あなたの笑顔の中にはいつも変わらぬ世界がある。
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そうか〜〜
新年ももう1ヶ月が過ぎて いよいよ2月かぁ。。
時が流れるのは 早いなぁ。 でも、この一ヶ月、
色んな経験ができて、そして 色んな時間が過ぎたなぁ。
こうやって 振り返って考えてみると
一ヶ月という時間は とても長いことに気が付くんだけれど、
やっぱり ただ月日だけを見つめると
一ヶ月は、早い。
時間の流れの感覚って
あってないようなものなのかもしれないな
な〜〜んて おもう毎日です。
皆さん、いかがお過ごしですか?
こんにちは、ハタタケルです。
今月もまた 恒例の月記の時間がやってまいりましたよ〜 ははは〜
もうきがつけば この月記も続けて
早8年目?
僕が路上を始めた年からだから 多分あっているはず。 ちょうど、先日の1月28日で
7周年目を向かえて 今日にたどり着きました。 こうやって考えてみると、 一ヶ月という単位も 7年という単位も
それほど違わないのかも しれない。 でも、考えてみると、 10年前の自分から 今の自分は想像がつかなけれど、
7年前の路上を始めた時からの 自分からは
今の自分は想像がついて
結局は、
10年前の僕に足りなかったものは
自分の歩むべき道と
それを自分で見つけてゆける 想像力というものが
なかったのだなぁと
感じます。
10年前といえば
丁度二十歳。
うーーーん。。
大学生。。笑
でも、その頃に足りなくて
今の自分にあるものを
一つあげるとしたら。。
それは
自分の人生は
「自分の想像した通りに創られてゆく」
という事実を
知っていることと
知らないことの違い
なんだろう。
そんなことを
ふと、
考えてみました。
じゃあ、今日は
その辺りの人間の想像力と
現実の関係性を
ネタにしてみましょうか。
今月の月記の始まり始まり〜〜
さて、
想像力と
現実がどれほど
密接に絡みついているのか。
それを知ることは
人生には とても大切なことだと
想います。
それは、
人生を作ることの
全ての基礎が
想像とビジョンから始まっているからです。
よく、
人は
「幸せになりたい」
「お金が欲しい。」
「健康がほしい。」
と自分の願望を持ちますが、
それがどこか
現実的には
「でも.....」
が付くことが多いように想います。
心の中では
そうなれたらいいなぁ
という想いがあったとしても、
それが
現実的に なかなか”結びつかない”
ということを
脳のどこかの考え方の中で
自分を納得させてしまっている、
ということが
ありそうなものです。
それもそのはず、
”現実”と”想うこと”が
必ずしも一致しない、
ということを
僕らの人生の中では
何かしらの瞬間に
体験しているからです。
そして、
現実と想うことが
一致したとしても、
それを
肯定的な見方だけではなく、
必ずしも
「それが全てではない」
という否定的な
解釈に落とし込むことが
多くなります。
それは
一種のココロの防衛本能。
そう想った方が、
想うことが
現実に
「ならなかった」
とき
傷つくことが少なくなるから
とか、
あきらめを持たせた方が
納得を自分に
もたせることができるから。
とか。
まぁ、そんなところの理由だと想います。
僕もそう想ったこともありますし、
そう 考えていたことがあります。
それもこの現実であり、
事実であるからですね。
だから、
僕らの人生は
そう考えている限り、
全てを
運任せ
の人生に変えてゆきます。
運任せの人生は
全てを運で片付けようとする人生。
うまくいっていることも
うまくいかないことも、
うまくいっている人を見ることも
いっていない人をみることも
あきらめと
自分の人生を保護するための
納得を
”運”の一言で
片付けてしまおうとします。
宝くじを買うことは
いけないことでも
もちろんありませんが、
当たればラッキーという考え方も
あれば、
運にかけて
楽をしてお金を得たい、
と
考える人もいるでしょう。
しかし、
そういう運はなかなか
付いてきません。
仮に
一時
運が付いてきたとしても
それに伴わない
「行動」がないと、
結局、その運は
不運に変わってしまうことが
多いものです。
なぜなら
運とは
結果として、
行動に伴う、
”エネルギー”の一つだからだと
僕は想っています。
エネルギーには
必ず限りがあります。
使った分の
エネルギーとして
なくなった分は補充しようとする。
その補充は、
行動することでしか
ためてゆけないものでも、
放っておくと、
なくなった分は
ある意味、借金にかわります。
つまり、
使った分は
返してゆかないと
追いついてゆけず、
結果として
マイナスのエネルギーで
周り巡って
返ってきてしまうのもまた、
運なんですよね。
僕が色んな方に お会いして
色んな物事をうまくいっている、
という一般的な見方で
見られる人は
決して運任せで
人生を生きていることはなく、
運に賭けることも あれど、
最後は
それに伴う行動を している人であることが
ほとんどです。
では、
話を元に戻しましょうか。
先ほど、
自分の考え方と
現実は
密接に関わっていて、
そこから
人生が作られている、
という話を一番初めにしましたが、
それはなぜか、というと、
人がビジョンとしてココロから
描けるものには、
「行動」が伴うからなんですね。
行動が伴う、ということは、
体で動くことだけのことを
さすわけではないんです。
一つの物事を見て
感じること、
受け取ること、
そして、
それをどこかで 応用すること。
全てが
その人の考え方から
来ています。
そして、
その考え方とは、
その人の持っている
将来や
自分の人生に対しての
ビジョンや
重要性、
要点、といったものでしょうか。
お金が物凄く大切な人は
お金を得ようとする為の 行動をするでしょうし、
有名になりたくて仕方がない 人は
有名になるための行動をするでしょう。
その思いが強い人ほど、
それが現実になる可能性は
高いですが、
逆に
それが副作用として
返って来ることまでは
考えないことも多いです。
求めたものが人生であれば、
求められたものは
求め返される、のも
人生。
一方的に
お金を得ることだけは出来ないですし、
それだけのものを得ている 人は
それなりの何かを
犠牲にしていることが
とても多いものです。
人によって
何が幸せかを考えることは
それぞれですが、
だからこそ、
人は
自分の想ったとおりの
人生と人間になってゆくことが
よくわかります。
環境がその人を作る、とは
言われますが、
ホントのところは、
その人が環境を 創ってく、
ということのほうが
合っている。
それは、
環境とは、
人生に付随したものであったとしても、
その人が 考えていることが
外に出た結果でもあると いえるような気がします。
たとえば、
とても貧しい家庭に生まれたとしても、
その人が 自分の考え方やビジョンを もっていたとしたら
その環境を上手く使うことを 考えるでしょう。
自分を成長させる土台として、
そして、
その先にあるビジョンの為の
通過点として。
きっと、その環境は いつか
その人にとって
プラスになり、
その環境は違う環境に
変わってゆきます。
そして、
二度とその環境に戻ることはなく、
結果として
その人が描いたとおりの
環境に行き着くことになります。
環境のせいにして
自分のことを
あきらめることもできますし、
そこに言い訳を作ることも
できたりもします。
でも、
どんなに何かをいったとしても、
結果として
それは自分の人生になってしまうものです。
それは、
自分の考え方や見方が
人生にとって
とても密接な関係をしている、
という見方にも
なったりします。
また、
その中で運があり、
何も考えずに始めは
人生がうまくいっていたとしても、
その運も、
自分がうごき、変わらない限り、
いつかは
なくなってゆくことになります。
結局、運が付いてきている、
というときは
チャンスであり、
そして、
それは幸せを手にするチャンス
なのではなく、
自分が自分の行動を
プラスにかえてゆくことや
皆や世の中に
考え方や良いこととして
返してゆくことに
気が付く期間限定のチャンスを
もらっている、ということでもあります。
自分の欲や、
自分だけの幸せを考えていった
行動は
結果として、
自分ひとりよがりになってゆくのは、
エネルギーは
自分で生み出せるものではなくて、
やはり、
一緒に生きている人たちや
存在たちと
共有しているものだからですね。
なので、
考えていることと、
行動は
人生に大きく影響をすること。
むしろ、
考えていること
心の中で抱いていること
そのものが、
人生をそのまま作る、
というシンプルな法則が
そこに存在するだけだったり、
するんですよね。
なんだか
変なことを色々と
述べているように聞こえるかもしれませんが
ただ、これは事実です。
僕が僕なりに
色々な人たちの人生を見た 中で 教えてもらったこと、
そして、
自分が自分の人生を試してゆくなかで
正しかったこと。
体感したこと。
それそのものが
人生に現れる、という
結果を感じていることです。
僕が20歳のときに
知らなかったこと、
本では読んでいても
よくわかっていなかったこと
わかっていたようで
実は全く分かっていなかったこと
10年経った今と
10年前の僕の違いは
それを
実践して
経験して
それを体感して
頭じゃなく、
体、心、全体で 「分かっている」
ということ。
たったちょっとの
小さくても
でも、
大きな違い。
人生ほど素直なものはなくて
それを色々と試すことが出来る
僕らの与えられた時間の中の
人生ほど
おもしろいものはないですね。
どうか
皆さん、自分の人生を
大切に。
人生を大切に、ということは、
命を粗末にしてはいけない、
ということだけじゃなくて、
人生をあきらめないで下さい、
ということ。
ビジョンを描き、
自分を見つめ、
自分が世の中の為、
人の為に何が出来るかを考え、
そして、
自分なりの形で
還元してゆくことを
考えてみる。
人生を流れに身を任せるまま
ただ、
今を生きるのではなく、
生きているようで生きていない
ような
人生を放棄することではなく、
自分がどう「在れたら」
一番、ココロが笑えるんだろう。
この胸の奥でぎゅっと
素直になれるんだろう、
それに伴う行動ってなんだろう
そんなことを
この今だからこそ、真剣に 考えてみてもらえたらと
思います。
人はみんな、
何かしらの目的や
意味をもって
僕は生まれてきたと想っています。
それは、
そうでなければ、
みんなが、ここで
何かを「感じ」「学び」
「伝える」
ということが
人は出来ないはずだからです。
つまり、
そういうことを
一つひとつできる、人間という 存在は
みんな、
何かを「受け取り」「得て」 「伝えてゆく」
ことをしてゆく存在だからこそ。
そして、
それらはきっと
みんながホントに求めている
「生きている意味」や
「人生の幸せ」
に直結していること。
僕らが存在している限り、
この辺りは
永遠の課題なのかも
しれませんが、
僕が僕なりに感じることは
何かしらで
落としてゆければと
思います。
まぁ、今日もまた
マニアックな話になってしまいましたが、笑
是非みなさんの人生にも
何かいかせることがありましたら
うまく考えてみてくださいね。
今日もまた
あなたがココロから今を笑って
生きてゆくことを
心より願っています( ∩_∩)
さてさて〜〜〜
こういう話はもうおいておいて、
さっそく今日の
インフォまいりましょうか^^
今日はですね〜
皆さんのご存知の方ももういらっしゃるように
3月の14日から17日の
イベント
ぷちハタランドへ ようこそ!!
がいよいよ開幕となりました〜〜(´∇`)
このハタランド、
僕がず〜〜〜〜〜〜〜っと
昔から
一人で勝手に皆さんに言っていることです。笑
が、このような形の通過点を
ようやくつくることができるようになりました。
このハタランド、ってどういうものか。
簡単に言うと、
僕の出来る形で皆さんが
ここにきてたくさんの笑顔や元気を
持って帰ってもらうということ。
楽しさと
温かさがいっしょになったような
そんなハタワールドならではの 形で
皆さんに残してゆけるもの。
それが
このハタランドです。
そして、
今度の3月のイベントとして
考えているぷちハタランドは
僕の今出来ることの集大成を
集めたもの。
ギャラリーとしての部分、
作品展、写真展、個展
としての部分と、
イベント、などの ショー的なものと。
二つの要素を兼ね合わせていますが、
これは ハタにゅうすからの
みんなへの
プレゼント企画でもあります。
ハタにゅうすも皆さんと共に 去年の11月で一周年を迎えることが出来ました。
それも
こうやってみなさんに
たくさんの形で色々なご支援をもらい、
そして、
たくさんの想いをここに伝えてくれたから。
だから このぷちハタランドを通して
皆さんに
色々なことを返してゆけたらな、と
思っています。
このハタランド、
今の僕じゃないと出来ないものでした。
そして、
これからをみている僕でもないと
できないものでした。
全部が絡まって
ようやく今回の形になれた
ぷちハタランド。
たくさんの夢と希望と心を
詰め込んだ
4日間です。
是非皆さん、いらしてくださいね。
そして、
たくさんのものを持ち帰ってください。
皆さんにこれから
いろいろな形をこの中でも
ぷちハタランドに至るまでを
紹介してゆきますので
是非楽しみにしていてネ^^
また、
皆さん、j-smile!のHPも 見てくれましたか?
まだシステムが全部整っていないことも あるんだけれど、
これから一日一回の日々の言葉や、
各週ごとの映像、 などなど
ここでしか出来ないことを
た〜〜くさんしてゆくので
こちらのほうもまた
お楽しみにどぞ〜(´∇`)
http://j-smile.net
ということで、
これから色々と盛りだくさんだよ〜〜!
是非期待していてください。
ということで、
また来月の月記でお会いしましょう♪
来月の月記では
もうまじかにせまった ハタランドのことで
一杯一杯になっていることと思われる。。
多分。笑
そんなハタタケルをまた 楽しんでくだされ。
それでは、またね。
かけがえのないみんなに
心からのありがとうと
想いをこめまして。。。^^
今日の日を
笑って生きる。
とっても簡単なことなようで
とっても、
難しいこと。
そこにあるのは
シンプルな気持ちなのに
シンプルに生きられない僕ら。
大切なことはなんなのか
一番誰よりも分かっているはずなのに、ね。
僕らが今すべきことって
なんだろう。
僕らが今、できることって
なんだろう。
その問いには
みんながいろいろな形で
答えられる
答えがあるけれど
その答えを知っているのは
いつだって
あなた一人だけ。
答えは外にあるものではなく、
自分の中にあるもの。
自分の声の中に
あるものだから。
今日を笑顔にかえて
僕らは今日も渡って行く。
楽しいことも 辛いことも
全て含めて 僕達は
生きることから逃げていても
いつかは向き合わないといけないのが
今の自分なら
思い切って
自分を大切にして。
大切なことは
一時大切にすることの中に
あるものじゃなくて
どんなに形を変えても
どんなに姿が変わったとしても
そこにある本質を見つめつづけ
大切に出来る心。
僕らが今
大切にすべきことは
そんな中に
あるんじゃないだろうか。
あなたの今日が笑顔になれるのなら
みんなの今日もまた
笑顔に変わる。
あなたの今日を
笑い 泣き、
許して
また新しい明日を
一緒に
創ってゆこう。
あなたの笑顔の中には
いつも
変わらぬ
世界がある。
僕は今日もそんなことを
感じて
この今を
こうやって
綴っているんだ。
(2009.01.31)
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