2008年04月の日記

あなたの毎日が虹色で輝くことを世界に届けてもらえるように。















「ハタさんはいつも毎日が愉しそうですねー。」







最近、よくそういうことを



言ってもらえることが多い。





うむ。






正解っ。






それは、
僕にとってとっても
嬉しいことであり

同時に

僕にとって
それは

ずっと大切にしてゆきたい

一つの目標でもあって。




そんなこんなで

30になって

初めての春も

また同時に過ぎようとしています。




皆さん、
こんにちは^^


いかがお過ごしですか?


ハタさんです。



もう一年の3分の一が過ぎて

明日からはもう

5月に入るっていうんだから


すごいよね。


毎日が過ぎてゆくのを

自分の中で眺めているとさ、

ときどき


一日一日は

とっても早いのに


振り返ってみると

あっという間の中に

とても濃い時間があって


周りの全てが

ゆっくりと、


でも、確実に刻々と

変化をしているのがわかります。




そういった

みんなの日々の徒然な

「状況」の変化を目の当たりにすると


「あぁ、みんな、成長しているんだなぁ。」


なんてしみじみしてしまいます。




そう、変化のないところに

成長はないし、


成長のないところに

生きる、ということはない。


でも、何があるから

成長する、ということではなく、



生きている、

というその事実だけで


人はみんな、

何かしらで
変化をし、

成長している。




それがわかりにくいこともあれば


分かりやすいこともあり


よく目に見えて分かることも
あれば


目を凝らさないと

分かりにくいこともあり。




それらはすべて


全部、


その人の人生という名の


成長に


やっぱり
繋がっているんだよね。



そう思うと


生きることって


とってもすごいことだと


思うんです。









みんなは


ときどき、



「もっと自分を客観的にみれることが
できたら
どれだけ楽だろう」って



思うことって、ない?





というのもね、


「人」の状況は


とってもわかりやすいことが多いからです。




端からみていて、


「あぁ、これはこうなって、
こうなる為に起こってることなんだろうな」



なんていうことを

人の事だったら

分かりやすかったりするのに、



いざ自分のことになると

なかなか

分かりにくいことだったりする。




というよりも、

人は自分のことは


どうしても主観的に物事を


考えてしまうクセがあるので、


そこに感情が入ってしまうと


時間がたって
冷静に考えてみれば

たいしたことはないことであっても、


そのときは

どうしてもそうは分からない、

ということが

多い。



そんなとき、


自分を客観的に見れたらいいなぁ


って思うんじゃないかな、と



思うんです。





でも、
これは僕も同じなのですが、





ただ、


僕はなるべく

自分のこと

流れ、

置かれている立場

自分の周りの人たちのこと、

やるべきこと

やらなくていいこと

必要なこと

必要ではないこと


そういったもろもろを


客観的にみるクセをつけるように


心がけています。





というのも、


決してそれは

冷めているわけではなくて(笑)


先にもあったようにね


客観的に見てみないと


それが「何を意味しているのか」

ということを


自分にプラスに置き換えて

考えてみることが


出来にくいことが多い

からなんですねー。




ただ、


流されて毎日を生きているのと、



ただ、

流れを「観」ながら
毎日を生きているのとでは



時間がたってみたとき


すっごく大きな差がでる。



それは、



自分の人生の舵取りは


自分でしかできないことと、


その流れを自分が
理解して

自分の味方にしてみると


これほど、心強いことは

ないことを


僕は知っているからでもあるような

気がするんです。





そう考えてみると、


人生って



とっても実はシンプルで


とっても分かりやすいもの。



こうやったら

うまくいかなかったけれど、


こうやったら

うまくいった


といったような
反応がすぐに返って来る

(言い換えると、それが
わかるまでは答えは出せないけれど)


それは

やってみて初めて

わかることばかりだからこそ、


実際に行動してみなかったり、

また、


実際に試してみれたら

わかることが

大半だったりするから



人生って面白いように思います。






ま、結局



自分に正直なのが人生。





それは
とっても


素敵なことでもあると



僕は思うんです^^












...あれ、

なんでこんな話になったんだっけ。笑







気が付いたら
もう語りに入っていました。






ということで、

今回の月記も楽しんでってくださいね^^





















でもさ、


みんなは日々、

自分の日記というものを

書くこと


してたりする?




僕はですね、




ついこの前まで

3年日記というものを


書いていました。






が、


3ヶ月で書かなくなりました 笑







なんで書かなくなったのか、


色々と考えてみました。






始めは


自分の親友が書いていたのをみて


面白そうじゃん、と


思って


買ってはみて、


しばらく書いていたものの、




いつのまにか


書かなくなっていた。




ここで思ったこと。




それは、

3つありました。



@に


「自分には日記を書く、


という習慣があまり

合っていない、

ということ。」



そして、



Aに


「その日記の変わりになるものを


自分は日々

つくっているから


そこに必要性を見出さなかったこと。」




最後は



B

「人のやっていることが



自分のやりたいこと、
やれることに

”合っている”とは

限らない」







という、この3点。



これはですねー


とっても勉強になりました。



といっても、


この3つ、

ずっと昔から

「わかっていたこと」でした。


でも、



「分かっていたこと」が


「分かった」


ことになるには


人間、何度か試してみないと


わからないことが


どうも多いようです。


(それでも、「わかった」には
なかなかたどりつかないことも多いけれど。笑)




先ほどの一番初めの話だけれどさ、


「成長」ってものが


どんな人の中にも

存在しているものだとしたらさ、





同じ間違えとか、



もう
同じ事を繰り返さないように






思わない?




まぁ、

よっぽど心に刻まれたことや


これはまずいだろ、



ということなど


自分の深層に
深く学ばれたものたち、

経験、記憶たちは




一度でも

のこると




そんなことを意識しなくても


できるようになってゆく、


しないようになってゆくのが


人間だろうけれどね、







それ以外の

まだそこまで行かないものに関しては


やはりある程度

自分の肌身にふれて

何度か行なってみてみないと


わからないことがたくさんあるようです。






さっきの3つを

あげたけれど、


この3つ、


とっても面白いものでした。





うん、自分にとって、ですがね。








いつもね、


「自分を知る」


ということが








人生を歩く上で、

とっても大切なことで、





その自分を知れた上で
行動できたことは




自分の自分だけの

「幸せ」という形に

たどり着く、






なんていうことを







僕は

この月記とかで





何度か書いていると思うんだけれど、







そんな僕でさえも

まだまだ


自分のことを全て




「知り尽くした」




とは、いえない。
(全然。)






たぶん、



人は自分を生きている限り、



一生、




「もうわかった!」



なんていうことに




たどりつくことはなければ、





自分を知るということに




ゴールもなければ


終わりもないと思うんだけれど




(ある意味、それが”自分”に生まれた
 ことへの
 面白さだと思うけれど)







それには



色々ななかで


自分を発見するということの


「アンテナ」を自分の中に


常に持っていないといけなかったりする。













それらは


特別な何かをやったことで


見つけられることじゃなくてね、





ちょっとした



本当に、ほんの”ちょっとした”






何気ない日常の中における


自分の行動や言動に






自分の”まだ見ない部分”




っていうものが


含まれていることが




多いから。











そして、


そんなことをもって


自分を紐解いてゆくと

とってもおもしろい発見が






また日々、



生まれてゆくんですねー。














例えば、

そんな形でさっきの3つを紐解いて
自分を分析してゆくと


「ハタタケル」という存在の面白いことが

またわかったりするのですよ。










んじゃ、ここで


面白半分に「ハタタケル」を


自分が「分析」して









ちょっとそれらを


書いてみましょうかね。













まず、





@の 日記は合わないということ。






僕はどうも

日々の単調なルーティーンワークが
嫌いというよりも

苦手ならしく、


同じ事をすることを

好まないようです。


でも、
ハタタケルの
面白いことの特性の一つに

「特例」を除いて。


ということがこの条件にはつきます。


それは

「自分が興味をもったこと以外。」


ということ。


どうもハタタケルという存在は

とってもわかりやすくて、


自分の

「興味があるもの」



「興味のないもの」

というものの差がとっても
激しい。(笑)




それでもって


興味のあるものに関しては

とことんまでのめりこむクセがあれば


興味のないものに関しては

全く見向きもしない。



これだけを見てしまえば

単なる我がままのようにみえますが、




これは捉え方の違いです。






それは


自分にとって

「何が必要か」「不必要か」


ということを


よく、知っている、ということ。




そして、



そこには




無駄をきらい、


その先の結果を重んじる


ということを

瞬時に自分の中に




判断していくことが多いようです。




.....あ、これらはね
決して何か本をみているわけじゃないからね。笑




自分分析ということで

ちょっと面白半分に


もしもどっかのいい加減な

機械が


ハタタケルを分析したら


こんな感じなるということを






自分が分析しているだけなので 笑







まぁ、もうちょっと



聞いてみてください。






さっきのつづき。




それらは

言い方を変えると


無駄な結果は出さないように

効率性と


効果、


結果を

「自分」と「周り」

そして、

それらを通してもった

「社会的意義」

「人生意義」

というものを


自分の中に持って

その上で

行動してゆくことを


好むようです。




結局、ここにあるのは

どういうことかというと、


ハタタケルは

自分に正直にしか

生きてゆけないということ。


そして、


わからないことは

やってみないとわからなく、

その中で


違うことには


バッサリいってしまう


冷静さと答えを出す強さ、


それに伴った極端さ




というものが

あるようです。




ということで、

その中で

自分を「軸」に考えて

行動する傾向が多く、





そこにおける

「必要性」を

感じられなくなったものに関しては


行なわなくなる




という傾向があるようです。










Aの他のことをやっているから



必要性を見出さなくなった


というのも


面白い発見。






僕は日記が嫌いなわけでは

なく、



日記を書いていった結果、


何をもてるのか


ということにたどり着くプロセスが

日記ではなく

違うものでまかなえている

ということを


知ってみたとき、


日記をつけなくても


いいことを感じた、ということみたいです。




それが

自分の日々つくっている

ブログだったり、

この月記、


そして、


日々、自分がつけている

スケジュールの数々です。




僕のスケジュール帳をみたことが

ある人は知っている人も

多いのですが、


僕のスケジュール帳は

いつも真っ黒なようです。


つねに何かを書き込んで

空白の日がありません。


というのも、


それは

ただ、毎日
どこかに行っていることで
なければ、


ただ毎日、
忙しいといっているわけでも
なさそうです。



それは


ハタタケルの「習性」なのですが、


スケジュールを前もって

自分で勝手に決めて

書き込んでいってしまう、

という傾向があります。


と、これは言い換えると、

その日が来る前に

何をするのかを書き込んで、


その日が来たときには

できていないことを

書き込む。

そして、

その日、やったことを
詳細に書き込まなくても、


そのスケジュール自体が

何をやった日なのか、ということを
明確に教えてくれている、

ということでした。



しかし、

だからといって、

事細かに何を何時にして

どんなことがあったのか

という詳細までは

さすがに書き込みきれません。


それを補うのが、

「日記」というわけでしたが、


僕はそこに、

「面白み」と「必要性」を

感じなくなった。



それは、

過ぎたことを

残すことによって


僕にとって

そこが本当に大切なことだとは

思わなかったから
だと思われます。


過ぎたことから
学ぶことは

とっても大切なことですが、


過ぎたことに

自分の想いを

今の時間を割いて

馳せらせることは

(今の)ハタタケルさんにとっては

あまり魅力的に映らないようです。


なぜなら、


それよりも愉しいことが


今に、


これからに、


たくさん待っていることがわかるから。




人は毎日

この「今」を生きていて、


同じ「今」を一度も

生きていません。


もちろん、

これはみんなに同じ事がいえます。




でも、
同じ「今」をいきていても

意識の向き方が


違っていると


その今も全く

違う「今」の意味を創り上げてゆきますよね。



ハタタケルが

そんな中感じたのは



「3年前(3年日記なので)のことを振り返って

いつかそれらをみて
楽しむことも

いいけれど

やっぱり
そこに日々綴ってゆく
労力をかけるのであれば、

その分、

僕は今を一生懸命

心にとどめて生きてゆきたい。

その分の時間をシンプルに

愉しみたい。」



という気持ちの方が

勝ったということらしいです。







また、


どうもハタタケルの人生には


「旅」をする、


ということが


大きく関わっているようです。




それは、

日々、「変化」を求める、

ということ。





だから、

世界中の国や環境を見てみたいし、

それを

自分の道にも同じように

もっている。





だから、


「風」のような

流れや今一瞬に吹くものを


大切にして、


その中における


自分に必要なものと

そうではないものを


見出してゆこうとする。



今を生きてゆく、


ということは



そんな


自然の流れと、


変化してゆくことで

初めて


生きることを


築いてゆける、という



自分なりの気質があるのかも
しれません。




それがこんなところでもわかりますねー。











と最後のBですが、






これも

@Aなどと同じ事なのですが、




ちょっとここは


今のハタタケルに至っても

難しいところもありました。








というのも、





人ってみんな、

どこかに


変化を求めながらも


安心、安定を求めようとする

傾向があります。


そんな中で



人と同じ事をしようとすることで


自分が

一人だけ疎外されないように


もしくは


人がやっている「幸せ」という形を

みて、

それを自分も欲しがる、


ということを求めてしまいがち

になります。


よく、隣の芝生ほど
青く見える、

といいますが、

これはないものねだり

という言い方にも出来ます。




でも、そうなっても
おかしいことではなく、


人は

自分にないものを

求めようとすることで、


成長にも繋がってゆける
ことを

どこかで知っているからなんだと


思われるのです。





が、


しかし、




とってもわかりやすいことですが、





その人がやってみて

幸せと思うことが、



自分の幸せ


ということには
限らないものです。






食べ物一つとってみても


同じ物を食べていても

おいしいとかんじるひとと

まずいと感じる人がいる。



おなじものをみていても
そうでしょうし、


人にも同じことが言えるでしょう。



でも、


人は目の前にある

形創られた

「幸せ」や「いいな」

と思うことを


自分に取り入れようとする。

それが

「自分に合っているかどうか」も


深く考えることもなく。





その違いを感じるのには


やっぱり


まずは


やってみること以外には

どうもないような気がします。





そして、そこでもっと

大切になってくるのは、


きっと、


自分にとって

それが

「合っている」のか

「合っていないのか」


ということを


『認められる』という


”勇気”。






これが一番、大切で、

そして、


難しいものです。






「あ、これは違うな。」

「自分とは違うな。」

「自分には合わないな。」


ということを

認められてしまえば


とっても楽で簡単なことですが、




それが難しいんですよね。







また前の話に戻りますが、




人って手につかんだものを

つかむ前は

簡単に離せたのに、


それを


ずっと抱えた後、


離すことには

抵抗がでます。



それは一種の慣れであったり、

また、

そこに

逆に

変化を恐れてしまう、という

気持ちがはたらくから。

そして、

人とは違う、

ということを

認めることが


疎外感になってしまうことも
あります。




でも、


自分をしっかり持っている人は


まず


そんなことはないでしょう。




むしろ、人と違うことを

求める人がいるぐらいですよね。笑


それは


一言でいうと

自分に「自信」をもっているから、
自分が「好き」だから

ということがいえるんでしょうけれど




ハタタケルは



どうもそのあたりは


もっと単純なようで





「人は違って当たり前。」

って考えが


そこにあるからなような



気がします。





それは

無理に当てはめても


「自分にとって」

いいことがない、


ということなようです。








そんなきもちのまま

無理をして


自分が誰かのやっていることを

幸せと思い込んで

生きてゆくことって



すごく生きることが

窮屈になるような気がすると




どうも思ってるようです。






むしろ、それであったら

もっと

その時間を自分の好きなことや


自分の興味があることを

してみようとした方が

よっぽど

納得できます。



もしも、

それでも

『やらざるを得ない』

ということであれば、


では視点を変えて、

「何が自分にこれをやることで
 プラスになって
 成長するのか。
 これを続けることの
 自分の明確な意味を
 考えてみよう」


とすることで、

何か新しい発見があることも




ハタタケルの

大切な
事実なようです。




ただ、この日記のように

強制的にやらざるを得ないものでなければ、


それを

手放して、


「あ、自分には違うな」


ということを

知れただけでも


大きな変化と成長の一歩が

そこに見つけられたんだなぁと





そんなことを、発見できたようです。








.....と、まぁ、、


たかが日記のことなのに


よくも


ここまで語れるものだなぁと


自分のことながら

すこし

あきれますが 笑


でも、


これも僕らしいなと


逆に笑えたりもします。笑




でもね、なんで


ここまでこんなことを
月記に書いてみたかっていうとね、



これらは


みんなにも

同じように

自分を「分析して愉しめる」


ということができる


ということを

伝えられるって


思ったからです。

(この月記を書きはじめたときに
 思っただけなんだけれどね。 笑)



なんで

自分を分析して愉しいのか。


まぁ、これこそ
得手不得手、


僕のやっていることが
誰かがやってみて、
愉しいことにつながることではない


ということも

いえるのかもしれないですが、


でも、


僕は一番、


人が興味をもてるのは

まずは

自分であって欲しいと

思うからです。


と、同時に


どんな人もまずは

「自分」に興味を持っているはずです。




自分に興味がない、


「振り」をしている人は


たくさんいます。



そして、


「自分に興味がない」ように

そう自分を思いこませて


してしまってることも

たくさんあるでしょうし、



そうしないと


自分が保てなくなることも


あるかもしれません。







が、






それは自分が欲している

幸せや


心からの笑顔を


創ることから


遠ざかることになったりするんですよね。










なぜなら、


人は誰だって


誰かに必要とされたいし、


興味を持って欲しいから。





それは


その人の


存在している意味に

深くかかわります。




言い方をかえると、


あなたが


この世界に


生まれてきた意味に

直結している


といっても過言では

ありません。








となったとき、


自分がそれを


一番に望んでいても、


それを

他人に誰かに


求めてみたとしても


それに見合う行為が


貰うことが出来なかったら



人はそこで


傷ついてしまいます。



と、同時に


もっと自分への

興味を


「自分が無くしていって」

しまいます。




でも、



それらは




自分がまず

自分に興味をもってみたい、





ということを


ただ忘れてしまっているだけ


なことが


多かったりすると


僕は思うんです。











そんななかで


この「自分分析ごっこ」は



自分に興味を持ち、

知ろうとすることの上では




とっても面白い。







「え?自分ってこんな人間なんだっけ?」


とか



「あれ?なんだか

自分ってこんなことに

興味持っていたんだっけ。」


とか、



「お、何気に私って、面白いやつじゃん。」


とか。





自分を一人の人間として


捉えることもそうですが、




自分を一人の

存在対象として


こんな人もいるんだ、


ぐらいに



自分を図ってみる


探ってみる、


日々の言動、行動、


やっていること、


その”奥”にある

「なんで?」


を追求してみる。



すると、

思わぬ宝物に出逢えたりしちゃいます。






「なんで?」を


追求することは


生きてゆく上でとっても

大切です。




それは

「なんで?」


を自分が考えることで、


初めて

「広がる発見」
「知らない成長」
「人の痛み」
「自分の大切なこと」

その他もろもろが


わかるから。





自分が考えに考えて


出せた答えは




後悔しないことが



多いですが、






自分が出さずに

人に言われたことだけで


生きてゆくと



絶対に後悔が

やってきます。



なぜなら、

「自分であって」

それは

「自分」ではないからなんだよね。










なので、



こんな感じで


ハタさんも日々、


成長し、


変わりつづけていますし、


発見しつづけています。






それは

もしかしたら


昨日思っていたことと


今日思っていることが


違っていくことかもしれないし、






昨日思っていたことが


やっぱり

今日更に強くなっていったこと


だったりするし。





まぁ、僕もそれを


断定するには


時間が必要だったりすることも

あります。





でも、





そういった自分の

変化や


状況を認めて



そして、


それを


真摯に受け入れて



今を生きて


「自分」を生きてゆくと





自分の答えに少しずつ


近づいてもゆけます。




それは


周りの感じている「答え」と


自分の感じた「答え」には


始め

ギャップがあるかもしれません。




でも、それでいいんだと
思います。



だって、


自分の人生は

あくまで

いつだって

「自分のもの」


であって、

「誰か」のための

ものでもなければ、


「誰かに決められる」


ものでもない、




よね?








僕はいつだって


そういえる自分が



とても好きだし、


そういえる自分を



大切にも誇りにも

思います。






と、同時に



そういえる今を生きている

「あなた」


のこともまた、



僕は心から


いつも祝福し、


そして、受け入れます。





どうか


変化を恐れずに





自分の正しいと思ったことを





大切に。







その結果、


それが





自分や誰かと


食い違ったとしたら




それはそれまで

なのだろうけれど、






本質や


持っているもの、



大切にしているものが






同じものや人であれば、






その結果、




より


いい方向に変わってゆきます。










そして、




「本当」のものは


どんなことがあっても


絶対にブレません。



それは僕が


この道を歩いている、ということと

同じように。









そんな自分を見つけ

毎日生きてゆく、






ということが、

僕は



自分の中心といえるべき

「核」を持つことであり、





本当の意味での




人が生まれてきたことへの




「成長」に

初めてつながってゆけるんじゃないかと









そんな風に思うんです。




















あなたの中の成長って




変化って




今日は




どんなところにあったかな?










僕は


そんないつも
月記をみてくれている「あなた」の変化を


いつだって


愉しみに、見守っていますよ^^








そして、



もちろん、





そんな「ハタタケル」。






自分自身も、ね。















































































と、まぁ、







こんな感じの今回の月記でしたが


皆さん、


いかがでしたかな。






また日々の中における


自分の


ちょっとした


気づきを


見つけてみてね^^
















さてさて〜

















では、早速今月のインフォ、




いきましょ〜か〜!!














4月も色々とありましたが、













5月からもまた









色々と
ありますよ^^












と、その多くはまだ

5月の発表ではないのですが、









今、皆にお伝えできることを







ここで発表してゆきたいと思います^^







まずはですね、








5月12日(月曜)なのですが、







皆さん、お待たせしましたっ!!





何がお待たせしましたかっていうとね、笑




なんと、



昨年長野県で放映された


ハタタケルの1時間ドキュメント番組

『あなたの笑顔がみたいから。』



がですね〜




違う地域でも

これから

順次放映されてゆくことになりました〜〜〜(´∇`)






実を言うとですね、




あのドキュメント番組



結構、色々と皆さんから

お問い合わせを頂くことが多いらしく、



そして、


その結果、



今回の形のようになったみたいなのです。







なので、


各都道府県に


お住まいの方、


よかったら


各テレビ局に(フジテレビ系列ね)



リクエストをお願いしてみてくださいね〜^^








と、



そんななか
放映されるのがこちらになります。




5月12日(月)

「東海テレビ 8ch」
(東海エリア(愛知県、岐阜県、三重県、静岡県(一部のみ)))

深夜 2時30分〜3時29分

ハタタケルドキュメント

『あなたの笑顔が見たいから。』




ちょっと夜遅くになるけれど、


この地域にお住まいの方

是非ご覧になってみてくださいねー^^


きっと楽しんでいただけると思いますよん♪


(ユーナさんやheart のことも
 出てくるからね^^)


御楽しみに♪








また、


ハタにゅうすも丁度、

no3号になったけれど


みんなどうかな?


毎回色々と変化を加えてるけれどさ、



今回はもっと


見やすくなるように

ハタさん頑張りましたっ 笑






と、そのハタにゅうすで販売している


各ぐっつなんだけれどね、



なんと、そろそろ!




HPにても取り扱いができるようになりそうです〜(´▽`)









多分、5月中旬ぐらいからかな。





またこっちはこっちで


ハタにゅうすとは違った形での


色々なことを


hp上で作ってゆくので



こちらもまた


楽しみにして待っていてもらえたら


うれしいなぁ。





またハタにゅうす含めて




これからも楽しみに使ってネ^^


















その他もろもろ


今年もいろいろと


皆さんに発表がたくさんありますよ〜♪








またこちらも


楽しみに待っていてね^^








僕も頑張りますよっ♪
























....余談なんだけれどさ、







最近、ハタさん、


どんな心境の変化なのか


今月から

ほぼ毎日ジョギングを始めました。

(これも変化と成長だね。笑)


今までは

一切、走りにいくことなんて

なかったのにー


でも、夜になると

夜な夜な

抜け出して、


20〜30分ぐらい


近所を走っています。

(怪しくない程度に(きっと)笑)




というのも、


凄い走ることって


リフレッシュと


切り替え、

思考の強さ、


心の強さ、

体調や心拍、呼吸器系の鍛錬

健康管理


などなど


いいことずくめなんだよねー。


それに気がついたことも


ここ最近のこと。


うーーん、


30になって


これもなにか


心境なのかどうか。


今はまだ

1ヶ月そこそこ
だけれどさ、



これが1年、5年、10年って

続いたらすごいよね。



逆に

ここ1ヶ月で終っていたら

まぁ、


それも”僕らしい”ということで 笑


それらがどうなるのかは


また「今」を

愉しんで自分のことを


観てみることにしましょう。







ということで、


今月はここまで^^






また来月、5月







みんなはどんな風に

成長して、

そして、


変化しているのかな。







そんなことを含めて


また来月


皆にここで会える事




とってもたのしみに

してますよん♪














みんな、いつも本当に、








ありがとう。








みんなが日々、送って


届けてくれる



コトバや想いは



僕にとって


今を頑張ってゆける


何よりもの原動力です。



(いつも保管して大切にしてます。笑)






そんな




みんなが届けてくれる


あたたかい声に、



心に






たくさんの想いと




”ありがとう”を




一杯に こめて。。





























































































































































































昨日、降った雨が















今日 上がり

















今日 世界を照らしてくれた

太陽が











明日のために



また







地平線の彼方へ







消えてゆく。




































明日のことをみて



夢を見る











少年は



















また違うどこかで









夢を見ている









少女と









今もどこかで

















つながっていて



















その握った手の先には





















新しい未来が



















僕たちを待っている。












































ねぇ、















僕たちのいる





この今ってさ、






















どれほどの













可能性を














秘めているのかな。





































すごいたくさんの















希望も未来も


























僕たちは










いつも描いて
















抱いてゆけるはずなのに





































どうしてだろう。

























どこから
















今の世の中に

















ときどき



そんな簡単で




たいせつなことを
























置き忘れてしまうことが





















あるんだろうね。





































僕はそんな













この世の中でも

























いつだって










信じることを

















ただ大切にしたいと
























そう


































切に 願うんだ。































































あなたの明日には



















どんな虹がかかっているだろう。































あなたの未来には






























どんなえがおのあなたが






















あなたを
























微笑みながら




待ってくれて いるだろう。





































どうか





いつも











あなたがあなたの
笑顔を知って





















そして、























この今を










変わらぬ気持ちで























歩いてゆけますように。



























僕たちが今




















しなければいけないこと。
























それはね、


















きっと
















「”あなた”から みつける。」


















ということ。












それからでいいんだよね。


























新しいきせつをむかえて































新しいめぐりのなかで



































きっと







また


















新しい明日が
あなたを













まってくれているよ。































あなたの明日がいつの日も










光り輝く


虹色の














毎日であるように



























たくさんの想いを一緒に











この



限りない世界




全てへ


















あなたにそっと










届けてもらえるのを







きっと みんな待っているよ。
(2008.04.30)
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