2007年03月の日記

「いつも僕らは手をつないでる。」













毎月語っている月記も
今月で何度目になるんだろう。。






なんてことを考えながら


同じように

今日もまた月記を綴る。










少しは僕も成長しているのだろうかと

ちょっとまた考えては




今日のお題をどうしようかと

いつもと同じように





月記に直面している。











そんなあいかわらずの
ハタさんですが 笑


皆さん、いかがお過ごしですか?







もう春もすっかりやってきていて



桜も満開ですな。







なんだか


今年の桜は随分と肉厚なような感じがするのは

僕だけでしょうか?





それとも、

僕が見た桜がたまたま肉厚にみえた
だけだったのか??









まぁ、


なんにせよ




今年もまた変わらずに桜が見れるということは


とても幸せなことですね^^







僕達が何気なく過ごしているこの

世界の巡りですが、


自然は僕達の意思がそこにあろうと



なかろうと


必ず訪れてくれる





この何一つ狂いのない自然のリズムやサイクルは


ホントにすばらしいなぁと


ただ感心してしまいます。










僕達がこうやって生きている世界の前から


生きている人たちの中でも


同じように、


自然は巡り









その人たちが去った後でも

また






同じように、自然は巡り。








そして、






そこで抱く人々の気持ちもまた






同じように、巡り。。














僕達は知らないうちに



自然が決めている

いつも同じ流れの中で




同じ道を辿っているのかもしれないなぁと






そんなことを




ふと



思うわけです。








なんにせよ、
この春という季節は


新しい季節の訪れを感じさせる分、







すごく新鮮に思えますね。







素敵な春をむかえてゆきたいものですねー。






















さてさて、







そんな今月の月記ですが、







今月は。。






では、人と人の輪のことについて


語りたいと思います。





丁度、春という季節だから



これから出会いもまた



広がってゆく季節でもあるしね^^





















輪を繋ぐ、という





言葉もあるように


人と人が繋がるのは、




一つの輪(円)を創ることから

来ているようですね。






実際に人と人が手を両手を繋ぐと

円を描いたように丸くなります。




これは「輪」を意味しますね。



そして、



この輪という「円」は「縁」という言い方にも出来ますし

「輪」という字は、
「和」という言い方にもできます。




これは、



「円」という字が「縁」を紡ぐという意味であり、

そして、

「輪」は、調和の「和」を意味しているのですね。







そう考えると、


人と人が輪を繋ぐという意味には

深い意味があることを知ります。



(それ以上に、言葉を考えた
人間の素晴らしさにも気かつけるけれど)







そして、

僕達がただ逢っている人たちというものは


実はとても深いところから繋がっている人たち


もしくは、

繋がりを求めた人たちなのでしょうね。







それはそれで


とても

素晴らしいことです。






でも、言い換えれば、



人がこの世界で逢える人というものは

限られている




ということ。









もちろん人は皆、深いところでは誰もが

繋がっているものですが、






その繋がりが一番

表面的に出るのは、


求めるものが同じ人にでるようです。








それが言い方を変えると



調和となり、


円を繋ぐ


ということになるもの。






そして、


その円というものは、

とても面白いもので、




人と人が出逢うというものは、



その人が出している「波動」に
近いものが

集まるという性質があるようです。






それは円を描くように

広がってゆくもの。



波動が高いものほど、

より綺麗で澄んだものが


集まりやすく、




波動が低いものほど、

より重たくて下に沈むものが


出てくるようです。






どうもこれは

おどろおどろしい話しではなく、


自然界の現象にも言える
科学で実際に確認されていることで、


波動が低いものほど、

地に落ちて
物質になりやすく、


その波動が高いものほど、

軽く
空高くに上りやすいということらしいですね。







自然界にもいえるそれらは

僕達の人間界にも同じコトが

言えるのはとても面白いことです。






言い方を変えると、

ここでいっている「波動」とのは、


その人の”性質”や”考え方”

”心のあり方”のこと


そのもののことなわけです。







そう考えてみた時、


自分の周りに集まっている人たちというものは

自分にとても近しい人たちな分、





自分に似たようなところや

考え方をする人たちが自然と多くなっていることに


気がつくはず。





それは、

それが自然な現象であるからなんですよね。











また、

とても好きな人がいたり、

尊敬できる人やすごいなと思える人が
いることというのは、


性質は自分と近いけれど、


自分よりもその人の出している
日々の波動の純度が高いことを

示します。





それは、よく「精神レベルが高い」という

表現でなされますが、



言い換えると、

心における精神的純度が
高い人たちなんですよね。




それは




日々の考え方や


心のあり方がいつも

綺麗で、とても精神的に明るく
なれる人たちのことを

いったりもします。







より明るい人というものは

何事にも捕われなくなりますし、




また、



自然と人をひきつけるようなものを

持っているようです。




そこにおけるコミュニティには

どちらが高い低いというものは

ないのですが、




より純度の高いものの近くに

人は寄っていこうとします。





それは

人が誰もが皆、

自分の成長を心のどこかで必ず

自然と望んでいるからなんですね。








自分の成長は

より「自分にないもの」を持っている人や

自分の心や考え方に

いい影響を与えてくれる人を
選ぼうとします。





もちろん、人によって自分にとって

何が「いいこと」「いい考え方」

なのかは千差万別ですから





そこにどれがいいというものは
ありません。







その人にはその人にあった

成長の段階とステージが用意されてゆきますから





その中で自分が「大切にしたい」という

環境であると判断するのであれば、



それがその人にとって

ベストなものになるのだと


思います。







そして、



人は誰もが皆、何かしらで最後は

同じようなところや

同じ道にたどり着いてゆくような気がします。







考え方や


心のあり方、


人生の作り方や、




自分の役割。。









一つひとつその形には違いはあっても


皆、最後には同じことをいっているのは


その先に僕達がこの世界で生きる


意味を見つける答えが

あるからなんですよね。





それは




皆が人生という命とこの世界を

与えられているけれど、

精神的なことだけを言ってしまえば、




皆が同じ山を登っているということ。









そして、



それが高くなればなるほど、

道が一つにまとまってゆくように





最後は同じようなところに
たどり着くのは

そのためなわけなんですね。








そういうことを一つひとつ考えてみると

人生ってとても
上手く出来ています。




人間が誰もが皆、



そのときのその人がうまく
成長してゆけるように



そのときそのときで導きが在る。






だからその人なりに

目の前に与えられた課題を

少しずつこなしてゆくと




知らないうちにまた次の段階に

人は成長している。





それは


自分自身のことも含めて

周りの誰かにはっきりとみえたとき
とても嬉しくなるものです。




なぜなら、


その人が抱くことができた
心や魂の「成長」というものは、

ただそのままをみて

僕達がありのままを喜べる気持ちや心。

そのもののことを示すものだからです。




そこには何一つ

エゴや私利私欲はありませんし、

関係ありません。






それに捕われずに
相手を称えられたときに


自分にも
相手にも


本当の意味での「成長」があるわけです。






僕達が

自分の我を持った中で
喜べるものは


自分に都合の良いときに喜べたり
するものにすぎませんが、



それを超越したところで
相手や自分を賛美できることは

本当の意味での僕たちが

生まれてきたことへの意味を




教えてくれる瞬間にもなります。







「ただ何を思うのでもなく

 ただ何を強制することもなく

 ただ何を服従させるわけでもなく

 ただありのままを喜び合える。

 ただありのままを分かち合える。

 あなたがあなたでいる。
 
 僕が僕でいる。

 ただ、それだけがすばらしい。」





そう感じられる瞬間。


そういうことを皆さん、
感じることはありますか。




こういうことを感じられる瞬間というものは


それはあなたが本来のあなたを

取り戻したとき。





自然をみてきれいだと想うこころ。




頑張っている人を見て

純粋に心が熱くなるとき。




無我夢中で何かを助けたいと想うとき。。。












こういう瞬間そのものは

あなたが本来見つけたくても

見つけていない



あなた自身の本当の姿を

探し出せたときなんですよね。









そう考えてみると本来、


自分という「我」を持っている
ものが


”自分そのもの”のように見えますが

実際はちょっと違うようです。





あなたが「我」をもっているとき

というものは

あなたが本来の自分から遠ざかっているとき

でもあるということなんですね。






なぜなら、

どちらの方が

自分の心が一番本当に心から

幸せな気持ちになれるでしょう、



という部分でよくわかります。







自分の中にある我が

働いてしまっているときというものは

自分にとって有利なときには

幸せな気分になりますが、


それ以外は
苦しいばかりです。





それは周りがではなく

自分が自分を苦しくさせてしまっていることでもあります。






我というものは、

本来、自分を守る為に働かせる
バリアみたいなものです。




それがなければ、
生きて来れなかったその人の

事情や考え方が

環境の中で作られてきたものです。




でも、

それがありすぎると
今度はさっきのように

自分を苦しませることになってしまいます。





でも、



何にも捕われずに

ただ自分がそこにいるように

相手がそこにいることを

認められたら

許せたら



感謝できたら。






どれほど幸せな気持ちに

戻れることでしょう。





それは


本来人間や生き物が全て

同じところから来ているということが

よくわかります。




元を辿ると

皆が同じ”もの”でできているのですね。


僕達の成長とは言い方を変えると


全ての垣根をとっぱらった


「魂だけの裸の姿」



その姿に戻る旅を

繰り返すことなのかもしれません。







それは

とても人間的なことのようにみえても、

とても人間的なことではないことに
なってゆくということ。






でも、僕達は



この命を与えてもらって

少なくともこの瞬間では

この人間の世界の中で生きています。




だから、


人間的なものじゃないところを

目指しながらも、





人間的な生活の中で自分を育てていかなければ

いけない。





そういうところのギャップにまた

僕たちは

苦しむことが多くなるのです。







でも、





そんな人間の世界でも

すばらしいなぁと思えることが

先ほどいった、




「輪」という「調和」を

僕達は


紡ぐことが出来るということ。












手を取り合って、

憎みあっている人や
傷つけあっている人であったとしても

最後には何かしらで「許し合える」





ということ。








そういう力を
誰もが皆、持っているわけです。




それは



人間的な僕達にしかできないことなのだと

僕はつねづね考えます。






それが人間で言う



「愛」という言葉で


紡がれることなんだ






ということも。














それは
とても冷たく冷えた心であったとしても、


温かくしてくれるような
本来の優しさやぬくもりが

あるものです。






僕達は



誰にも手を差し伸べて上げられる

そんな優しさを
誰もが本来は持っている。







それに気がつけたとき、


この世界ってとても




素晴らしく大きく見えるものです。








そんな瞬間がたくさん

この生きている間に

あなたに


みんなに





訪れればいいなぁと








そんなことを





ふと


考えます。




















いつもこの月記、




何かを考えて書いているわけではないんです。









その時思ったことや

頭に降りてきたことを




ただつらつらと書き落としているだけなのですが、










この文を書いているとき、



ふと



僕とアーティストのYUNAさんと

一緒にやっている



イベント




「Heart to Heart」のことを



思い出しました。








このイベントになると、



皆が最後


とても一つになるような

感覚に捕われるんです。


(それがこのイベントの主旨でも
 あるんですが)




「我」も

「隔たり」も




「あなた」も

「自分」も





すべてがなくなって、



みんなが

一つになる。









「僕」も「あなた」も、



「あなた」も「僕」も








全てが同じ生き物であることを

感じられる。






こんな瞬間を感じたとき、

僕は





「生きていてよかったなぁ」と

つくづく


感じるのです。







それは



あのイベントに一緒に
参加してくれている

みんなも同じであってくれたら

これほど嬉しいことはありませんが。。笑










と、まぁ




ちょっと話しが脱線してしまったけれど 

何をいいたいかというと、




そういう瞬間がこの世界に

この人生に



多ければ多いほど、





僕達はもっと


この今を笑顔で笑って
いきてゆけるような

気がするのです。






しかし、


こう言った世界の中で

なかなかそういう機会や瞬間を

感じられることが少ないからこそ






僕達はそういうことを

感じた時。





せめてその瞬間のときだけでも、



その気持ちを大切に
してもらえたらな、と



そんなことを

思います。






そして、





なにか嫌なことや



辛いとき




くるしいとき






そういうことを思い出せる


瞬間を一緒に伝えることが


出来たらなぁと。






そんなことも。











あなたも僕もまた




同じこの世界で生まれ






同じこの世界で出会い







そして、



同じこの世界で去ってゆく。








僕達は



皆、同じこの今を生きて、



皆、


同じものをもって生きている。





ただ


それだけが素晴らしく





そして、



それを一緒に共有できること程


より素敵なことはきっと

ないのですよね。







今日の月記は


なんだかずっと語り語りで

終ってしまいましたが、笑







そんな気持ちをこれからもずっと

今ここにいてくれる皆さんと




共有し、






そして、



一緒に成長してゆくことが
できたらなぁと


笑い逢え、幸せという瞬間を



共に作ってもらえたらなぁと










そんなことをいつもいつも

考えてはこの今を重ねている




僕です。









またこれからもたくさんの笑顔を

創ってゆきましょうね^^




























さてさて!





そんな感じで今月の月記は

終わりですが、







皆さん、

先日発売されました

「いつかまたあなたに逢える、その日まで。」






ご覧になってくれましたか?




この本、



また今までと少し違ったでしょ??笑








せっかくなので


ちょいっと隠し味を公開しますと
ですね、





2月に出ました




「ずっと待っていたよ。あなたのこと」


このエッセイにでてきた





男の子と女の子。







実は、



この「いつかまたあなたに逢える、その日まで。」

の主人公なんですよ^^








ということで、




この二つの本、

実は中で繋がっているんです。






エッセイはどちらかというと


ノンフィクションの話が
多かったのですが、




この3月の本は


このノンフィクションである

たくさんの人々の話を聞いてきた中で

創られた物語でもあります。








しかし、




この男の子と女の子の絵を
描いたのにも

理由がありまして、






それは




この物語は
あくまで



僕達にとっての


日常にある世界である「目線」を



大切にしてほしかったからなんです。





つまり、


エッセイのような
リアリティを

もってみてもらえたらな、という


意味をこめています。


















人の出会いや別れというものは




どんなときにも

つきものです。







しかし、この出会いと別れの

捕らえ方次第で





時に一瞬で




人生を過ごす意味が

大きく変わることもあります。












後悔だったものが

感謝に変わり









寂しさは


成長にかわり







そして








悲しさが



喜びに変わり。。












ものごとは



その出来事が大きければ大きいほど、







それを受け止め



解決することに

たくさんの





自分の時間も




心も




必要になります。












しかし、








その中で僕達が気付くことが出来たことが

心でその意味を






「理解」することに変わるとしたら














それは本当の意味での


出会えた








「出会い」であり







「別れ」にもなれます。















そんな想いをどうか大切にしてもらえたら




とても嬉しく想います^^










ところで。。









皆さん、



あの応募券







見ていただけました??







実際に葉書を皆さん

たくさん送ってくださっているらしく

(僕はまだ見れていないのですが。。)







中にはとても個性的に

書いてくださっている方が

たくさんいるようです 笑







ということで、

皆さん、感想等も添えて

どしどしと

送ってくださいね^^v




僕もまたそんな皆さんの個性的なお葉書

見させてもらうこと

とても楽しみにしていますよ♪












そして、




またこれからも
色々と皆さんが喜んでもらえることを


日々考えています^^







どうぞこれからも楽しみにしていて下さいね♪



皆さん、いつもたくさんの心を





本当にありがとう(´∇`)



































あぁ、








ということは。。。





















今月を過ぎると


もう明日には4月なわけで。






あちらこちらで




ぴかぴかの


一年生が見られるわけですねぇ。










なんだかそういうリフレッシュされた

姿をみると




ちょっと若さをまた感じられるような

気持ちになりますな。






といっても、


まだまだ若いハタタケル!!






これからも



生涯青春で頑張ってほしいと思います 笑













それでは皆さん!






今月はここまで^^










そして、





皆さん、いつもたくさんの心と



温かさを
本当に

ありがとう♪






そんな皆さんに出会えたことが


とてもとても


僕にとって大切な宝物です^^






また皆さんと一緒に




たくさんの笑顔を創ってゆけますように




そして、


一緒に成長してゆけますように。








願いと想いを






こめて。。。



















































































































































僕達が






生きるこの世界を



色で



表すとしたら










いったい








どんな色になるんだろう。




























たとえ世界が







真っ暗な闇に捕われたとしても








光り輝く

心を






皆がもっていたとしたら












その闇すらも




光をより




強く照らす輝きに









変わる。


















僕達は





そんな灯火を






この世界に灯すために





生まれてきたとしたら















この今をいきることも




決して価値がないことではない。



















たとえ







真っ暗な中に捕われた自分がいたとしても











僕達は







誰かの灯かりによって









自分の足元を見つめることが




できるようになるように
















このだれもがみんなの胸の中にある灯火は







自分だけではなく






周りの誰かも一緒に

















照らせる希望の光にもなれる。













それはきっと、





今ここにいる




あなた自身そのものでも







あるから。























人と人の


手をとりあい



この世界に大きな輪を






創ろう。


















誰もが共に





手を繋げるように





いつでも










共にある気持ちを







胸に抱いて。












誰かと喜びを




分かち合えるとき









自分の喜びは


一人で喜べるものよりも








きっと大きくなるはず。













それは









人が本来
孤独であるからこそ、








つながりあえる瞬間を



喜びと共に分かち合えることが




あるように




















一人であることを


しることは










一人でないことの







ありがたさを







感じられる




心の居場所を作ってくれるということ


なのだから。


































































































また新しい明日がやってくるように






また新しい自分を迎えて
















今日を歩く。






























僕も




あなたも


また







一緒にこの今に






たくさんの












輪を円で作って。











和を縁で紡いで。















この今を歩いている。











それが僕達の大切な






宝物に変わることに気がつける















その日まで。






















僕らはいつも





あなたと共にあることを






どうか忘れないで、と












あなたの胸の奥で






そっと











語りかける声と共に。
(2007.03.31)
もどる
バックナンバーリスト
HOME
build by HL-imgdiary Ver.1.25