたがおうとする
おおいなる意思の中に存在する


カミサマにしか











わからないのかもしれない。






























































たいようが


かがやきをとりもどすとき







つきは





そのうつくしさをよびさます



















それは

非なるものであるもの
同士が



そんざいすることであれど






そのおたがいの
やくわりをしればこそ



世界がまわることの

無限のそうぞうにつながることであるように







ぼくは

その自分のかがやきを


決してわすれたくはない。











昏迷のよのなかに
ひとすじのひかりがおりるように



どうか

こころにいだくやみを
てらす太陽をもつことを


恐れることがありませんように。












たとえ


どんな手段でも

あけられない


こころの扉があるとしても









だれからの

こころのぬくもりが




その鍵になることを知れば






きっと


ぼくらはまた

きょうという日を


あるいてゆけるから。
























そして、


この今を

あなたがあなたらしく

わらえていますように。




そっとそんな思いを





この宇宙にはけながら





ぼくは


まだ見ぬあなたに向って


こころを



いつまでも


詠い



綴り続けるよ。












いつのひも





そんな

みんなの
あいのうたが





このそらに



ずっと





ずっと、







ひびいてゆけるように、と





ひとかけらの



願いと想いを


この胸に託して。
(2006.05.31)
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